1 準備
帝都へ行く日が近づくにつれて、屋敷内が慌ただしくなった。
クレディ夫妻は、ブレイドが起こした帝都での"あの事件"からずっとこの草原のある別荘でブレイドと共に過ごしてきた。
そのため、今アイリス達の住んでいる屋敷にある荷物を整理して、帝都にあるクレディ家の屋敷へと運ぶ必要があった。
ブレイドの場合は、使用人達が掃除関係を全てやってくれるし、皇宮にある彼の部屋がそのままの状態で保たれているため特に持っていくものもなく、慌ただしいクレディ家に反して、いつもと変わらずのんびりとした日常を過ごしていた。
「暇。」
「ひまぁ!」
ブレイドとテオは草原に座って慌ただしく働くクレディ家を眺めた。
「ねぇ、どこにおひっこししゅるのー?」
「ん?」
胡坐をかいているブレイドの膝に乗っているテオに話しかけられ、ブレイドはテオを見下ろした。
「帝都って言って、皇帝陛下の住んでいるお城がある、この国一番の大きな街に引っ越すんだ」
「へぇ~」
よく分かってなさそうなテオにブレイドは小さく笑うと、テオの耳の後ろを掻いてやった。
ゴロゴロと喉を鳴らすテオ。
ふと、二階の窓にアイリスの姿が見えた。
彼女は部屋の掃除をしているらしく、一生懸命背伸びをしながら窓を拭いていた。
「あいりしゅー!」
「!」
テオの声に気づいて、アイリスがこちらに向かって手を振った。
そして、アイリスの視線がブレイドと重なると、アイリスは少し恥ずかしそうに微笑んで部屋の奥へ消えて行った。
アイリスのその行動が、愛おしかった。
ブレイドは、まだアイリスに気持ちを伝えられていない。
時間が経てば経つほど、
考えれば考えるほど、
気持ちを伝えることのハードルの高さに足がすくんだ。
自分が皇族であること。
厄災、邪竜と呼ばれる黒竜であること。
自分の隣にアイリスがいることで、彼女まで批判されるのではないか。
負担をかけてしまうのではないか。
そう思うと、たったその一歩が踏み出せなかった。
本当は、早く気持ちを伝えて、
アイリスを自分だけのものにしてしまいたい。
アイリスがブレイド自身を"男"として見てくれている、そう感じるほど、その気持ちは溢れて止まらなかった。
ブレイドはゆっくりと息を吐いて、せめぎ合う感情を落ち着かせた。
「ブレイド」
名前を呼ばれて顔を上げると、アランがこちらに向かって歩いてきていた。
「私は今から帝都の屋敷に行ってくるから、フロリス達のこと、よろしく頼んだよ。」
「あぁ。」
アランの言葉にブレイドは頷いた。
アランは、長年空けていたクレディ達の自宅である帝都の屋敷の様子を見に行くらしい。
定期的に帝都に残してきた使用人たちに掃除はさせていたらしいが、実際に見に行って現状を確認しておきたいとのことだった。
「ぱぱ、いってらっしゃ~い!」
「行ってきます。テオ、ママとアイリスのこと、よろしく頼んだよ?」
「うん!おれ、ままとあいりしゅ、まもるっ!」
元気よく頷いたテオの頭をアランは優しく撫でた。
ライオンの姿になって走り出したアランを見送った後、ブレイドはまたクレディ家の屋敷へと視線を戻した。
すると、ブレイドの屋敷から出てきたエマがクレディ家の屋敷に入っていく姿が見えた。
そういえば、昼前にアイリスに用があるとエマが言っていたことを思い出す。
「・・・テオ、屋敷に戻るか?」
「もどるぅ〜」
テオの言葉にブレイドは頷くと、ゆっくりと立ち上がってテオと共に歩き出した。
クレディ家の屋敷に入ると、今朝よりも物の整理が進んでいて、あまり使わない家具には既に布が掛けられていた。
「ままぁ〜」
「!」
テオがフロリスに駆け寄ると、フロリスはテオの頭を優しく撫でた。
「ブレイド、テオのお世話してくれてありがとう。おかげで片付けが捗ったわ」
「あぁ」
フロリスの言葉に頷くと、ブレイドは辺りを見渡した。先程この屋敷に入ってきたエマと、アイリスの姿が見当たらない。
ブレイドが二人を探していることに気づいたフロリスは、二階を指差した。
「アイリス達は二階にいるわ。記録のために身長を測ったりするんですって」
