2 神様のような人たち
気持ちが落ち着いてきて女性からゆっくりと体を離すと、涙でぐちゃぐちゃになった顔を手の甲でゴシゴシと拭った。
それでもまだ涙が枯れなくて必死に涙を拭っていると、女性の隣に立っていた少年が私の手を掴んだ。
「手で擦りすぎだ、腫れるぞ」
そう言って少年は自分の袖で私の顔をゴシゴシと拭き始めた。
「!ぅぶっ・・・!」
「こら、ブレイド!それじゃあ余計に腫れるじゃないか!女の子にはもう少し優しくしてあげなさい!」
慌てて男性が少年の腕を掴んで私から少年を離した。
だって拭くものないし・・・、とぶっきらぼうに言った少年に呆れて溜息をつく男性。
女性はそんな二人に笑いながらポケットから取り出したハンカチで優しく顔を拭いてくれた。
「ふふっ、もう困った人たちよね。・・・さ!お顔が綺麗になったわ!この人たちはほっといてお風呂に入りましょ?」
そう言いながら私の背中を優しく押した彼女が、突然あ!と声を上げた。
「そういえば、私たちの自己紹介がまだだったわね!」
女性は後ろから私の顔を覗き込みながら言った。
「私はフロリス。フロリス・クレディよ」
「私はアラン・クレディ。私たちは夫婦なんだ」
女性に続けて男性が名乗ってくれた。そして彼の隣に立つ少年の背中を押して私の前に立たせながら言った。
「この子はブレイド。この子は私の親友の子でね、裏手にあるお屋敷に住んでるんだ。ぶっきらぼうだけど根はいい子だからよろしくね」
アランの言葉にブレイドが少し不機嫌そうに鼻をふんと鳴らした。
フロリスに勧められるまま浴室へと案内され、ポイポイと私の服を脱がせて浴槽に入れられた。
腕まくりをしたフロリスが私の体を綺麗に洗って、また浴槽に新しいお湯を沸かしてくれた。
ミルクのようにとろりとした入浴剤入りの湯船に浸かり、私はゆっくりと息を吐いた。
ゆっくり浸かってていいからね、とフロリスが言って浴室を出ていったため、今は私ひとり。
これからどうしよう、とぼんやりと考えながら、今ある情報を少し整理する。
浴室にある鏡に映った私は、日本人とはかけ離れた姿だった。
黒髪にも見える濃い紫色の髪。そして、金色の瞳。
アランとフロリス、ブレイドも見た目からして明らかに日本人ではない。
彼らの服装も、この屋敷も、中世ヨーロッパの世界を連想するようなデザインだ。
「ここは、異世界・・・?」
現実的ではないけれど、そんな気がした。
私はあの時命を落とし、そしてこの異世界に転生したのかもしれない・・・。
暫く湯船に浸かっていると、フロリスがバスタオルを持って戻ってきた。
濡れた体を丁寧に拭いてくれる彼女に気恥ずかしさと申し訳なさを感じる。
しかし、私は今八歳くらいの女の子で・・・、それにフロリスがとても楽しそうにお世話をしてくれるものだから自分でできるとは言えず、彼女にされるがままになっていた。
「あなたの洋服お洗濯するから、こっちの洋服を着ましょう?」
そう言って、可愛らしい緑色のワンピースを見せてくれた。
クラシカルロリータ風のデザインで、スカートの裾や襟元に白い糸で模様が描かれている。着慣れない作りの服に手間取っていると、クスクスと笑いながら着せてくれた。
とても肌触りが良く、先ほどまで着ていた白いワンピースとは全く比べ物にならなかった。
こんなに上等な服を私なんかが着ていいのだろうかと思いながらフロリスを見上げると、彼女はそんな私の様子にも全く気づかないくらい楽しそうにワンピースの裾を整えていた。
そして少し私から離れると、私の服装を上から下まで確認して頷いた。
「やっぱり!この色、あなたの黒紫色の髪に似合うと思ったのよ!すぐに取り寄せてよかったわ!」
そう言ってフロリスは嬉しそうに笑った。
フロリスの言葉に私は首を傾げた。
取り寄せた?
