16 厄災"邪竜"
突然の轟音と共に、屋敷が揺れた。
アイリスが驚いて窓の外を見ると、空からガラスの破片のようなものが地上へ向かって降り注いでいた。
「なにが起きてるの!?」
「結界が破壊されたようです・・・っ!」
「!!」
同時に響き渡る魔獣の叫び声。
アイリスはハッと顔を上げた。
「フロリス!!テオ!!」
アイリスは立ち上がると、ブレイドの部屋を飛び出した。
長い階段を駆け下りてホールへ向かう。
「アイリス様!お待ちください!!」
後ろからエマや使用人たちの制止する声が聞こえるがお構いなしに駆け下りた直後、玄関のドアが勢いよく開け放たれた。
「!!」
「アイリス!!」
玄関から入ってきたのはライオンの姿をしたアラン、フロリス、テオの三人だった。
アランはテオとフロリスを庇うように玄関の外を向く。
フロリスは人の姿に戻ると、テオを抱きあげてアイリスの元へ走ってきた。
「早く奥へ!ここにいてはいけないわ!!」
「フロリス!私はもう行く!アイリスとテオを頼んだぞっ!!」
アランはフロリスとテオがアイリスと合流したことを確認すると、玄関を飛び出した。
同時にドアが勢いよく閉まり、カチャン、と勝手に鍵が閉まる。
「一体何が起きているの!?」
「結界が壊されて、魔獣たちが攻め込んできてるの!今屋敷の外でブレイドとルイスが応戦してるわ!」
フロリスの言葉と同時に轟音が響き渡った。
窓の外で火柱が上がっているのが見える。
同時に耳をつんざくような魔獣の叫び声が響き渡った。
「(!あれはブレイドの魔法・・・!)」
アイリスは屋敷の外で魔獣と交戦する彼らの無事を願った。
「早く奥へ!ホールにいると危ないわ!」
フロリスがそう言って階段を上がろうとすると、彼女の前に黒い者が立ちはだかった。
「!!」
「どこへ行くのですか?」
低い男の声。
アイリスが驚いて振り返ると、階段の踊り場に黒いローブを羽織った男が立っていた。
紫色の宝玉を付けた杖を持ち、深くかぶったローブのフードから不敵な笑みを覗かせている。
「アイリス下がってっ!」
フロリスは黒いローブの男から距離を取るようにホールへ降りてアイリスを背中に庇った。
「エマ!アイリスを・・・」
「いいえ、私がアイリス様をお連れいたしますよ?」
突然腕を掴まれ顔を上げると、女性の使用人がにっこりと微笑んだ。
「アイリス!!」
「アイリス様!!」
フロリスとエマが叫んでアイリスに手を伸ばそうとしたが、いつの間にか黒いローブで体を覆い隠した三人に取り囲まれそれを阻まれた。
彼らは階段の踊り場に立つ男の持つ杖と同じものを持ち、フロリス達に突き付けている。
「「!!」」
「まま・・・、あいりしゅ・・・っ」
尻尾を巻いて怯えているテオをフロリスはすぐに抱き上げた。
「大丈夫よ、テオ。目を閉じてなさい」
「うん・・・っ」
テオはフロリスの胸に顔を埋めてできるだけ体を小さくした。
「貴女・・・どうして・・・」
アイリスの腕を掴む使用人。
その人物は一年ほど前にルイスに連れられてきた三人のうちの一人。膝を怪我していた人族の使用人だった。
アイリスの言葉に答えたのは、階段の上に立つ黒いローブの男だった。
「すべては"金眼の天使"様をお守りするためですよ。」
「私を・・・?」
「えぇ。」
男はニコッと微笑みながら頷いた。
誇らしげに、幸福そうに笑みを浮かべる男をアイリスは睨んだ。
「意味が分からないわ。今私を脅かしているのはあなた達でしょ?」
アイリスの言葉に、男はククッと笑った。
「いいえ、違います」
男はアイリスの前まで歩いてきて、アイリスを見下ろした。
「貴女様を脅かす存在は、"邪竜"ですよ。」
「・・・邪竜?」
そんな言葉、聞いたことがない。
男は言った。
「えぇ。世界に厄災をもたらす"邪竜"。・・・"黒竜"、とも呼ばれていますね。」
黒竜。
「全身を漆黒の鱗で覆われた体。血に濡れた紅い瞳。」
「!」
「この色に、心当たりはありませんか?」
男の言葉にアイリスは目を見開いた。