「あぁ、そう言うことか」
ブレイドは納得したように頷いた。
二年前もエマが記録のためにアイリスの身長などを測った。
アイリスは現在十四歳。
この草原に来た頃より身長も伸びて、顔も体つきも幼さが減り、女性らしさが増していた。
彼女は将来、もっと美しい女性になるだろう。
「・・・・・・」
俺は、彼女をいつまで守り続けることが出来るだろうか。
ブレイドはそっと、腕輪のついていない右手首を撫でた。
そんなブレイドの様子を、フロリスは静かに見つめていた。
アイリスの自室。
物が少なくなった部屋の真ん中でエマに胸囲などを測ってもらいながら、アイリスはエマを見た。
彼女はアイリスの教育係としてこの草原に来る前まではずっと帝都で暮らしてきた。
そして、ブレイドと幼馴染。
ブレイドとエマが恋人同士ではないことは分かったが、いまだに二人に関して知らないことだらけだった。
アイリスは羊皮紙に記録しているエマを眺めた。
エマはとてもしっかりしている。もし兄弟がいるならエマは長女か、次女?だろうか。厳しくも面倒見の良いエマのことが無性に気になった。
「・・・エマさんは"きょうだい"っているんですか?」
羽ペンを動かしているエマにそっと尋ねると、エマは顔を上げて首を横に振った。
「いえ、私は一人っ子です。両親共仕事人間でしたので、結婚した当初から子供は一人だけと決めていたそうです。」
「そうなんですね。エマさんのお母様は宮廷で働いてあるんですよね?」
エマは頷いた。
「そうです。アイリス様も私の母と会う機会があるかと思いますので、よろしくお願いします」
エマが小さく微笑みながら言った。
エマの母親は一体どんな人なんだろうか。
ブレイドとエマは、エマの母親に教育してもらったと言っていた。かなり厳しく指導されたと。
「(でも、エマさんが優しい人だから、きっと優しいお母様かも・・・)」
アイリスはそっと微笑んだ。
「そういえば・・・」
「!」
エマは記録していた手を止めてアイリスを見た。
「宮廷には、ブレイド様の従兄弟が"薬師"として働いておられますよ。」
「えっ!」
エマの言葉にアイリスは驚いて彼女を見た。
皇族が薬師として働いている?
「珍しいですよね」
エマはそう言って小さく笑った。
「あの方は皇帝陛下の弟君のご子息になられますが、大変勤勉な方で、幼い頃から薬師になることを志し、ずっと励んでおられました。
アイリス様も、宮廷で彼と共に仕事をすることがあるかと思います。思いやりのある、とてもお優しい方ですよ?」
「そうなんですね・・・」
ブレイドの従兄弟ということは、その人もまた竜族なのだろうか。
エマがこれだけ褒めるくらいの人だ。
きっととても良い人なのだろう。
職場の環境は、社員同士の関係で大きく変わる。
それを経験してきた前世の"私"。
上司がその日の気分によって態度を変える人なら、周りは毎日その人の顔色を伺いながら仕事しなければならず、みな胃の痛い思いをしながら働くことになる。
アイリスは前世の"私"の苦い社会人経験を思い出して小さく溜息をついた。
貴族の世界はしたたかで怖い、というイメージが強いアイリスにとって、エマからの情報はとても有り難かった。
「(一緒に仕事をするかもしれない人がいい人そうで良かった)」
アイリスは少しだけ、宮廷で仕事をするのが楽しみになった。
しかし、一番の不安材料といえば、"金眼の天使"を中心として巻き起こされる国家間や貴族間の争いごと。
今頃、この草原でアイリス達を襲った黒いローブを羽織った男達と使用人が取り調べを受け、そして押収された宝玉について宮廷の研究機関が調べているだろう。
まだ、彼らについての報告は、こちらへは来ていない。
少しでも争いが減ってほしい。
そう願いながら、アイリスはそっと窓の外に広がる草原を眺めた。
第二章 開始。
のんびーり更新していきます。週2~3話のペースで更新できるといいな!
よろしくお願いします!
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




