18 今だけは、このまま・・・
ブレイドに抱き締められ続けてアイリスが羞恥に駆られていると、アランがこちらへ向かって歩いてきた。
「ブレイド。」
「ん?なんだ、クレディ。」
ブレイドがアイリスの肩から顔を上げると、アランはにっこりと笑顔を浮かべた。
「そろそろ私の娘を離してくれないかな?」
「テオにも見せられないから、良かったらお願い?ブレイド」
フロリスが腕の中で暴れているテオに苦笑しながら言った。
ブレイドは、ニコニコと笑顔で怒っているアランと、暴れているテオの様子を見て溜息をつくと、渋々アイリスの体を離した。
そして、アイリスの顔を見てククッ、と笑った。
「顔、真っ赤」
「・・・っ、誰のせいよっ」
アイリスが拗ねたようにそっぽを向くと、ブレイドはまた小さく笑ってアイリスの頭を撫でた。
「ブレイド、あと一つ君に物申したいことがあるんだが、いいかな?」
「あぁ、どうした?」
ブレイドがアランに向き合うと、アランはまたにっこりと笑顔を浮かべた。
「何故、私に今回の作戦のことを教えてくれなかったのかな?」
怒りに拳を震わせながらアランが言った。
今回の襲撃において一連の計画を知らせていたのは、ルイス、フロリス、エマだった。
唯一この計画を聞かされていなかったアラン。
その事実を先ほどフロリスに聞いた。
笑顔でありながら顔に怒りマークを付けているアランに、ブレイドは言った。
「だってお前、演技下手だろ?」
「!!?理由それ!!?」
平然と言ってのけたブレイドにアランは驚愕した。
「騎士団の遺体を見たあとに結界が壊されて!私がどんな思いでフロリスとテオのいる屋敷に走ったと思ってるんだいっ!」
「名演技だったぞ、クレディ。」
「馬鹿野郎っ!!」
アランが、うぇ~ん!!と泣き真似をしながらフロリスに抱き着くと、フロリスは微笑みながらアランの頭をよしよしと撫でた。
「かっこよかったわよ、守ってくれてありがとう、アラン」
「フロリスぅ・・・」
アランはフロリスをぎゅーっと抱き締めた。
「ぶれいどっ!!」
「!」
フロリスから解放されたテオが走って来てブレイドに向かってジャンプしてきた。
咄嗟にブレイドがテオを抱き留めると、テオはガバッと顔を上げた。
「しゅっっごくかっこよかった!!!」
テオは目をキラキラさせてブレイドを見た。
「"おれがじゃりゅうだ"っていうとことかねぇ!あとねあとね!!」
「あー・・・分かったから落ち着け」
ブレイドは興奮気味に言うテオに苦笑しながらテオの頭を撫でた。
全ての処理を終えて、近衛騎士団、鼠の騎士団は帝都へ帰って行った。
ようやく草原に平和が戻り、アイリス達は日常を取り戻した。
体調不良を訴えていた使用人たちは、アランが宝玉を破壊したことにより、アイリスが治癒しなくても自然と回復していき、数時間後には完治していた。
「アイリス様、この度は私たちを治癒していただき本当にありがとうございました!」
使用人たちからお礼を言われて、アイリスは微笑みながら首を横に振った。
「私は緩和しただけにすぎません。宝玉を壊してくれたアランのおかげですから」
そうアイリスが言っても、使用人たちは笑顔でアイリスにお礼を言い続けた。
その日の夜。
アイリスは一人ベッドに入って深く溜息をついた。
今回の襲撃で、"金眼の天使"である自分の置かれている立場を痛感した。
ブレイドとエマから聞いていたが、"金眼の天使"の存在が争いの火種になること、危険な場面に遭遇すること・・・それを身近に感じ、アイリスはベッドの中で体を丸めて自身の体を両手で抱き締めた。
「(怖いな・・・)」
分かっていたこと。
それでも、帝都に行くのが少し怖くなった。
「・・・眠れない。」
アイリスはベッドから体を起こして窓から外の景色を見た。
また襲撃されたら・・・、そう考えると外に出る勇気がなかった。
しかし、月に照らされた草原の中で一人座っている彼の姿を見つけて、アイリスは身を乗り出した。
「・・・!」
アイリスは寝間着として着ていたロングワンピースの上からストールを羽織ると急いで部屋を出た。
