第7話 歪な万華鏡
東雲晶から、彼女の魂の欠片とも言うべき、あの鮮烈な色彩を宿したパレットと、使い込まれた絵筆を託されたあの日から、私と彼女の間に流れる空気は、再び、しかし以前とは明確に質の異なる、より濃密で、そしてどこか切迫感を伴ったものへと変容していった。それは、旧音楽室での忌まわしい出来事が起こる前の、ただ純粋に互いの存在を求め合うような、淡く甘美なときめきとは少し様相を異にしていた。あの事件がもたらした、共有された恐怖と拭いきれない絶望、そしてそれを二人だけで必死に乗り越えよう、耐え続けようとする中で生まれた、どこか悲壮で、そしてより強固な、まるで血の契りを交わしたかのような絆のようなものだった。私たちは、もう決して後戻りできない領域に、共に足を踏み入れてしまったのだという、暗黙の了解があった。
私たちは、言葉を交わさずとも、互いのほんの僅かな視線の動きや、微細な表情の変化だけで、多くのことを直感的に理解し合えるようになっていた。それは、同じ地獄の業火を垣間見てしまい、その恐怖を分かち合った者同士だけが共有できる、特別な、そしてどこか物悲しい共感なのかもしれない。彼女の瞳の奥に揺らめく不安の色を、私は誰よりも敏感に感じ取り、そして彼女もまた、私の心の内に潜む、癒えない傷の疼きを、まるで自分の痛みであるかのように察知しているかのようだった。
晶は、あの旧音楽室での絶望的な宣言通り、あれ以来一切絵筆を、そして鉛筆すらも握ることはなくなった。まるで、かつて自分が情熱を傾けていたその行為自体が、何か汚らわしいものでもあるかのように、頑なに避けていた。放課後、美術室に私の様子を、まるで巡回する監視員のように、あるいは心配でたまらない母親のように、そっと窺いに来ることはあっても、決して自分から描こうとはしない。ただ、私が彼女から譲り受けたパレットを使って、新しい色を生み出し、画用紙の上に未知の世界を構築していく姿を、どこか羨ましそうに、そして同時に、何かかけがえのない大切なものを誰かに託したかのような、言いようのない寂寥感と、ほんの僅かな安堵が入り混じった、複雑な眼差しでじっと見つめているだけだった。その、揺れる水面のように捉えどころのない瞳には、諦念と、ほんの僅かな、しかし消えることのない希望の光が、まるで万華鏡のきらびやかで、しかし儚い模様のように、くるくると揺らめいて見えることがあった。
「水無月さんの描く色って、本当に不思議……。私が同じ絵の具を使っても、どうしてもどぎつくて、攻撃的な色になっちゃうのに、水無月さんの手が加わると、なんだかすごく繊細で、優しくて、どこか懐かしいような色合いになるんだね」
私が、彼女のパレットに、まるで涙の痕のようにこびりついていた鮮やかな緋色と、彼女の心の深淵を思わせる深い藍色を、慎重に、そして慈しむように混ぜ合わせて、夕焼けの空のような、あるいは熟した果実のような、甘くも切ない紫色を、画用紙の上にそっと置いていると、彼女は感嘆ともため息ともつかないような、ぽつりとした声を漏らした。その声には、もう二度と自分の手では生み出せないかもしれない、失われた色彩への愛惜と、そして目の前で新しい色彩を生み出している私への、全幅の信頼と、ほんの少しの嫉妬が、複雑に絡み合って響いているように聞こえた。
「そんなこと、絶対にないよ。晶の色は、晶にしか出せない、誰にも真似できないくらい強くて、一度見たら忘れられない、魂を直接揺さぶるような力強い色だと思う。私は、ただ借りているだけだから」
私は、彼女のどこか自虐的な言葉を穏やかに否定しながらも、彼女から託された、彼女の魂の叫びそのものであるかのような色彩を、まるで自分の血肉とするかのように、丁寧に、そして敬意を込めて取り込み、そしてそこに私自身の感情を重ね合わせることで、新しい命を吹き込もうと試みていた。それは、彼女の深い絶望と喪失感を私が身代わりのように受け止め、そして共に再生していくための、私たち二人だけに通じる、静かで、そしてどこか神聖な儀式のようなものだったのかもしれない。
