13 帝国と諸国の関係
テオはすくすくと育ち、半年もすればあっという間に喋ったり走り回ったりできるようになった。
異種族はその種によって成長速度も異なるようで、日々成長していくテオに、クレディ家は毎日賑やかに過ごしていた。
「あいりしゅ、あしょぼー!」
「いいよー!」
広い草原を笑いながら駆け回る子ライオンのテオを同じく笑いながら追いかけるアイリス。
テオはまだ幼いが立派なライオン。やはり走るのが早い。
追いつけないと分かっていてるから、アイリスもテオの挑発に乗ったふりをして時々テオの背中にタッチしてあげると、テオはケラケラと楽しそうに笑った。
「アイリス様、そろそろ授業の時間です。」
「あ、はーい!」
アイリスは教材を抱えたエマから声を掛けられて立ち止まると、草原を駆け回っていたテオも止まった。
「えぇ〜、もういっちゃうのぉ?」
不満そうに顔を俯かせて尻尾を垂らすテオに、アイリスが彼を宥めるように頭を撫でていると、離れた場所からそれを見ていたブレイドが歩いてきてそっとテオの前に屈んだ。
「テオ、今度は俺と遊ぶか?」
「!ほんとぅ!?」
テオが顔を上げると、ブレイドは右手を上に向かってスッと動かした。
すると、テオの体が風に包まれてふわりと浮き上がった。
「わぁ!!」
そのままブレイドの手の動きに合わせてテオの体をゆっくりクルクルと回してやりながら低い位置をふわふわ浮かせてやると、テオの笑い声が草原に響き渡った。
「行っていいぞ」
「ふふ、ありがとう、ブレイド」
アイリスはブレイドにお礼を言うと、エマと共にクレディの屋敷へ向かって歩き出した。
いつものように応接室に入ってソファーに座ると、エマがアイリスの前に羊皮紙と羽ペンを置いた。
「あと半年ほどでアイリス様は帝都へ行くことになるかと思います。そのため、本日から帝国と諸国についての関係性を中心に授業を始めさせていただきます。」
エマは手に持っていた本を開き、アイリスに見えるようテーブルの上に置いた。
開かれたページには、大きな地図のような絵が描かれている。
「これは現在私たちのいるラドリス帝国を中心とした地図になります。」
アイリス達が今いるこの土地を統治しているのは、多種族国家――ラドリス帝国。
この帝国の歴史がこの世界で一番古く、今ある国家の中で一番権力を持つとされている。
「このラドリス帝国の頂点に立つお方は、神の時代から存在すると言われている竜族の末裔――ゼイン・アレクシアン皇帝陛下です。
先代より続いた近隣諸国との戦争を納められ、異種族だけでなく人族との共存も深く望んでおられる人情深いお方です。」
皇帝陛下にはまだ一度も会ったことはない。
時々ブレイドやアラン達が皇帝陛下と手紙のやり取りをしていたため、いずれはアイリスも皇帝陛下に会う事になるのだろう。
大国を束ねる人なのだ。威厳のある姿をしているに違いない。
エマは地図の西にある海を示した。
「こちらにある海域を統治しているのは、魚人族のみで構成された国――マリニエル諸島連合国です。
海を生息地とする者達を中心とした独立国で、女王陛下がこの国を納めています。
ラドリス帝国とは程良い距離を保ちながら交易しています。
生息域の関係で他種族とはあまり関らず少々閉鎖的ではありますが安定した国とも言えます。
・・・ですが、こちらの国家は違います。」
エマは地図の南東に広がる森を示した。
「こちらに領地を持つ人族のみで構成された国――宗教国家ディアロスがあります。
こちらの国は"人族こそが女神に愛された民だ"と主張している人族至上主義の国です。」
ラドリス帝国は、宗教国家ディアロスとは思想が合わず、定期的に交流はしているものの進展は一切なく、両者の間にある溝は埋まる気配がないまま今日まで至っているそうだ。
「噂では黒魔術というものを研究していると言われていますが、詳細は分かりません。
閉鎖的な国で、あくまでも噂としてしかこちらには伝わってきませんので。」
魔力を持つ異種族と同等の力を持って対抗しようという思考の元、そういったことに手を出している可能性は確かにある。
「今回、アイリス様の情報を帝国側が秘匿にしている理由は、この宗教国家ディアロスにあります。これまでの"金眼の天使"様方は彼らの思想に基づく暴挙によって命を落としていると記録されています。」
「!」
アイリスが驚いて顔を上げると、エマは頷いた。
「社交界にたまにディアロスの王族が来ます。冷戦状態の今、流石に帝国の社交界でアイリス様に手を出すようなことはしないと思いますが、王族方が出席される際は用心されるに越したことはありません。」