物音を立てないように静かに屋敷を出ると、草原に座る彼の元へ走った。
「ブレイド・・・!」
「!」
ブレイドは唐突に聞こえたアイリスの声に俯かせていた顔を上げた。
「どうした?」
「どうしたって・・・ブレイドこそ、こんなところで何してるの?」
アイリスはブレイドの様子を見ながら言った。
ブレイドは少し厚手の長い上着を羽織っていて、さらにその上から毛布を巻き付けている。
ブレイドはアイリスの問いに答えるために、夜空を見上げた。
「俺は屋敷周辺に結界を張ってるから、起きてないといけないんだ」
アイリスがブレイドと同じように夜空を見上げると、屋敷と草原を半円状に覆うゆらゆらと揺れる魔力の壁が見えた。
今まで草原を覆っていた結界は魔法石を使って張られていたものだったが、それを今回の襲撃で破壊されたため、ブレイドが代わりに自身の魔法で結界を張り続けていた。
「結界用の魔法石が明日にしか来ないからな」
そう言ってブレイドは腕輪の付いていない右手首を撫でながら言った。
「そうなんだ・・・」
アイリスはそう呟きながらブレイドに申し訳なくなった。
きっとブレイドも疲れている。
それなのにここを守るために結界を張り続けなければならない。
左の腕輪が壊れないか不安を抱えながら。
ブレイドは自身の後ろに立ったまま顔を俯かせているアイリスを見上げた。
「・・・眠れないのか?」
ブレイドの言葉にアイリスの肩が小さく揺れた。
「ううん、ちょっと気になって見に来ただけ」
小さく首を横に振って、控えめに微笑んだアイリス。
ブレイドはそんな彼女を静かに見つめた。
そして、毛布をずらしてアイリスに向かってそっと手を差し出した。
「なら、見に来たついでに少し付き合ってくれ」
「え・・・?」
「暇なんだ」
ブレイドはそう言って更に手を伸ばした。
「・・・うん」
アイリスは小さく頷くと、ブレイドの温かい手を握った。
ブレイドに手を引かれて、毛布の中に引き込まれる。
「!」
「体冷え切ってんじゃねぇか、こんな薄着で出てきて・・・」
ブレイドは溜息をつきながら自身の膝の間にアイリスを座らせると、アイリスの体を後ろから抱き締めた。
「えっ!」
「動くな。毛布が小せぇんだから」
ブレイドはそう言うと二人の体を覆うようにブレイドの上着と毛布を巻き付けた。
ブレイドの体温がアイリスの薄いワンピースとストールを通して背中に伝わってくる。
自然と鼓動が早くなった。
「(まただ・・・)」
また胸が苦しくなる。
ブレイドといるときだけ、触れあっている時だけこんな気持ちになる。
毛布がきちんとアイリスにかけられているか確認して、ブレイドはゆっくりと息を吐いた。
「寒くないか?」
「うん・・・」
アイリスがこくんと頷くと、ブレイドはアイリスの頭を軽く撫でた。
虫の音。
鳥の鳴き声。
それが聞こえているはずなのに、自分の心臓の音が大きくてアイリスの耳まで届かなかった。
アイリスはそれを紛らわすように少し息を吐いた。
「皇族なのに私とこんなことして大丈夫なの?」
「そういう事言われるから言いたくなかったんだよ・・・」
ブレイドはアイリスの言葉に心底嫌そうな顔をして溜息をついた。
「それに、お前がクレディ達の養子になったばかりの頃、クレディが侯爵家だと分かっただけで身構えていたお前に、俺が皇族だなんて言えるわけないだろ。」
「確かに・・・」
今だからこそ、ブレイドが皇族だと言われても多少思うことはあれど普通に話すことができる。
来たばかりの頃に聞いてたら、きっとこんなに彼と親しくなっていない。
ふと、エマの言葉を思い出した。
『ブレイド様は、アイリス様のことをとても大切に思っておられます。それはブレイド様ご自身のお命以上に』
『貴女様のことを"妹"などと思っているなど、まずあり得ません。
あの方は、私が来た時からずっと、貴女様のことを"一人の女性"として見ておられますよ?』
「・・・・・・」
そう、なんだろうか・・・。
女性として見ているなら、この距離感ができるブレイドは一体なんなんだと思う。
妹でもないけど異性として意識してないってこと?