アイリスがよく知っている、彼。
黒曜石のような黒髪に、深紅の瞳・・・。
「そう、ブレイド・アレクシアン。
現ラドリス帝国の皇帝、ゼイン・アレクシアンの息子であり、
魔力暴走により実の母である皇妃を殺めた男。」
「っ!!」
「世界に厄災をもたらす男の名です。」
男は目を細めながら口角を上げた。
「貴女様は何も聞かされていなかったようですね。」
「・・・・・・」
「そうでしょう。だって、厄災である"邪竜"は古くから残虐非道と言い伝えられています。
民を守るために女神が遣わせた"金眼の天使"様を我が物として私利私欲のために使うつもりだったのでしょう」
アイリスは男の言葉に歯を食いしばった。
そう、何も聞かされていない。
私も聞かなかった。
でも、ずっと疑問に思っていた。
それでも・・・。
「違う・・・」
アイリスは金眼を光らせながら目の前の男を睨んだ。
「ブレイドはそんな男じゃないわ。」
「!!」
男の背中に悪寒が走った。
"金眼の天使"からの威圧か。
それとも別の・・・
ガチャリ、と玄関の扉が開いた。
ホールにいたすべての者たちの視線が集まった。
コツコツ、と音を立てながら、彼は屋敷に入ってきた。
「ブレイド・・・っ!」
ブレイドはアイリスの前に立つ男を睨むように見据えている。
その瞳は赤く光っていた。
「ククッ、丁度いい。今貴様について話していたところだ。」
「・・・・・・」
「この世の厄災"邪竜"。ブレイド・アレクシアン!
貴様が生きているだけで世界が恐怖する存在」
「本当なの?ブレイド・・・?」
アイリスの声が聞こえた。
戸惑っているように震えている声。
ブレイドは自嘲気味に笑った。
「あーあ。」
終わった。
"ただの異種族の男"が。
ブレイドは足元に視線を落とした。
「ククッ・・・厄災、ねぇ。」
まさにその通り。
帝都に壊滅的な被害を与え、民を守るために命を落とした母。
腕輪が壊れ、魔力が暴走する中。
これ以上被害が出ないようにと皇帝陛下である父と共に母は結界を張った。
「腕輪を付けさせないとっ!!」
「でもっ!!」
ブレイドは魔力を抑えるのに必死で腕輪まで手を伸ばせない。
そんな中、母は結界の中に飛び込んできた。
「っ!!ははうえ・・・っ!!」
「ブレイド、大丈夫よ」
ブレイドの魔力で体中に傷ができるのをお構いなしに、
母はブレイドをふわりと抱き締めて、腕輪を付けてくれた。
「愛しているわ、ブレイド・・・」
魔力が収まって、ブレイドが目を覚ますと、
母は綺麗に微笑んだまま息絶えていた。
「・・・そうだ。」
俺は、厄災。
この世を恐怖に陥れる男。
「俺が、"邪竜"だ。」
ブレイドは口角を上げて笑った。
「ブレイド・・・」
アイリスは彼のその表情に心が切り裂かれるようだった。
笑っているのに、彼の心は泣き叫んでいる。
ブレイドは笑みを浮かべたまま黒いローブの男を睨んだ。
「お前らはいつまで優位に立っているつもりでいるんだ?」
ブレイドの言葉と同時に、フロリス達を取り囲んでいた男たちの宝玉が勢いよく砕け散った。
「!!なっ!?」
「動くな。」
アランが低い声で三人のうち一人の男の首元に剣を突きつけた。
もう一人の男にはルイスが突き付けている。
「なにっ!?」
アイリスの腕を掴む使用人が怯むのが見え、ブレイドはすかさず使用人に向かって右手を突き出した。
「!!」
魔法陣が現れ、パァン!という乾いた音を響かせて使用人の手がアイリスから弾き飛ばされた。
それを合図に玄関から近衛騎士団たちが突入し、男たちを一斉に取り囲んだ。
「彼奴らを包囲しろ!!絶対に逃がすなっ!!」
団長の声と騎士達の足音がホールに響き渡った。
「何故騎士団が!連絡隊は滅したはず・・・っ、魔獣たちはどこへ!!」
「そんなのとっくにルイスが倒してるに決まってんだろ。ラドリス帝国一の騎士だぞ?」
驚愕の表情を浮かべる男にブレイドは愉快そうに目を細めた。
「それに・・・、お前は一体何の死骸を見たんだ?」
