14 異変
帝都へ向かうまで残りあと一か月となったある日。
アイリスは、クレディ家の屋敷の裏手にあるブレイドの屋敷へ出向いていた。
ブレイドに連れられてアイリスは使用人部屋へと入った。
「申し訳ありません、このような使用人部屋にブレイド様とアイリス様を入れてしまって・・・」
ベッドの中で荒い呼吸を繰り返しながら申し訳なさそうに言った使用人に、アイリスは微笑みながら首を横に振った。
「いいんです、お休み中なのにお邪魔してしまってすみません」
アイリスは使用人を見つめた。
布団の上からぼんやりと白い靄が見える。
「全身・・・ですね。」
「はい、昨夜から倦怠感や頭痛、吐き気が止まらず・・・」
そう言って咳き込んだ使用人の背中を優しく撫でる。
「すぐに治しますね」
アイリスはそっと使用人の胸の上に手を翳した。
数日前から、ブレイドの屋敷の使用人たちが体調不良を訴え出した。
症状は全員同じ。
倦怠感、頭痛、吐き気・・・。
使用人であるため宮廷医師を呼ぶわけにもいかないらしく、屋敷内にある常備薬で対応していたが一向に良くなる気配がなかった。
そのためアイリスが使用人たちを治癒することになったのだが、アイリスの魔力にも限界がある。
一人一人を完治させていくのではなく、少しずつ均等に治癒していくという方法をとることとなった。
アイリスは使用人の体に光を当てながら深呼吸をした。
今回の患者は、人族の使用人。
治癒を始めて分かったことだが、魔力のないと言われる人間にもやはり生命力を維持するための極少量の魔力は存在しているようだった。
しかし、その極少量の魔力を治癒のために使うわけにはいかない。
人族に対しての治癒はアイリスの魔力を多く注いで補うしかなかった。
「無理するな。」
ブレイドが険しい表情で言った。
それにアイリスは治癒を続けながら頷く。
ブレイドは使用人の相次ぐ体調不良について、先日からずっと考え込んでいるようだった。
彼に何が原因だと思うか尋ねても、静かに首を横に振るだけだった。
「・・・どうですか?」
光を使用人の胸部に当てながらアイリスが尋ねると、使用人は力を抜くようにゆっくりと息を吐きながら頷いた。
「凄く温かくて気持ちがいいです・・・」
「ふふ、良かったです」
アイリスは微笑むと、全身を覆うように見える白い靄が薄くなるまで治癒を続けた。
使用人部屋を出てドアを閉めると、アイリスは深く息を吐いた。
今日一日だけで五人。そのうちの二人が人族だった。
昨日も別の使用人たちを治癒したが、屋敷に着いてすぐ見かけたその使用人はまた体調が悪くなっているように見えた。
何かがおかしい。
アイリスはそう感じながらも、ただひたすら使用人たちを治癒するしかなかった。
「大丈夫か?」
ブレイドがアイリスの顔を覗き込みながら尋ねると、アイリスはこくんと頷いた。
「うん、大丈夫。・・・少し疲れただけだから心配しないで?」
アイリスはそう言ってブレイドに微笑みかけた。
しかし、歩き始めたと同時に眩暈がして、ふらついたアイリスの体をブレイドはすぐに支えた。
「・・・っ」
「・・・少し休んでからクレディの屋敷に戻れ」
ブレイドはアイリスの体が倒れてしまわないように肩を支えながら言った。
「でも・・・」
「でもじゃねぇ」
ブレイドの有無を言わさぬ雰囲気に、アイリスは口をつぐんで俯いた。
「大丈夫ですか?」
「!」
廊下の奥から声が聞こえて顔を上げると、エマがこちらへ向かって歩いてきている姿が見えた。
エマはアイリスとブレイドの前で立ち止まると、アイリスの様子を一瞥してブレイドを見た。
「どうされたのですか?」
「さっき人族の使用人の治癒をしたんだが、魔力を多く消費したようだな」
エマの質問にブレイドが答えた。
ここで休ませるべきでは、と話しているエマとブレイドを見て、アイリスは二人から視線を逸らした。
アイリスは、エマのこともブレイドの事も大切で二人とも好きなのだが、二人が一緒にいるところはあまり見たくなかった。
二人が親しげにしていると、とても胸が苦しくなった。