しかし、そんな私たちの、誰にも邪魔されたくない、密やかで、そしてあまりにも特別な関係を、周囲の世界がいつまでも黙って見過ごしてくれるはずもなかった。私たちの周りには、常に好奇と、そして時には悪意に満ちた視線が、まるで粘着質な蜘蛛の糸のように、じわじわと絡みつき始めていた。
特に、橘穂乃花の、私たち二人に向けられる視線は、日を追うごとに鋭く、そしてどこか執拗で、粘着質なものへと確実に変わっていった。以前の彼女は、東雲晶に対する純粋で、ほとんど盲目的なまでの憧れと、クラスの中でも異質な存在であった私に対する、ほんの少しの好奇心と、そしておそらくは無意識の優越感といった程度の感情しか抱いていなかったはずだ。しかし、旧音楽室での一件(その事件の正確な詳細は、もちろん彼女には伝わっていないはずだが、何かただならぬ「問題」が起こったらしい、という刺激的な噂は、どこからか彼女の耳にも届いていたのかもしれない)以来、その彼女の視線には、明らかな疑念と、そして特に私に対する、隠しようもない敵意と、剥き出しの嫉妬にも似た、どろりとした黒い感情が、色濃く宿るようになっていた。
休み時間、晶が珍しく私の席の近くまでやって来て、周囲に聞こえないように声を潜め、小声で何かを私に楽しそうに話していると、穂乃花は必ずと言っていいほど、まるで待ち構えていたかのように、わざとらしく大きな、そして甘ったるい声で晶に話しかけ、私たちの親密な会話を、強引に、そして無慈悲に遮ろうとした。
「あー、晶! ちょっと生徒会のことで、どうしても晶に相談したいことがあるんだけど、今、少しいいかしら? すごく、すごく急ぎの案件なの!」
そして、私にはわざと聞こえよがしに、嫌味ったらしく、こう付け加えるのだ。
「あらあら、ごめんなさいね、水無月さん。また、あなたと晶の大切な『重要なお話』の邪魔をしちゃったみたいで。でも、二人って本当に仲が良いのねえ。一体、どんな『秘密の相談』をしてたのかしら? まさか、また二人だけで、どこか人目につかない『秘密の場所』にでもお出かけする相談でもしてたのかしらねえ? 私も混ぜてほしいなあ、なんて」
そのねっとりとした言葉遣いと、作り物めいた笑顔には、隠しようもない皮肉と、そして私に対する侮蔑、晶に対する独占欲が、まるで毒のように込められていた。晶は、そんな穂乃花の、ほとんど悪意に近いとも言えるあからさまな敵意に、いつも困ったような、そして心の底から怯えたような表情を浮かべ、私に「ごめんね」とでも言うかのように、申し訳なさそうな、助けを求めるような視線を送ってくる。私は、そんな晶の、まるで迷子の小鹿のような姿を見るたびに、胸の奥が針で刺されたようにちくりと痛んだが、同時に、この状況を作り出している橘穂乃花に対する、静かで、しかし燃えるような怒りが、心の奥底からふつふつと込み上げてくるのを感じていた。
穂乃花の、私たちに対する陰湿な嫌がらせは、それだけでは収まらなかった。
私が美術室で、晶から譲り受けたパレットを使って一心不乱に絵を描いていると、時折、彼女はまるで美術の専門家でも気取るかのように、わざわざ美術室までやってきて、少し離れた場所から、私の描いている作品を、まるで値踏みでもするかのような、無遠慮で品のない目で見つめ、そして、隣にいる晶や、あるいは近くにいる蓮見先生に、わざと聞こえるか聞こえないかくらいの、計算された小さな声で、晶にこう囁くのだ。
「へえー、水無月さんって、本当に『個性的』っていうか、何ていうか……ちょっと『独特』すぎる絵を描くのねえ。私みたいな凡人には、正直言って、その良さとか、何を表現したいのかとか、ちっとも理解できない世界だけど。晶は、本当にこういうのが好きなの? 晶の描く絵とは、全然タイプが違うみたいだけど」