ブレイドが口角を上げながら言った。
――アイリス達が黒いローブの男たちと接触する少し前。
魔獣と向かい合ったブレイドは右手を上に向けた。
頭上に、球状の炎が出現する。
「焼かれるのは好きか?」
ブレイドは口角を上げると、魔獣に向かってそれを叩きつけた。
轟音と共に魔獣の叫び声が響き渡る。
燃え上がる魔獣の向こうから複数の魔獣がこちらへ向かってくる姿が見えた。
「久方ぶりですなぁ。」
ルイスは、ブレイドの横を抜けながら剣を抜くと魔獣に向かって構えた。
「腕は衰えてないだろうな?」
ブレイドが笑みを浮かべながら言うと、ルイスはいつものようにフォッフォッと笑った。
「勿論でございます。必ずやご期待に応えて見せます。」
ルイスはそう言うと、一気に駆けだした。
複数の魔獣を次々と斬っていくルイスの鮮やかな動きに、ブレイドはククッと笑った。
「何が"昔の話"だ。絶対現役でいけんだろ、アイツ。」
能力を使わず剣術だけで魔獣を翻弄するルイスに、ブレイドはやれやれと首を振った。
魔獣はルイス一人で充分そうだと判断し、辺り一面に漂う謎の気配にブレイドは集中した。
「(魔獣を引き寄せるための術式がどこかにあるはずだ。)」
大方その術式に釣られて魔獣が集まってきているのだろう。
次々と森の中から出てくる魔獣。
ルイスが前線で魔獣と交戦する様子を横目に気配を探っていると、後ろから走ってくる音が聞こえてきた。
「ブレイド!!」
「!」
アランはブレイドの前で立ち止まり、人の姿になった。
「すまなかった!」
「いや、気にするな。フロリス達は?」
「ブレイドの屋敷に、アイリス達と一緒にいる」
アランの言葉に、そうか、と言ってブレイドは頷いた。
「魔獣寄せの術式の場所を探っているが、周辺の気配が濃すぎて俺には特定ができない。・・・やれるか?」
ブレイドがアランを見ると、アランは魔法で剣を取り出しながら口角を上げた。
「あぁ、匂いはバッチリだ。一瞬で破壊してみせるさ」
アランは構えると、地面に魔法陣を出した。
ドン!!、という音と共に一瞬でアランの姿が消えた。
アランの適性魔法――瞬速。
パァン!!という破壊音が複数回聞こえた後、屋敷の屋根からアランが飛び降りてブレイドの隣に着地した。
「この宝玉の付いた装置があった」
アランが手に持っていた紫色の宝玉をブレイドに差し出した。
「黒魔術、か・・・」
禍々しいオーラを放つ宝玉。
噂に聞いていたが、こうも厄介なものだとは思わなかった。
「・・・変なもん作りやがって」
ブレイドは宝玉を握り締めた。
「ブレイド殿下!!」
「!!」
トトトッ、と複数の足音が聞こえてきてブレイドがそちらを見ると、鼠の騎士団たちがこちらへ向かって走ってきた。
「もう間もなく近衛騎士団が到着いたします!」
「伝達が遅くなってしまい申し訳ありません!!」
鼠の騎士団たちは任務を成し遂げていた。
「しかし、結界の外にあった我々の遺体には驚きました!!」
「「「チュー!!」」」
鼠の騎士団たちの言葉に、ブレイドは小さく笑った。
「俺の作った分身体、そっくりだったろ?」
ブレイドはククッと楽しそうに笑った。
「お前らは最初から俺の掌の上だったんだよ。」
「っ!!くそっ!!」
階段の前に立つ男が後退りをした。
そして踵を返し階段を駆け上がると、その先にあった窓を突き破って屋敷を飛び出した。
それを眺めながら、ブレイドは右手を上にあげた。
「俺から逃げられると思ってんの?」
パチン、と指を鳴らすと草原を囲うほどの大きな結界が姿を現した。
それは半円状に草原と屋敷を覆っていく。
「!!」
ブレイドは階段を上がって男の飛び出した窓から男の後ろに降り立った。
「あとは、帝国の牢屋で、じっくり話を聞いてやるよ。」
ブレイドは、絶望の表情で膝をついた男に向かって深紅の瞳を光らせながら、不敵な笑みを浮かべた。
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