「わかりました。」
エマの言葉にアイリスは頷いた。
その後はラドリス帝国の歴史に触れて、今日の授業は終わった。
応接室を出ると、リビングにいたテオが駆け寄ってきてアイリスの足にしがみついた。
「あいりしゅ!おわったぁ?」
「いてて、終わったよ?」
「ほんとう?ならだっこしてぇ〜」
テオの爪がスカートを通り越して少し刺さるが、それを気にすることなくアイリスは笑って頷きながらテオを抱き上げた。
テオの体はこの半年でかなり大きくなっていて、アイリスが抱き上げる時はアイリスの肩にテオの前足をかけて持ち上げていた。
アイリスの身長ももちろん伸びているのだが、それでもテオの身体だけでアイリスの上半身が埋まってしまうほどテオは成長していた。
少しよろけたアイリスを隣に立っていたエマが咄嗟に支えた。
「こらこら、テオ。アイリスに抱っこしてもらうのはもう卒業したはずでしょ?」
フロリスはクスクスと笑いながらアイリスからテオを受け取って引き離した。
「え~・・・」
「ごめんね、テオ」
アイリスは微笑みながら膨れっ面をしているテオの頭を優しく撫でた。
「終わったか?」
「はい、終わりました。」
ブレイドがエマに話しかけて、エマは教材を抱えなおしながら頷いた。
「・・・・・・」
ジー、とエマを観察するように見ているブレイド。
その視線を一身に受けて、エマは溜息をついた。
「ちゃんと言いつけは守っておりますので、そんなにご心配なさらずとも大丈夫ですよ。」
そう言ってエマは少し呆れたように笑いながら言った。
「・・・ならいい。」
ブレイドはそう言うと、ゆっくりと息を吐きながらリビングの椅子に深く腰かけた。
「(内緒話かぁ、相変わらず二人はラブラブだなぁ・・・)」
ブレイドとエマのやり取りを見てアイリスは小さく溜息をつきながら、ルイスが淹れてくれた紅茶の入ったティーカップに口を付けた。
「あいりしゅ!」
「!」
フロリスからぴょん、と飛び降りたテオが駆け寄って来て椅子に座っていたアイリスの膝の上に前足を乗せた。
「どうしたの、テオ?」
アイリスがテオの顎の下を撫でてやると、ゴロゴロと喉を鳴らしながら言った。
「あいりしゅって、にんげんなの?」
自身の前足で耳の後ろを掻いて、テオはアイリスを見上げた。
「うん、そうだよ?」
「なら、おれもにんげんになりたいなっ!」
テオの言葉にアイリスはきょとん、とした後すぐにクスクスと笑った。
「アランとフロリスが人の姿になれるから、テオも大きくなったら人の姿になれると思うよ?」
「ほんとぅ?」
テオが顔を上げてフロリスとアランを見ると、二人は微笑みながら頷いた。
「あぁ、なれるとも!」
「そのためには好き嫌いしないでお野菜もちゃんと食べないといけないわよ?」
フロリスの言葉にテオの耳が下がった。
「え〜・・・、でもにんげんのしゅがたになれるなら、おれ、がんばる!」
テオは尻尾を振りながら高らかに宣言し、みんなで笑った。
とても幸せで平和な日常。
この穏やかな日々が永遠に続けばいい。
みんな、そう願っていた――。
ブレイドの屋敷にある調理室。
そこで使用人たちは夕食の準備にせわしなく働いていた。
「では、行ってきます」
「本当に大丈夫?魔獣がいるかもしれないし・・・私が飛んでいきましょうか?」
買い物かごを持った人族の使用人に鳥人の使用人が心配そうに尋ねると、人族の使用人は微笑みながら首を横に振った。
「危機管理能力は他の人よりもあるので大丈夫です」
「初日にこけて膝から血を流しながら来た貴女の言葉だと説得力に乏しいわね?」
そう言ってクスクスと笑うと、人族の使用人も苦笑しながら恥ずかしそうに笑った。
「気を付けてね!」
「はい」
人族の使用人は頭を下げると、屋敷の裏口から出て街へ向かって森の中へ入って行った。
薄暗い森の中を早足で進んでいくと、結界を抜ける感覚がした。
そのまま進んでいった先でそっと立ち止まると、ポケットから鳥の形に折りたたまれた紙を取り出した。
使用人は服の内側に下げていた小さな巾着袋を引っ張り出すと、中から指輪を取り出し、それを人差し指に着けた。
「これを、主の元へ。」
使用人の言葉に反応するように指輪に填められた紫色の宝石が光だし、掌に乗せていた紙で作られた鳥を包み込んだ。
すると、鳥の目に紫色の光が宿り、ゆっくりと羽を動かし始めた。
そっと空に向かって押しやると、鳥はゆっくりと薄暗い森の中へと羽ばたいでいった・・・。
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