12 神様の贈り物
使用人たちの協力のお陰でアイリスの治癒能力は着実に上がっていった。
怪我をしている箇所に見える白い靄のようなものは、擦り傷などの小さな傷だと見えないようだった。
それでも充分役立つとして、今度は体調不良を起こしている使用人のどの部分が原因かを特定し治癒する練習も開始した。
と言っても元々使用人の数もそんなにいないし、みんな体調管理ばっちりで滅多に風邪を引かない。
そのため、喉が痛い、お腹が痛いといった小さなものの治癒が主だった。
そんなある日、フロリスが風邪を引いた。
ドアをノックして、アイリスとブレイド、アランの三人はフロリスのいる寝室に入った。
「フロリス、体大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ」
寝室に入りアイリスが尋ねると、ベッドに座っていたフロリスはニコッと微笑んだ。
「本当に大した事ないんだけど、少し熱っぽくて・・・」
「そっか、・・・頭痛い?」
「えぇ、少し」
アイリスは頷くと、そっとフロリスに手を翳した。
「・・・・・・」
「・・・アイリス?」
手を翳したまま顔を俯かせるアイリス。
フロリスが小首を傾げてそっとアイリスの顔を覗き込むと、アイリスはゆっくりと顔を上げた。
「ねぇ、フロリス。」
「なぁに?」
「・・・お腹も、治していい?」
アイリスの言葉にブレイドとアランが目を見開いた。
真剣な表情で見つめるアイリスに、フロリスは小さく微笑んだ。
「やっぱり気づいてたのね」
「・・・・・・」
「視覚遮断用の布、巻いてたんだけど今更意味なかったわね」
フロリスはそう言ってクスクスと笑いながら、下腹部に巻いていた布を取り払った。
その布にはフロリスの魔力で魔法陣が描かれており、彼女が言っていたようにアイリスに腹部を見られないよう隠していたのだろう。
アイリスは頷いた。
「白い靄が見えるようになった時に、すぐ分かったの」
「そう・・・」
フロリスはそう言うとアイリスから視線を逸らした。
ブレイドはそんなフロリスを見つめながら拳を握りしめた。
なんとなく、気づいていた。
この屋敷に来て一年ほどが経った頃、"子供は作らないのか"と尋ねたことがあった。
その時に、フロリスは優しく微笑んで"まだ時期じゃないから"と答えた。
"ブレイドが私の子供みたいなものだもの。親友の代わりに、貴方を大切に育てて見せるわ"、と言って・・・。
「(俺は気づいていながら・・・、ずっと目を逸らし続けてたんだな・・・)」
寝室内に沈黙が流れる中、ブレイドはゆっくりと深呼吸をすると、アイリスの前に立った。
「アイリス、治してやってくれ」
「!ブレイド」
フロリスが驚いて顔を上げた。ブレイドは真剣な表情でアイリスを見つめていた。
「頼む・・・」
ブレイドはアイリスに向かって頭を下げた。
「ブレイド・・・」
フロリスは慌ててブレイドの肩を掴んだ。
「駄目よ、ブレイド!貴方がそんなことしちゃ・・・!」
フロリスが懸命に顔を上げさせようとするが、ブレイドは頭を下げたまま動かなかった。
「ブレイド・・・っ」
「私からも頼むよ」
「!」
アランはそっとブレイドの肩を掴むフロリスの手を握ってブレイドから離すと、フロリスを優しくベッドの上に座らせた。
そして、アランはブレイドの隣に立つと、ブレイドと同じようにアイリスに向かって頭を下げた。
「どうか、フロリスのお腹を治してくれ」
「アラン・・・!」
「・・・・・・」
アイリスは頭を下げている二人を静かに見つめた。
そして、二人の肩に触れると、優しく綺麗に微笑んだ。
「大丈夫よ、ブレイド、アラン。
フロリスが駄目って言っても最初から治すつもりだったから」
「「!」」
アイリスの言葉に、ブレイドとアランは顔を上げてアイリスを見ると、また頭を下げた。
二人が自分のことで頭を下げていることに戸惑っているフロリスに、アイリスはそっと向き直った。
「・・・フロリス。」
「・・・・・・」
「私ね?ずっと思ってたの。」
アイリスはフロリスの手を握った。
「フロリスと、アランの子供が見たいって」
「・・・っ」
アイリスの手から光が溢れ出した。
それはフロリスの体をふわりと包み込む。
とても暖かくて優しい光。
フロリスの瞳から涙が次々と溢れ出して頬を伝い、アイリスの光を受けてキラキラと零れ落ちた。
「ありがとう、アイリス・・・」
フロリスは綺麗な涙を流しながら、"金眼の天使"アイリスの手を強く握りしめた。
ブレイドとアイリスがフロリスの寝室から出ると、いつの間にか外は夜になっていた。
何も言わずに、二人で玄関のドアを開けて外へ出ると、空には綺麗な星々と大きな満月が浮かんでいた。それらは夜の草原を優しく照らしている。
前を歩いていたブレイドは立ち止まると、ゆっくりと空を見上げた。
「・・・俺のせいなんだ。」
ブレイドが言った。
「俺が、フロリスに怪我をさせたんだ・・・」
「・・・・・・」
「"あの日"・・・宮廷にいた、フロリスに・・・」
ブレイドが帝都で魔力暴走を起こした"あの日"。
当時近衛騎士だったアランと共に宮廷に来ていたフロリス。
彼女の腹部に、抑えきれなかったブレイドの魔力が当たった。
"私は大丈夫よ。もうピンピンしてるわ!"