その言葉は、明らかに、美術という分野において何の知識も持たない人間の、無知と偏見に満ちた、私を貶め、そして晶を自分の方へと強引に引き戻そうとするための、稚拙で、しかし悪意に満ちた、計算された挑発であることは明白だった。晶は、そんな穂乃花の、毒を含んだ言葉にいつも狼狽し、私と穂乃花の間で板挟みになり、まるで拷問でも受けているかのような、苦しそうな、そして助けを求めるような表情を浮かべる。私は、そんな哀れな晶を守るために、そしてこれ以上事態を悪化させないために、あえて穂乃花の低レベルな挑発には一切乗らず、感情を押し殺し、能面のような無表情を貫き通していたけれど、心の奥底では、いつかこの積もり積もった鬱屈した感情が、抑えきれずに爆発してしまうのではないかという、破滅的な、そしてどこか甘美な予感に、静かに苛まれていた。
クラスの他の、私たちとは何の関わりもないはずの生徒たちもまた、私たち二人の、傍から見ればどこか奇妙で、理解しがたい関係を、好奇と、そして無責任な憶測の目で捉え始めているようだった。元々、クラスの中でも浮いた存在で、ほとんど誰とも口を利かない孤立しがちだったこの私と、太陽のように明るく、誰からも愛される学園の完璧なアイドルである東雲晶。その、本来なら決して交わるはずのない、水と油のような二人が、最近、妙に親密にしているように見える。その事実は、日々の退屈な学園生活に飽き飽きしている彼らにとって、格好の、そして刺激的な噂の的となった。
「なあ、お前も思うだろ? 最近、あの東雲さんと水無月さんって、なんか雰囲気おかしくないか? 前はあんなんじゃなかったよな」
「だよなー。水無月なんて、今まで誰ともほとんど喋ってるの見たことなかったのに、最近は休み時間になると、やけに東雲さんとコソコソ何か楽しそうに話してるし。あれ、絶対何かあるって」
「でもさ、東雲さんも東雲さんだよな。なんであんな、クラスでも一番暗くて地味な子と、わざわざ仲良くするんだろう。もっと他に、可愛くて明るい友達、いっぱいいるだろうに。ちょっと、見る目変わっちゃうよな」
「もしかしたらだけどさ、東雲さん、あの水無月に何か弱みでも握られてて、無理やり付き合わされてるんじゃないの? それか、何かの罰ゲームとか」
そんな、心無い、そして残酷なまでに無責任な言葉のナイフが、私たちの耳に入ってこない、見えないところで、まるで湿った薄暗い場所に発生する有毒なカビのように、じわじわと、そして確実に学年全体へと広がっているのを、私は自分の肌で、ひりつくように感じていた。そして、その悪意に満ちた噂の多くは、おそらく、あの橘穂乃花が、自分の嫉妬心を満たすために、意図的に、そして巧妙に裏で流しているものであろうことも、ほぼ確信に近い形で薄々感づいていた。
晶は、そんな周囲からの、好奇と侮蔑が混じった悪意に満ちた視線や、根も葉もない噂話に、日に日に心をすり減らし、憔悴していくようだった。元々、他人の評価を過剰なまでに気にする、繊細で傷つきやすい彼女にとって、それは耐え難いほどの精神的な苦痛だったに違いない。公の場では、私に対してわざと冷たくそっけない態度を取ったり、あからさまに距離を置こうとしたりすることも増えた。その度に、私の胸は、まるで万力で締め付けられるように激しく痛んだけれど、彼女の苦しい立場や心情を考えると、それもまた仕方のないことなのかもしれない、と無理やり自分に言い聞かせ、悲しみを押し殺すしかなかった。
けれど、そんなふうに私たちが、周囲の好奇の目から必死に隠れようとすればするほど、私たちの絆は、まるで秘密を共有し、共に罪を犯した共犯者のように、より一層深く、そしてどこか歪で、倒錯した形で、固く固く結びついていくような、そんな皮肉な気がした。私たちは、まるで光の届かない、暗く冷たい海の底で、互いの体温だけを頼りに、必死に寄り添い合う、二匹の孤独な深海魚のようだったのかもしれない。外の世界の光が強ければ強いほど、私たちの影は濃くなっていく。
