11 治癒の練習
ブレイドを応接室から追い出した後、エマの授業が始まった。
今回は初日ということもあり、アイリスが文字の読み書きがどこまでできるか、歴史をどの程度知っているかを確認するテストをひたすら行った。
「・・・できたっ」
「はい、お疲れ様でした。」
羊皮紙に書き終えたアイリスが羽ペンを置きながら大きなため息をつくと、エマが小さく笑った。
「文字もとても上手にかけていますよ。」
「そんな・・・まだまだ全然です。でもありがとうございます」
エマに褒められてアイリスが少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「(・・・なるほど。これは確かに頭を撫でたくなりますね。)」
ブレイドやアラン達がよくアイリスの頭を撫でていたのを思い出して、エマは密かに納得した。
「では、明日からはこちらを元に授業を進めていきますので、よろしくお願いします。」
そう言ってテーブルの上に広げられた羊皮紙を束ねはじめたエマ。
アイリスはこの短時間でエマという女性の魅力が分かった。
彼女の聡明さ、真面目さ、そして何よりも美人なエマ。ブレイドが彼女に惹かれるのは当然だろう。
アイリスはぼんやりとエマを見つめていた。
すると、ふわりとエマから小さな魔力を感じてアイリスは目を見開いた。
「!エマさんって異種族なんですか?」
「!」
アイリスの言葉にエマが顔を上げた。
「はい、一応そうです。」
「一応?」
エマが頷いた。
「私は馬と人族の混血です。私の祖父が馬で、祖母と両親が人族です。」
エマはそう言いながらドレスの裾を持ち上げてアイリスに脚を見せた。
彼女の足は馬の脚そのもので、その脚に合うように作られた編み上げブーツを履いている。
「わぁ!だからエマさんの立ち姿綺麗なんですね!」
「!」
アイリスが綺麗に微笑みながら言った言葉にエマは目を見開くと、すぐに頬を染めて小さく微笑んだ。
「・・・ありがとうございます。」
エマはアイリスにそっと頭を下げた。
「・・・・・・。」
リビングの椅子に座ってブレイドは目の前の紅茶をひたすら睨み続けていた。
その様子を見て苦笑するクレディ夫妻とルイス。
「そんなに紅茶を睨まないでくれないかい?まぁ、もう少ししたら二人とも出てくるさ」
アランがブレイドを宥めるように言うと、ブレイドはカップに残った紅茶を口に流し込んで、空になったカップを受け皿に置いた。
「・・・なんで俺が追い出されなきゃならねぇんだよ。しかも"顔も見たくない"なんて・・・」
ぼそっと呟いた言葉に、クレディ夫妻は顔を見合わせてまた苦笑した。
ブレイドがこんなに感情を出せるようになったことは喜ばしいことだが、これだと先が思いやられてしまう。
フロリスはブレイドのティーカップを持ち上げてそれに新しい紅茶を注いだ。
「ブレイドもまだ乙女心があまり分かってないようね?」
「・・・乙女心?」
顔を上げてブレイドがフロリスを見ると、彼女はクスクスと笑いながら頷いた。
ブレイドは真剣な表情で少し考えた後、フロリスを見上げた。
「・・・フロリスは、理由が分かるのか?」
「えぇ、勿論」
「!」
ブレイドが口を開いたが、彼が何か言う前にフロリスは彼の顔の前に人差し指を立てた。
「でも、教えてあげないわ。少し考えてみなさい、いいお勉強よ?」
そう言ってフロリスは微笑んだ。
すると、ガチャッ、と応接室のドアが開く音がした。
「!」
「おや、終わったようだね。」
ブレイドとアランが顔を上げると、応接室からアイリスとエマが出てきているところだった。
「二人ともお疲れ様」
「うんっ」
「ありがとうございます。」
アランの言葉にアイリスは頷き、エマは頭を下げた。
そしてエマは教材を抱えなおすと、クレディ夫妻を見た。
「それでは本日分の授業が終わりましたので私はこれで失礼いたします。」
そう言って頭を下げたエマに、アイリスは慌てて振り返った。
「えっ、午後から治癒の練習しようと思ってたんだけど・・・エマさんは一緒じゃないんですか?」
そっとエマの腕を握って言うと、エマの動きが止まった。
静かにアイリスを見つめた後、少し視線を泳がせて言った。
「・・・私は教育係ですので、治癒の能力についてはブレイド様の担当です。」
「そっか・・・」
エマの言葉に少し寂しそうな顔をしたアイリス。それを静かに見つめた後、エマはそっと屈んでアイリスと目線を合わせた。