そもそもエマは交際を否定していたが、ブレイドからは聞いていない。
アイリスは毛布が乱れないようにそっと後ろを振り返ってブレイドの顔を見上げた。
「ねぇ、ブレイド」
「ん?」
「ブレイドとエマさんって、恋人同士でしょ?」
「・・・・・・はぁ?」
何言ってんのコイツ、という物凄い顔で見下ろされた。
「あ、やっぱり違うのね。さっきエマさんにも同じこと聞いたら違うって怒られた。」
「当たり前だ!違うに決まってんだろ。なんで、んなこと聞くんだよ」
ブレイドに問いかけられ、アイリスは小首を傾げた。
「だって、二人仲良かったし。」
「・・・それだけ?」
「それだけ。」
ブレイドは頭を抱えた。
ずっとエマと恋人同士だと思われていたことに眩暈を感じた。
それと同時に、エマが来てからの二年間のアイリスの行動の理由がすべて繋がった。
「(要するにあれか・・・俺は女がいるのに他の女に触れようとする軟派野郎だと思われてたわけか・・・)」
ブレイドは深く溜息をつきながらアイリスの肩に顔を伏せた。
「勘弁してくれ・・・」
何故か落ち込んでいる様子のブレイドにアイリスはなんだか申し訳なくなった。
「な、なんかごめんね・・・」
「いや、気づかなかった俺も悪い・・・」
ブレイドはそう言うとアイリスの肩に乗せていた顔を上げた。
「大方俺が最初にエマを屋敷に連れてったとこから勘違いしてんだろ?」
「え、うん・・・」
アイリスが少し驚きながら頷いた。
ブレイドは小さく何度か頷くと、また溜息をついた。
「俺がエマを屋敷に泊まらせてたのは、俺のことを言わせないためだったんだ」
ブレイドが厄災と言われる黒竜で、
皇帝陛下の息子だということ。
「アイツは超が付くほどの真面目だからな。"なんでアイリスに黙ってる必要があるのか"、"授業をするからにはすべて完璧にアイリスに教えないと気が済まない"って言うって分かってたんだよ。
だから、クレディの屋敷じゃなくて俺の屋敷に泊まらせて、俺のことを言わせないように見張ってたんだ。理由はそれだけ。他に何もない。」
ブレイドの言葉にアイリスは頷いた。
「そうだったんだ・・・」
そう呟きながら、どこかホッとしている自分がいることに気づいた。
心の中のモヤモヤが無くなっていく。
そっとブレイドを見上げると、ブレイドが小さく笑った。
「誤解は解けたか?」
「!」
ブレイドの優しい表情に胸が高鳴った。
前よりも表情が柔らかくなっているように感じて、また自然と鼓動が早くなる。
アイリスはすぐに視線を逸らした。
「うん・・・」
顔を俯かせて小さく頷くと、ブレイドがまたゆっくりと息を吐いた。
そっとアイリスの頭を引き寄せてブレイドの胸に押し付けられる。
「!」
「もう夜遅いから少し目閉じとけ」
「眠れないんだろ?」と囁くように言われて、アイリスは口をつぐんだ。
やっぱりブレイドにバレていた。
こくん、と小さく頷くと、ブレイドはアイリスの頭に添えていた手でアイリスの目をそっと覆った。
視界が暗くなり、ブレイドの体に押し付けられた耳から彼の鼓動が伝わってくる。
「怖い思いをさせて悪かった。もうあんな事は起きないから大丈夫だ。」
「ブレイド・・・」
「帝都に行ってもみんな一緒にいる。・・・俺も、お前といるから。」
ブレイドとアイリスの体温で毛布が温かい。
彼の匂いに包まれて、
胸が苦しいのに、とても安心する・・・。
アイリスはその心地よさに微睡みながら考えた。
「(そういえば・・・私、なんでブレイドから"妹"って思われたくなかったんだろう・・・?
なんか、異性として意識してほしい、みたいな・・・)」
そんなことを自分が思っているような。
私は・・・
ブレイドの事を、どう思ってる・・・?
「(好き、なのかな・・・)」
これが、人を好きになるってこと・・・?
「(分からない、でも・・・)」
今だけはこのまま、
貴方の腕の中で・・・。
アイリスは自身の顔に熱が集まることに気付いていながらも、
それに気づいていないふりをしてブレイドの胸に擦り寄った。
ブレイドの抱き寄せる力が強くなって、幸福感に心が満たされる。
アイリスは優しく押し寄せる夜の波に抗うことなく、そっと目を閉じた・・・。
腕の中で、穏やかな寝息が聞こえてきた。
アイリスの頭にそっとキスをする。
「お休み、アイリス。良い夢を・・・」
ブレイドはアイリスの温もりを感じながら、綺麗な夜空を見上げた。
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




