15 終わりを告げる音
ブレイドが部屋を出た後。
エマは、胸の辺りを握って顔を俯かせているアイリスに歩み寄ると、ベッドに座っている彼女の前に膝をついた。
そっとアイリスの手を握って顔を覗き込む。
「アイリス様」
エマは静かに言った。
「何か、悩んでおられることがあるのですか?」
「・・・!」
エマの言葉にアイリスが顔を上げると、エマは小さく微笑んだ。
「私でよろしければ、お聞かせください。」
「・・・・・・」
エマの労わるような優しい声。
アイリスは自分の手を包み込むように握ってくれているエマの手を見た。
この温かい手も、すべてがエマの心を表している。
こんなに優しい人の心を、私の存在が傷つけているかもしれない。
アイリスはゆっくりと息を吐くと、こちらを見つめているエマを見た。
「エマさん、ごめんなさい・・・」
アイリスの言葉に、エマは首を傾げた。
「アイリス様が謝るようなことは、何もないと思いますが・・・?」
エマはそう言ってアイリスを見つめ続けた。
そんなエマから、アイリスは視線を逸らした。
「でも、嫌でしょ?」
アイリスはエマの手を握り返して言った。
「ブレイドと私が、親しくしてたら。」
エマの手がピクッ、と小さく動いた。
「・・・何故、そう思われるのですか?」
静かに問いかけられ、アイリスは俯きながら言った。
「だって、エマさんとブレイド・・・恋人同士、なんでしょ?」
「・・・え?」
エマは目を見開いた。
戸惑っているエマの雰囲気が伝わって来て、アイリスはぎゅっと目を閉じた。
「ブレイドは、私のこと"妹"だと思ってるだけだと思うから、その、私の頭撫でたり・・・さっきみたいに抱き上げたりしても深い意味はないと思うの。」
「・・・・・・」
「でも、恋人であるエマさんからしたら、ブレイドのそんな姿・・・見たくないでしょ?」
アイリスはゆっくりと息を吐いた。
「ごめんなさい・・・」
部屋に沈黙が流れた。
何も反応がないエマ。
アイリスが顔を上げると、彼女は目を丸くしたまま口を開けて固まっていた。
「・・・エマさん?」
アイリスが声をかけると、エマが我に返って勢いよく立ち上がった。
「私とあの生意気なクソガk・・・ごほん、ブレイド様がそのような関係なわけがありません!!」
「え・・・」
エマはアイリスの手を勢いよく握った。
「絶っっっ対にあり得ません!!」
アイリスに顔を近づけて物凄い圧を込めたエマの声と形相に、アイリスは顔をひきつらせた。
「そ、そうなの?」
「はいっ!世界が何度滅びてもあのクソg・・・とは!誓ってあり得ません!!」
「(クソガキって二回も言った・・・、あのエマさんが・・・)」
興奮気味に荒い呼吸を繰り返しているエマ。
「そうなのね・・・」とアイリスは言いながら彼女を落ち着かせようと両手を翳してどうどうと制した。
エマは一度ゆっくりと深呼吸をすると、先ほどと同じようにそっとアイリスの前に膝をついて座った。
「アイリス様。」
エマはアイリスの手を握った。
「私は、ブレイド様の以前のお姿を知っております。」
エマは帝都でのブレイドの姿を思い起こした。
帝都で最後に見たブレイドの姿は、絶望に満ちていた。
"もう消えてもいい、この世からいなくなってしまいたい"
そう全身で訴えているような、そんな姿だった・・・。
エマはゆっくりと息を吐いた。
「・・・ですから、言わせていただきます。」
エマは真っ直ぐアイリスを見据えた。
「ブレイド様は、アイリス様のことをとても大切に思っておられます。それはブレイド様ご自身のお命以上に。」
「!」
「貴女様のことを"妹"などと思っているなど、まずあり得ません。
あの方は、私が来た時からずっと、貴女様のことを"一人の女性"として見ておられますよ?」
エマはそう言ってアイリスの頭を優しく撫でた。
「・・・!」
いつもブレイドがするような、労わるように優しい手。
初めてエマに頭を撫でられた。
ブレイドと同じ撫で方。
なのに、何かが違う。
ブレイドから撫でられた時のようなあの胸が苦しくなるような感じは・・・ない。