病室で笑顔で言ったフロリスの目は、泣き腫らした跡があった・・・。
わかっていた。
本当は気づいていた。
でも、事実を知るのが怖くてずっと目を逸らし続けていた。
そんな自分すらも、フロリスは受け止め、愛してくれた・・・。
ブレイドは、そっとアイリスを振り返った。
「ありがとう、アイリス」
「うん・・・」
「本当に、ありがとう・・・」
ブレイドはそう言うと、また深々と頭を下げた。
「ブレイド・・・」
アイリスはゆっくりとブレイドに歩み寄ると、自分よりも大きな体をそっと抱き締めた。
「!」
「二人の子供、楽しみだね」
アイリスは微笑みながら、自身の肩にあるブレイドの頭をそっと撫でた。
彼女の温かさに、ブレイドはゆっくりと息を吐いた。
「・・・あぁ、っ・・・そうだな」
ブレイドは頷くと、アイリスの小さな体を強く抱き締めた。
どれくらいそうしていただろう。
ブレイドはアイリスの体をそっと放した。
「・・・悪かったな」
ずっと抱き締めていたことへ謝罪をすると、アイリスは微笑みながら首を横に振った。
そして、何も言わずに二人で手を繋いで、夜の草原をゆっくりと歩き出した。
昼間とは違う虫の音。
ミミズクの鳴き声。
ひんやりと優しい夜風。
アイリスは隣を歩くブレイドをそっと見上げた。
「夜にお散歩するのも、なんかいいね?」
アイリスの言葉にブレイドは頷いた。
「今度から一緒に夜も歩くか?」
「うん」
アイリスとブレイドは顔を見合わせて笑うと、二人で草原に寝転んで綺麗な夜空を見上げた。
そのニか月後。フロリスは無事、懐妊した。
あっという間にフロリスのお腹は大きくなった。
人族の妊娠期間は十か月だが、異種族はその種によって妊娠期間が異なるらしく、フロリスは妊娠が発覚して約三か月後に元気なライオンの男の子を出産した。
「にゃぅ、にゃぅ」
「かわいぃ〜」
アイリスはベビーベッドの中で泣いているライオンの赤ちゃんを眺めながら幸せそうに指先で赤ちゃんの頬や顎を撫でた。
ゴロゴロと喉を鳴らす赤ちゃんライオンに感嘆の声が漏れた。
「やだぁ、可愛すぎるぅ〜」
「もう、アイリスったら」
ベッドに座ってそれを見ていたフロリスはクスクスと幸せそうに笑った。
そんなフロリスの肩をそっと抱き寄せるアラン。
「アイリス、本当にありがとう」
「ふふ、もう何度も聞いたわ、アラン」
アイリスは笑いながらベビーベッドから赤ちゃんライオンを抱き上げた。
寝室のドアの前に立つブレイドの前に連れて行くと、ブレイドは優しく微笑みながら赤ちゃんライオンの頭を撫でた。
「名前はもう決めたのか?」
ブレイドがアランとフロリスに尋ねると、二人は微笑みながら頷いた。
「えぇ、決めたわ」
アイリスがフロリスにそっと赤ちゃんライオンを渡すと、フロリスは赤ちゃんの背中を優しく撫でながら言った。
「名前はテオ。テオ・クレディ。
この子は我が家の天使が導いてくれた、"神様の贈り物"よ」
そう言って幸せそうに微笑んだフロリスに、アイリスは嬉しそうに笑って頷いた。
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今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




