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蕾は転生し、深愛に咲く。  作者: 紗羽
第一章

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閑話 ダンスの練習

 ――これは、ちょっとした日常のお話。


 帝都へ行くまであと二か月となった頃。

「アイリス様、本日はダンスの練習をいたしましょう。」

 というエマの一言に反応したのは、アイリス本人でもアイリスに対して好意を抱いているブレイドでもなく、フロリスだった。

「あら!ならおめかししなくちゃね!」

 練習するなら形から!と言ってフロリスはアイリスを自室へ連行し、アイリスに化粧を施して、いつの間に買っていたのかドレスワンピースを彼女に着せた。

「さぁ、お姫様の出来上がり!」

 そう言ってみんなの前に連れていかれて、アイリスは羞恥に顔を赤く染めた。

 アイリスは普段、首元までボタンで留められる極度に露出の少ない服を着ている。

 しかし、このドレスワンピースは首回りが大きく開いていて、アイリスの鎖骨や背中が綺麗に見えていた。唯一の救いは、長袖であることと(くるぶし)まであるロングスカートであることだった。

「これで練習するの・・・?露出、多くないかな・・・?」

 アイリスがフロリスにおずおずと言ったが、フロリスはクスクスと笑いながら首を横に振った。

「これでも肌が出てない方よ?本当のダンスパーティーの時に着るドレスはもっと見えてるわ。ねぇ?アラン」

「あぁ、そうだね。でも、私としてはそれくらいが安心できるかな」

 アランはフロリスの言葉に同意するように頷きながらそう言った。

 これ以上に肌が見えているなら恥ずかしすぎてダンスに集中できなさそうだと、アイリスは心の中で呟いた。

「では、早速練習を始めたいと思いますので、応接室に来てください。」

 エマはそう言うと、リビングの椅子に座ったままアイリスの姿を見て固まっているブレイドに向かって軽く咳払いをした。

「ゴホン、・・・パートナー役、どなたにいたしましょうか?」

「!」

 エマの言葉に我に返って慌てて立ち上がったブレイドに、アランとフロリスは顔を逸らして必死に笑いをこらえていた。


 応接室に入り、アイリスはエマの指示通りに応接室にあるソファーに座った。

「では、まずお手本を。」

 そう言ってエマが応接室の中央に立つアランとフロリスを見た。

 二人は頷いて向き合った。

 アランがフロリスに向かって頭を下げる。

 それに対し、フロリスは右手を差し出した。

 アランはそれを見てフロリスの右手を握ると手の甲にそっとキスをした。

「これが最初の挨拶です。」

 エマはアイリスを見て言った。

 他にも挨拶の方法は、お互いに頭を下げるパターン、握手をするパターンなどいくつかの説明を聞いた。

「では、基本のワルツを踊っていただきましょう。」

 エマの言葉で、ルイスが音楽を流し始めた。

 ゆったりとした三拍子。

 アランとフロリスは互いに手を取り、体を寄せた。

 基本のステップでゆっくりと踊りながら応接室の中を回っていく。

「(あんなに体密着させないといけないんだ・・・)」

 予想以上に近い二人の距離に、アイリスはソファーの後ろに立つブレイドをちらりと見た後、またすぐに視線を戻してスカートを握りしめた。


 アランとフロリスのダンスが終わると、エマがアイリスを振り返った。

「では、早速実践していきましょう。」

 エマの言葉にアイリスは微笑みながら立ち上がった。



「よろしくお願いします、ルイスさん」

「よろしくお願いいたします」

 アイリスとルイスは向かい合って頭を下げた。

「なんでアイリスのパートナー役が俺じゃないんだ。」

 ブレイドは応接室のソファーに座り、ルイスにエスコートされて歩くアイリスを眺めながら不機嫌そうに小声で呟いた。

「仕方ないではないですか。アイリス様がルイス卿をパートナー役にすることを望まれたのですから。」

 エマはブレイドを横目で見た後、アイリスに視線を戻した。