アイリスが戸惑いながらエマを見ると、彼女は綺麗に微笑んだ。
ブレイドはアイリスを部屋に残して薄暗い廊下を抜けると、屋敷の外へ出た。
今にも雨が降りそうな空を見上げていると、鷲の姿になったルイスが空から舞い降りてきた。
「ブレイド様。妙な気配が濃くなってきております。」
ルイスが地上に降り立って人の姿になると、ブレイドは真剣な表情で頷いた。
ねっとりと肌に纏わりつくような気味の悪い謎の気配。
使用人達の体調不良が出始めた頃から徐々に濃さが増していっているようだった。
魔力とは違う、何か別の物だとブレイドは考えていたが、その気配は霧のように空気中に漂っていて、出所が特定できない。
「・・・騎士団の到着が遅いな・・・」
ブレイドは眉間に皺を寄せながら言った。
使用人達の相次ぐ体調不良と妙な気配に、有事に備えて戦力増強を図るため、鼠の騎士団に近衛騎士団を呼ぶよう要請をしていたのだが、彼らは一向にこちらへ来る気配がない。
「今、クレディ侯爵が結界の外まで見にいっております。」
ルイスがそう言い終えると同時に、こちらへ走ってくる音が聞こえた。
「ブレイド!!ルイス!!」
アランがライオンの姿で走ってきて、ブレイドとルイスの前で勢いよく止まった。
「やられた!鼠の騎士団が、結界の外で・・・!」
「!」
近衛騎士団要請を頼んだ直後、結界の外に出てすぐ何者かに襲撃され、鼠の騎士団は全滅していた。
ならば近衛騎士団への要請は絶望的。
アランは荒れた呼吸を整えながらブレイドを見上げた。
「しかも、・・・帝国の紋章が、奪われていた・・・っ」
騎士団の持つ紋章。
それにはブレイドとアランの屋敷を中心に囲む結界内に出入りするための魔法陣が組み込まれている。
「侵入されたか・・・っ」
ブレイドは拳を握りしめた。
結界の魔法石のある境界。
黒いローブの男は、静かにその前に立った。
「ククッ、今更気づいても、もう遅い。」
男は口角を上げると、淡く緑色に光る魔法石を見据えた。
「・・・行くぞ。」
『あぁ。』
四か所ある魔法石の前にそれぞれ立つ黒いローブの者たち。
持っていた杖の先に付けられた紫色の宝玉が光だし、鋭い雷となって魔法石に落ちた。
ドォォォォンッ!!!
「!!」
地鳴りと共に、響き渡る音。
空を見上げると、ガラスの破片のようなものが地上に向かって降り注いでいた。
ブレイドは眉間に皺を寄せた。
「結界が壊されたか・・・!」
それと同時に響き渡る、複数の魔獣の鳴き声。
魔獣たちが地響きをさせながらこちらへと向かってきた。
ブレイドは舌打ちすると、驚愕の表情で空を見上げるアランを見た。
「クレディ、俺の屋敷にフロリスとテオを避難させろ。」
「!」
「ここは俺とルイスでやる。」
「だが・・・っ!」
ブレイドの言葉にアランは視線を泳がせた。
今優先すべきは魔獣を討伐すること。だから、元近衛騎士であるアランがここを離れるわけにはいかない。
ブレイドはアランの考えが分かり、深く溜息をついてアランを見据えた。
「命令だ。行け。」
「!」
ブレイドの真剣な眼差しにアランは歯を食いしばって唸ると、勢いよく顔を上げた。
「・・・っ、分かった!すまないっ」
アランはすぐに屋敷へ向かって走り出した。
ブレイドはそれを見送った後、アイリスのいる自分の部屋を見上げた。
「・・・・・・」
アイリスは無事だろうか。
きっと今の状態を不安に思っているだろう。
それに・・・。
「もうすぐ、終わる・・・」
ブレイドは苦し気にそう呟くと、屋敷から視線を逸らしゆっくりと息を吐いた。
右手首に付けられた腕輪を撫でて、深紅の瞳で前を見据える。
「ルイス。」
「はい、ブレイド様。」
ブレイドは目の前に立ちはだかった魔獣に右手を向けた。
「・・・もしもの時は頼む。」
ブレイドの言葉に、ルイスは目を閉じると右手を左胸に当てた。
「・・・承知いたしました。」
ルイスはブレイドに忠誠を誓うように、ゆっくりと頭を下げた。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




