第9話
あれから、大体ひと月ほどが経過した。一年ほどかかると思っていたのだが、どうやら彼女は吸収が早いらしく、たった一か月で読み書きを大体覚えてきた。
「それじゃ、私は籠ってくるよ」
「はい。頑張ってくださいね」
「君もね。勉学に励みなさい」
この一か月で、彼女は随分と話すようになってくれた。今ではこうやって、私に激励の言葉までかけてくれる。子供の成長というのは早いものだな。
それでも、謝罪癖は抜けないようで、これまでの間に五回はくすぐりをしている、と思う。といっても、たった五回だ。彼女は素直なのか、私がするなと言ったことは大抵気をつけてくれているし、癖だとしてもある程度は抑えてくれている。
現在は歴史の勉強でもしているのだろうが、そろそろ魔法も教えるべきだろうか。……いや、そもそも私が魔法を教えるべきなのだろうか。分からないな。と、彼女の今後を考えながら、今日もまた危険な部屋へと消えていくのだった。
◇◇◇
今日も、私は勉強をしている。あれから一か月が経過して、この生活にも慣れてきた。
基本的な家事は全部あの人がやってくれている。申し訳なくて少しでも手伝いたいと思ってはいるのだが、命令も無いのに動くことは出来ない。
ベッドも使うようになって、私の睡眠はとても快適なものになったと思う。しかし問題点もある。それは、起きられない、ということだった。
私は今まで硬い床で眠っていた。そのせいで深い眠りに就くことが出来なくて簡単に起きられたのだが、ここ最近はベッドというものを与えられ、飛躍的に睡眠が改善された。それによって熟睡することが多くなってしまい、人が来ても起きることが出来ないのだ。
最近でこそ慣れてきたのか起きられるようになったのだが、少し前までは毎日あの人に起こされていた。しかし、彼は不思議と寝坊した私を責めなかった。それどころか、「熟睡できるのは良いことだ」と頭を撫でながら褒めてくれた。やはり、彼は少しおかしいと思う。
着替えを終えて下の階に向かうと、必ず朝食が出来上がっており、あの人は毎日私を待つように座って本を読んでいることが多い。その姿を見る度に申し訳なくなる。それと同時に、なぜ先に食事を済ませずに私を待っているのか疑問に思う。
食事を済ませると、彼は毎日のように二階右奥の部屋に籠る。あの部屋には立ち入るなと言われているので未だに入るどころか近寄ることすらしていないが、彼があの部屋から出る度にくたびれているような気がするので、何か大変なことをしているのだろう。
彼はお昼まで部屋に籠る。その間、私は自室で勉強をする。最近は本を読めるようになってきたので、歴史や算術の勉強をするようになった。
勉強に集中していると、いつの間にか太陽が真上にまで昇っている。それに気づくと、監視されているのではないか、と思ってしまうほどピッタリなタイミングでノックが五回鳴る。出るとそこには疲れているような白髪のオトナが立っていて、私達は昼食を共に済ませる。
それからは彼が教師となって算術を教えてもらったり、本を読んでいるとあっという間に日が暮れてしまう。そんな毎日を過ごしているうちにひと月が経過してしまったのだ。
ふと、窓の外に視線が吸い寄せられていく。そこには、若々しい緑が広がっていた。
よく考えてみれば、ここに来てから外に出たことがない。彼にも「絶対に無断で外に出てはいけないよ」と言われてしまっている。そういえば、彼が外に出るところも見ていないな。
食料とかどうしているのだろうか、と少し気になったのだが、外に出なくても困ってはいないしすぐに思考から振り落とす。
「創造神話……人の王……?」
視界を窓の外から机の上に戻して、教科書の解説文を読み進めていく。
今は歴史の勉強をしていて、その中でも世界創造に関わる最序盤を学んでいた。これが意外と面白くて、やっていて結構楽しかったりする。
どうやらここら辺の話は創造神話とも呼ばれているらしく、絵本や小説にもなっているらしい。空想上の御話ではないか、とも言われているらしいが、この教科書によるとどうやら実話のようだ。一度、あの人にも聞いたことがあるのだが、彼も事実だと言っていたし、本当のことなのかもしれない。
三体の創造神が三つの世界を作り、三種の種族を生み出した。その一つが人間の先祖にあたる王族、という種族らしい。この世界、人界を作り出した人の創造神が最初に生み出した生物で、霊力という力を特に多く持っている種族だった、とこの教科書には書いてある。
といっても、王族や他の原初の二つの種族は霊力の他に、魔力と天力も持っていたらしいが、人界に生きる生物は新しい種族が誕生するたびにその力は弱まっていき、いつからか一番多く持っていた霊力しか持たなくなった、という。
しかしどうやら今の時代を生きる人間は特別で、霊力だけでなく魔力も持っているらしい。遠い先祖が原初の三種の一つ、魔族と結ばれたことで半人半魔が生まれ、その人の遺伝で二つの力を持つようになった、とのことだ。と言われてもピンとこない。そもそも魔力や霊力なんてものを感じることができないのだから当たり前ではある。
魔力の話とかは魔法使いである彼に聞いた方がいいのかもしれない、今日の午後にでも聞いてみることにしよう。そう考えたその時、ノックが部屋に鳴り響いた。
「お昼だ。ご飯にしよう」
扉を開けると、いつものように彼がそこに立っていた。
「はい。分かりました」
「今日のお昼はオムライスだよ」
彼のその言葉に、私はつい反応してしまった。オムライス、それはここに来てからの食事で最も好きだったものだ。初めて食べたのはこの家に来て二日目のお昼で、ご飯の中で一番記憶に残っている。私の大好物だ。心が踊りそうになっているのを感じながら、私は彼についていくのだった。
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