 始めはエマもアイリスのパートナー役としてブレイドを呼んだつもりだったが、何故かアイリスはルイスをパートナー役として選んだのだ。

 その理由にアイリスが、"ブレイドとエマが恋人同士だと勘違いしているから"、ということを二人はまだ知らない。


「わっ、すみません、ルイスさんっ」

「お気になさらずとも良いのですよ。とてもお上手です。」

 何度も足を間違えてよろけるアイリスをルイスが支えながら優雅にエスコートしていく。

 失敗してしまう羞恥と、それでもなんとなく繋げてしまうルイスのエスコート力にアイリスの頬がほんのりと赤く色付いていた。

「・・・・・・。」

 なんとも面白くない。

 黒いオーラがブレイドから流れてきて、エマは呆れたように溜息をついた。

「そんなに気に入らないのでしたら、俺と踊れ、くらいアイリス様に言えるでしょう?」

「・・・んなことできるか。」

 ブレイドは腕を組みながらソファーの背もたれに体を預けた。


 ブレイドがアイリスに触れると、彼女は離れて行ってしまう。

 きっとルイスをパートナー役にしたのも自分を避けるためだろう。

 理由がなんなのか分かっていないのに、不用意に触れてさらに距離を置かれてしまったら・・・そう思うと、たったその一言が言えなかった。

「騎士団の前でキスしてみせたあの勢いはどこへ行ったんですか?」

「・・・うるせぇ。」

 ブレイドはエマを軽く睨んでそっぽを向いた。


 見ていてモヤモヤすると分かっているのに、つい目で追ってしまうアイリスの姿。

 ドレスワンピースの裾をひらりと靡かせて、ルイスに迷惑かけないようにと一生懸命踊っている彼女がなんとも愛らしい。

 普段隠されている綺麗な鎖骨と背中は純粋な色っぽさを出しており、白い肌と黒紫色の髪の対比につい見とれてしまう。

 アイリスが練習をしている姿を見ていると、将来綺麗なドレスに身を包み、社交界でいろんな男と手を取り合って踊る彼女を嫌でも想像してしまう。

 しかも、その内の一人と恋にでも落ちたら・・・。

「・・・・・・。」

「・・・殺気がダダ洩れですので抑えてください。」

 エマは額に手を当てて深く溜息をついた。



 ルイスはアイリスとワルツを踊りながら、ブレイドの様子を横目に見て小さく笑った。

「・・・ルイスさん?」

 それに気づいたアイリスが小首を傾げると、ルイスはアイリスを見下ろしながら微笑んだ。

「よろしかったら、ブレイド様と踊られてみてはいかがでしょうか?」

「え・・・?」

「ブレイド様は私よりもお上手ですよ」

 ルイスはそう言うと踊っていた足を止めてアイリスの手をそっと放した。

「ブレイドと・・・?」

 アイリスは戸惑いながらブレイドを見た。

 ブレイドとエマは恋人同士、だと思う。

 今も何か二人で言い合っている。

 もし自分の恋人が誰か別の女性とこんなに近い距離で踊っていたら・・・、そう思うと嫌な気持ちになりそうだ。

 そんなアイリスの考えが分かったのか、ルイスは優しく微笑んだ。

「大丈夫ですよ、アイリスお嬢様。ダンスは親睦を深めるためのもの。エマさんもブレイド様もそれをきちんと理解しておられます。」

「!」

「アイリス様もこれからいろんな方とダンスをすることになると思います、ぜひ一度ブレイド様と踊られてみてはいかがですか?」

 そう言ってルイスはアイリスの背中をそっと押した。

 確かにルイスの言う通り。

 これは社交界で多くの貴族の方々と親睦を深めるためのもの。

 アイリスのように、"恋人だから・・・"などと深く考えずにもっと気楽に構えていいものなのだろう。

 アイリスは頷くと、ブレイドに向かって歩き出した。


「・・・ん?」

 こちらへ向かって歩いてきたアイリスに、ブレイドは背もたれから上体を起こした。

「どうした?」

「えと・・・、ルイスさんから、ブレイドの方がダンスが上手だから踊ってみてって言われて・・・」

 アイリスの言葉にブレイドがルイスを見ると、ルイスは微笑みながら頭を下げた。

「あいつ、気を使いやがったな・・・」

「あれだけ殺気を出していればルイス卿も気を使うに決まっているでしょう・・・」