「ですが、記録のために時々顔を覗かせていただきますね。そのときに何かお力になれることがあれば協力いたします。」
「!ありがとうございます、エマさん」
アイリスが安心したように微笑むと、エマも小さく微笑んだ。
「・・・なんか、俺がいない間にエマに懐いてないか・・・?」
「女子ってそんなものよ」
親し気な様子の二人を見て顔を引きつらせるブレイドに、フロリスはクスクスと笑いながら言った。
午後からいよいよ治癒の練習が始まった。
アイリスの魔力は充分にある。
魔力の放出の仕方は基本的に魔法を使うときと同じだろうと推測して、早速ブレイドと草原に出た。
魔力が暴走する可能性は低いかもしれないが、屋敷に被害が出ないように練習場所を草原にすることにしたのだ。
「まずは両手の中に魔力を溜めるイメージをするんだ」
ブレイドは自身の両手に魔力を溜めると、ボウッ、という音と共に彼の両手の上に赤い炎が現れた。
「凄い・・・!」
「俺は炎に適性があるから魔獣と交戦する時なんかはよくこれを使っている。ちなみにルイスは風、アランは瞬速だな」
ブレイドはそういうと、炎を消した。
「アイリスの場合は光を出すイメージで両手に魔力を集めてみろ」
ブレイドは"金眼の天使"の本に描かれた挿絵を思い出しながら言った。
アイリスは頷くと、ボールを持つような感じで両手を向かい合わせるとその間に魔力を集め始めた。
胸の中心にある魔力を腕に持っていき、そして掌に集める。
「・・・っ」
ポゥ、と小さな光が両手の間に現れた。
「!」
「・・・できたな」
ブレイドは小さく笑みを浮かべると、アイリスの頭に手を乗せようとそっと手を伸ばした。
しかし、その手は彼女の頭へは届かなかった。
「!」
「あ・・・」
アイリスが咄嗟にブレイドの手を避けた。
ブレイドの手は彼女の頭があった場所で着地点を失って止まった。
アイリスの両手の間に作った光がシュン、という音と共に消え、二人の間に静寂が流れる。
「・・・・・・」
「ご、ごめんね、ブレイド」
「・・・・・・」
「もう一回やってみるね」
アイリスは気まずい空気に視線を泳がせながらもニコッと微笑むと、また両手の間に魔力を集め出した。
「・・・あ、ちょっと大きくなったよ!」
アイリスが嬉々として報告してくれてブレイドは頷いたが心の中はそれどころではなかった。
エマによる授業と治癒の練習を始めて二ヶ月が経った。
アイリスは毎日忙しい日々を過ごしていたが、とても生き生きとしているように見えた。
午前の授業が終わって午後からいつものように草原に出ると、アイリスは下を向いている野花を見つけてそこにふわりと座った。
野花に両手を翳し目を閉じて集中すると、両手から光が出て野花に降り注いだ。その光を受けて野花はゆっくりと上を向き、綺麗な青色の花弁を開かせた。
それを見て幸せそうに微笑みながらアイリスはそっと野花を撫でた。
「アイリス様」
「!」
声をかけられて振り返ると、使用人の一人が布で指を抑えてこちらへ歩いてきた。
「この程度の怪我でアイリス様のお手を煩わせるのは心苦しいのですが・・・」
使用人はアイリスの前で立ち止まると、布を取り払ってアイリスに指を見せた。指先が切れて鮮血が滲み出ている。
「いいんです、私がお願いしてるんですから」
アイリスはそう言って使用人の手に自身の両手を翳すと、一度深呼吸をして魔力を手に集めた。
「(自分の魔力は少量で・・・相手の魔力を動かす・・・)」
アイリスは光を出して使用人の手に降り注ぐと、ぼんやりと見える使用人の体の中心にある魔力に向かって流した。
そして使用人の魔力をゆっくりと動かす。
すると、シュゥ、という音と共に指先の傷が塞がった。
「!」
「ふぅ・・・」
アイリスはゆっくり息を吐いて光を消した。
「凄いです!アイリス様っ!綺麗に治っています!もう全く痛くありません!」
傷跡も一切ない指先を何度も確認して、使用人は興奮気味に言った。
「良かったです。何か違和感があったらすぐに言ってくださいね?」
「はいっ」
使用人は何度も頭を下げて屋敷へ戻って行った。
「成功したみたいだな」
使用人の後姿を見送っていると、一連の流れを近くで見守っていたブレイドがアイリスの隣に立って言った。
「うん、まだちょっと疲れちゃうけど」
アイリスは苦笑しながら言った。