そんな、息苦しい緊張感に満ちた日々が続いていたある日の午後、美術の授業中に、決定的な事件は起こった。
その日の制作課題は、「自由な発想で、自分の心象風景を描く」という、非常に漠然とした、しかしそれ故に生徒の個性や内面が露わになりやすいものだった。私は、いつものように、東雲晶から託された、彼女の魂の痕跡が残るパレットと、使い慣れた繊細な絵筆を使い、ここ数日の自分の内面――それは希望と絶望、光と闇が激しくせめぎ合う混沌とした世界――を投影したかのような、暗く重い色彩の中に、ほんの一筋だけ、まるで血のように鮮烈な赤い光が、鋭く差し込んでいる、そんな象徴的な絵を描いていた。それは、深い絶望の中に微かに灯る、か細い希望の光のようでもあり、あるいは、逃れることのできない、破滅へと向かう運命の赤い糸のようでもあった。
授業の終わりに、いつものように蓮見先生が生徒たちの作品を一点一点、丁寧な眼差しで見て回っていた時だった。先生は、私の作品の前でぴたりと足を止め、しばらくの間、その細い顎に手を当て、まるで何かを深く吟味するかのように、腕を組んで黙ってそれを見つめていた。教室中の視線が、私と私の絵に集まっているのが分かり、居心地の悪さを感じた。
そして、ややあって、先生はぽつりと、しかし教室中に響き渡るような、静かで、しかし重みのある声で呟いた。
「……水無月さん、この鮮烈な赤は、まるで東雲さんの心の叫びの色ね。最近のあなたの絵には、彼女の魂の色が、強く影響しているように見受けられるわ」
その、あまりにも的確で、そして核心を突いた言葉に、私は心臓が喉から飛び出しそうになるほどの、激しい衝撃を受けた。どうして、先生にそんなことまで分かってしまうのだろう。私たちは、そんなにも分かりやすかったのだろうか。
私の激しい動揺を敏感に察したのか、先生は、いつもの気怠そうで、どこか人を食ったような表情をほんの少しだけ緩め、慈愛にも似た、しかしどこか哀れむような眼差しで私を見つめ、言葉を続けた。
「あなたたち二人、最近、どこかとてもよく似た、痛ましいほどの切実な匂いがするのよね。ただ単に使ってる絵の具の色が似ているというだけじゃなくて、もっと……もっと奥深くの、魂の奥底から、必死に絞り出すように発せられる、何か痛切な響きのようなものが。まるで、二つの魂が一つのパレットの上で混ざり合おうとしているかのようだわ」
先生の言葉は、まるで全てを見透かしているかのようで、その慧眼に、私は何も言い返すことができなかった。ただ、顔から火が出るほど恥ずかしく、そして同時に、私たちの秘密が公衆の面前に曝け出されてしまったかのような、強い恐怖感に襲われた。
そして、その時、私たち教師と生徒の、その一見すると何気ない、しかし内実は極めて個人的でデリケートなやり取りを、教室の少し離れた場所から、橘穂乃花が、まるで獲物を見つけた肉食獣のような、鋭い、そして何かを完全に確信したかのような、冷たくも執拗な目つきでじっと見つめていたことに、私は全く気づいていなかった。
彼女の心の中で、私たち二人に対する、黒く渦巻く疑念と、そして燃え盛るような激しい嫉妬が、もはや自分自身でも抑えきれないほど巨大な炎となって激しく燃え上がり、具体的な、そしておそらくは破滅的な行動へと、彼女を狂おしく駆り立てようとしていることにも、その時の私は、まだ全く気づいてはいなかったのだ。
私たちの周りを、まるで万華鏡のように、きらびやかで、しかしどこか歪で、そして危うい模様を描きながら取り囲んでいた世界は、その複雑な模様を、さらに理解しがたく、そしてより一層危険な色彩へと、刻一刻と変えようとしていた。そして、その、いつ壊れてもおかしくないような、脆い万華鏡の中心には、私たち二人の、誰にも、そしておそらくは神にさえも理解されないであろう、あまりにも純粋で、あまりにも痛ましく、そしてあまりにも美しい絆が、まるで奇跡のように、しかし危うく存在していた。