 アイリスに聞こえないように小声で言ったブレイドに、エマも小声で返しながらまた溜息をついた。

「(本当によかったのかな・・・)」

 なんとなくギクシャクした雰囲気の漂うブレイドとエマ。

 アイリスが申し訳なさそうに立っていると、それに気づいたブレイドはすぐにソファーから立ち上がった。

「!」

「やるぞ。」

 ブレイドはアイリスの手を掴んで応接室の中央に向かって歩き出した。


「では、挨拶をアイリス様が右手を差し出すパターンにしてみてください。」

「分かりました」

 エマの言葉に頷くと、アイリスはブレイドと向き合った。

 相手がブレイドに変わったというだけなのに妙に緊張してしまう。

 ブレイドはゆっくりと深呼吸をすると、アイリスに向かって頭を下げた。

 とても綺麗な動き。

 アイリスは右手をそっと差し出した。

 握手をするだろう、そう思って。


「・・・・・・」

 ブレイドは差し出されたアイリスの右手を見つめた。

 握手をするかキスをするかの選択権は男性側にある。

「(・・・今回くらい、いいよな?)」

 ブレイドはアイリスの右手を握ると、彼女の手の甲にそっと口づけをした。

「・・・っ」

 アイリスは自身の手の甲に口づけるブレイドに鼓動が早くなるのが分かった。


 それと同時に蘇る、草原で額にキスされた記憶・・・。


「(しんぼくしんぼくしんぼくっ!!深い意味はないっ!!)」

 アイリスは心の中で何度も言い聞かせた。


 音楽が流れ出し、ブレイドとアイリスは手を取って身を寄せた。

 ブレイドの右手が腰に回され、アイリスはその腕に左手を添える。そして、ブレイドと息を合わせてゆっくりとステップを踏み始めた。


 アイリスは足の動きに集中した。ルイスと踊った時のように、間違えないように、彼の足を踏んでしまわないように。

「!」

 ブレイドはアイリスの必死な表情に気づいてククッと笑った。

「アイリス、力みすぎだ。もっとリラックスしろ」

 そう言うと、ブレイドはアイリスの腰に回していた右手の人差し指を小さく動かした。

 ふわり、と体が軽くなったような気がした。

「!」

「まずお前はダンスを楽しむことを覚えろ」

 アイリスの足が習っていないステップを踏む。

 ブレイドのリードしてくれる動きに合わせて体が勝手に動いた。

 アイリスの左手がブレイドから離れ、ブレイドの握ってくれている右手を軸に体が踊り子のように回り始める。

 アイリスのドレスが気持ちよさそうに宙をふわりと舞った。

「ブレイドの魔法?」

「あぁ」

 ブレイドはアイリスを引き寄せて体を寄せると、またステップを踏んだ。


 楽しい。

 ステップのことも何も考えず、ただブレイドと踊り続けた。


「ふふっ」


 アイリスは花が綻ぶように笑った。

 それに小さく笑みを浮かべるブレイド。


 これからきっと多くの男性とアイリスは踊ることになるだろう。

 将来、誰か一人の男性を愛し、その人とだけ踊ることを選ぶ日が来るかもしれない。


 それでも、この楽しそうに踊る彼女を最初に見れたのは自分なのだという今日の記憶を胸に、俺は彼女の幸せを願い続ける。

 ブレイドは、アイリスの笑顔にそっと誓った。



「全く・・・これじゃあ練習にならないじゃないですか。」

「まぁ、今日くらい大目に見ても良いのではないですか?」

 楽しそうに踊る二人を見て溜息をついたエマに、ルイスはフォッフォッと笑った。

 もう二人だけの世界に入っていることに、彼らは気づいているのだろうか。

「・・・今日だけですよ。」

 エマはそう言って、幸せそうな二人にそっと微笑んだ。

第一章で書きたかったお話。

閑話で書かせていただきました!


少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマークやいいね、評価を頂けますと嬉しいです。

作者のやる気に繋がります!

今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。

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