使用人の指の傷は包丁で切ったごく浅いものだったが、アイリスはそれを治すのに多大な集中力と魔力コントロールを必要としていた。
「何度も練習すれば上手くなるさ」
ブレイドはそう言ってアイリスの頭に手を乗せようとして、止まった。その手を握りしめてそっと下におろす。
「・・・・・・」
ブレイドはアイリスから視線を逸らすと、近くの草むらに止まっていたバッタの羽がかけているのに気づいた。
「・・・アイリス、そこ見てみろ」
「ん?・・・あ、バッタね?」
アイリスは頷くと、バッタが逃げてしまわないようにそっと座って手を翳した。
バッタを治癒しているアイリスの横顔を見つめながら、ブレイドは小さく溜息をついた。
アイリスは、変わらない。
話しかけたら普通に返してくれるし、微笑んでくれる。
しかし、ブレイドが触れようとするとそれを避けるようにどこかへ行ってしまう。
それが分かってこちらから手を出さないようにすると、アイリスは今までと変わらずブレイドの隣に居続けてくれた。
近いのに、遠いこの距離がどうしようもなくもどかしく、歯痒かった。
「ブレイド様、アイリスお嬢様」
「!」
声をかけられて顔を上げると、ルイスと使用人三人がこちらへ向かって歩いてきていた。
「お忙しい時間に失礼いたします。本日より新しく使用人が三人入ることになりましたので、ご挨拶に伺いました。」
ルイスはそう言って、後ろからついてきていたメイド服を着た使用人三人を示すと、三人は丁寧に頭を下げた。
「この者たちへの指導はすべて私めがいたします、よろしいでしょうか?」
「あぁ、よろしく頼む」
ブレイドが頷くと、ルイスも恭しく頭を下げた。
「よろしくお願いします、皆さん」
「「「よろしくお願いいたします!」」」
三人の使用人はブレイドとアイリスに向かって頭を下げた。
アイリスがルイスと使用人達を眺めていると、使用人の一人の膝辺りに何か白い靄のようなものが見えた。
「・・・ん?」
「!どうした、アイリス?」
アイリスが首を傾げたことに気づいたブレイドが声を掛けると、アイリスはその使用人の膝をそっと指差した。
「あの、もしかして・・・そちらの足、怪我してますか?」
「!えっ!は、はい、そうです・・・!今朝こちらへ向かう時に転んでしまって・・・」
アイリスに指摘され、使用人は驚きながらも頷いた。
そっとメイド服のスカートの裾を持ち上げて見せると、膝に包帯が巻いてあり赤く血が滲んでいた。
アイリスは使用人の前に行って座ると、そこにそっと両手を翳した。
「あ、アイリスお嬢様!?私なんかにお力を使う必要など・・・!」
「いいんですよ、私の練習に付き合ってくださってありがとうございます」
アイリスはそう言って微笑むとすぐに使用人の怪我を治した。
「凄い・・・!」
「よく気づいたな、怪我してるって」
ブレイドは怪我が治ったことに感動している使用人をチラリと見て、使用人の前に膝をついて座っているアイリスに言った。
アイリスは膝についた砂を払いながら立ち上がった。
「白い靄みたいなのが見えたの」
「モヤ?」
アイリスは頷いてブレイドを見た。
「ちょうど膝あたりに白い靄が見えて・・・今まで見たことなかったから分からなかったけど、もしかしてと思って聞いてみたらやっぱり怪我してた」
「!」
アイリスの言葉にブレイドは目を見開いた。
"金眼の天使"の本には白い靄が見えているなど一切書かれていなかった。
これはアイリスだけが分かるものなのかもしれない。
治癒の練習を初めてアイリスの魔力はどんどん増えていっている。
ブレイドは一抹の不安を覚えながらも、嬉々として報告するアイリスに小さく頷いた。
使用人はその様子を、不要になった包帯を片手に静かに見つめていた。
今回は毎日更新を頑張ってみました!いかがでしたでしょうか?
今後は、週1~2話程度の更新頻度になるかと思いますが、毎日更新できそうなときはまた頑張っていきたいと思います!
絶対最後まで書き上げたいと思っていますので、更新が遅くなっても気長にお待ちいただけると嬉しいです。
ちなみにこのままいくと100話余裕で超えると思います・・・。ヤバいです。←
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作者のやる気に繋がります!
今回も私の拙い小説をお読みいただきありがとうございました。