歩いてきたときに近くに街がなかったように思ったけど、気づかなかっただけで近くにあるのかもしれない。
「さあさあ、お姫様のご帰還です!」
フロリスに促されて部屋に入ると、アランとブレイドがこちらに気づいて振り返った。アランの手には手紙が握られている。
「おぉ!これはまた可愛らしくなって」
「でしょ~?本当に可愛いわぁ」
そう言いながらフロリスは優しく頭を撫でてくれた。
しかし、優しい笑みを浮かべていたフロリスはアランの持っている手紙に気づいてすぐに真剣な表情になった。
「!その手紙・・・」
「あぁ・・・」
「・・・どうだったの?」
フロリスが私の肩を抱き寄せながらアランを見上げて尋ねた。
アランは何も答えずに持っていた手紙をフロリスに差し出すと、フロリスはすぐに手紙を受け取って目を通し始めた。
真剣な表情で読んでいるフロリスの横から少しだけ手紙の文字が見えたが、日本語でない文字の為全く読めなかった。
暫しの沈黙の後、フロリスは手紙から顔を上げた。
「アラン・・・」
フロリスの呼びかけに、アランは頷いた。
先ほどまでの明るい雰囲気とは異なり、真剣な表情で見つめ合う二人。
少し重たい空気に戸惑いながら近くに立っていたブレイドを見ると、彼は私の視線に気づいてこちらを見た。
最初に出会った時と変わらない、釣り目で少し怒っているようにも見える表情の彼。
そっと、彼の口が動いた。
"大丈夫"。
声に出していないのに、ブレイドのその言葉は真っ直ぐ飛んできて私の胸にすとんと落ちてきた。
フロリスに言われた時とはまた違う響き。
すると、フロリスと見つめ合っていたアランが私に向き直って、そっと腰を屈めた。
真剣な表情のアランと目線が合い自然と顔が強張った。
アランはゆっくりと話し始めた。
「実はね、さっき少しだけ君のことについて調べたんだ。君のご両親が探していたらいけないからね」
アランの言葉に私は口を結んだ。きっと彼の持っていた手紙に、この体の女の子についての報告内容が書かれていたのだろう。
アランは続けて言った。
「でも君のご両親は・・・ちょっと遠くに行っちゃったみたいなんだ」
「!」
アランの言葉に私は目を見開いた。
この子の両親は、もうこの世に存在していなかった・・・。
もしかしたらこの子の魂は、もう両親と同じところに行ってしまったのかもしれない。
そして残された体に私の魂が宿ったのだと考えると合点がいった。
しかし、そうなると私は今、この世界でたったひとり・・・孤児なのだ。
なら、私は一体どうなるのだろう。
孤児院に行くのか?それとも・・・。
「・・・っ」
私はスカートの裾を握って俯いた。
私は一度死んだのだから、次は後悔しない人生を送りたい。
だからせめて、孤児院があるのならそこまで連れて行ってほしい。
厚かましい願いかもしれないが、ダメもとで言ってみよう。
覚悟を決めて顔を上げると、それと同時にアランがそっと私の両肩に手を置いた。
「君さえよければ、私たちの養子にならないかい?」
「・・・えっ」
予想していなかったアランの言葉に私は驚いて声を漏らした。
今日、しかもついさっき出会ったばかりの私に対して言われた言葉だと、すぐには信じられなかった。
「いいの・・・?」
「あぁ」
アランは微笑みながら力強く頷いた。
本当にいいのか、二人の迷惑になるのではないかと戸惑いながらフロリスを見ると、フロリスがアランと同じように私の前に屈んだ。
両膝を床につけて、私の両手をそっと握って言った。
「私ね、あなたを一目見た時に思ったの。
神様が私たちに可愛い天使を送ってくださったんだって」
そう言ってフロリスは綺麗に微笑んだ。
「・・・・・・っ」
止まっていた筈の涙が、また溢れ出してきた。
しかし、それは後悔や哀しみの涙ではなく、
慈愛に満ちた微笑みで私を見ている二人の神様に対しての感謝の涙だった。
窓から暖かい光が差し込み、私たちを照らした。
フロリスは光に照らされて綺麗に輝く鮮やかな紫色の髪と、美しい雫の溢れる透き通った金色の瞳を見て言った。
「そうね、あなたの名前は・・・そう、アイリス。
あの庭に咲き誇る私の大好きな花と同じ、美しい髪と瞳を持つ私たちの天使」
暖かな風が、外の花壇に美しく咲き誇るアイリスの花をそっと揺らした――。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