何故こんなに苦しいのか、よく分からない。
理由がわからないほど、辛いものはない。
だから、ブレイドとエマが生活しているこの屋敷にもあまり長くいたくなかった。
しかし、そんなことを本人達に言えるわけもなく・・・。
アイリスはブレイドをそっと押して体を離した。
「!」
「私は、大丈夫だから」
アイリスはそう言って微笑むと、屋敷の廊下を歩き出した。
これでいい。少し歩けばクレディ家の屋敷に着くからそこで休めばいい。
そうすればこの気持ちを誰にも気づかれずに秘密にしていられる。
「・・・・・・」
ブレイドは廊下を歩き出したアイリスに目を細めると、すぐにアイリスの腕を掴んだ。
「!ブレイド、なに・・・っ!」
ブレイドはアイリスの体を軽く引き寄せると、彼女の背中と膝の下に手を入れて横向きに抱き上げた。
ブレイドにいきなり横抱きにされ、アイリスは顔を赤くしながら慌ててブレイドの肩を持った。
「ちょっ!なんで、下ろし・・・!」
「選べ。」
「!」
ブレイドはアイリスの言葉を遮って低い声で言った。
「このまま俺に抱えられてみんなに見られながらクレディの屋敷に帰るか。それとも今俺の屋敷で休むか。」
怒りの圧を込めた深紅の瞳で見下ろされ、アイリスは顔を引き攣らせた。
「・・・ここで、休んで帰ります」
「よし。」
ブレイドはアイリスの返事に頷くと、アイリスを横抱きにしたまま歩き出した。
ブレイドの少し後ろを歩くエマ。
「部屋はどちらになさいますか?」
「俺の部屋でいい」
「承知いたしました。」
ブレイドの言葉に、アイリスはブレイドの服を握り締めて顔を俯かせた。
「(ブレイドの部屋に行くの、嫌だな・・・)」
そんなアイリスの様子を、ブレイドは横目で静かに見つめた後また前に視線を戻した。
ブレイドの部屋の前に着くと、エマがドアを開けてくれた。
「(ここが、ブレイドの部屋・・・)」
初めて入るブレイドの部屋にアイリスは控えめに辺りを見渡した。
アイリスがまだクレディ夫妻の養子になったばかりの頃、"いつでも来ていい"とブレイドに言われていたが、この二年間一度もこの部屋を訪れたことはなかった。
ブレイドはいつも草原やクレディ家の屋敷のリビングにいたため、ブレイドの屋敷に入るときはブレイドと一緒に書庫に入って本を選ぶときくらいだった。
彼の部屋は物が少ないが、その一つ一つが高級品なのだと一目でわかるくらい細かな装飾が施されている。
その中をブレイドは迷うことなく歩いていき、ベッドの上にアイリスをそっと下ろした。
「暫くここで寝ていろ。」
「でも・・・」
アイリスは部屋の入り口に立つエマをちらりと見た。
エマが、"どうしたのか"、というように少しだけ小首を傾げるのが見えた。
ブレイドもアイリスの視線に気づいたのか、エマを一瞥したあとまたアイリスを見た。
「エマがどうした?」
ブレイドの言葉に、アイリスは肩を小さく揺らした。
「!いや・・・その、・・・」
「・・・・・・」
ブレイドは、気まずそうに視線を逸らすアイリスを静かに見つめた後、アイリスの頭をそっと撫でた。
「!」
「悪かったな、無理やり連れてきて。」
・・・久しぶりの感覚。
頭を優しく撫でられて顔を上げると、ブレイドが小さく微笑んだ。
とても優しくて、少し寂しそうな微笑み。
彼のその表情を見て、胸が苦しくなった。
「(なに、これ・・・)」
アイリスは自身の胸の前で服を握りしめて顔を俯かせた。
ブレイドとエマが二人でいる姿を見た時の胸の苦しさとは、・・・違う。
ブレイドはアイリスの頭を撫でた後、その手を頬に滑らせてそっと離した。
「ちゃんと休めよ。」
ブレイドはそう言うと部屋の出入り口へと歩いて行った。
そして、ドアの前に立つエマを見ずに、ドアの持ち手を握って言った。
「エマ、アイリスを頼む。」
「承知いたしました。」
エマが頭を下げると、ブレイドは部屋を出て行った。
その後ろ姿を、アイリスはただ見つめていた。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




