第7話
「ご馳走様でした」
「ごちそう……さまでした」
「これは食事への感謝の挨拶。同じく大和の国の文化だよ」
私の真似をして同様の言葉を呟く彼女にそう説明すると、彼女は不思議そうに私の顔を眺めていた。何か変なものでも付いていただろうか。
「……ああ、どうして大和の文化を今も続けているのか、気になるかい?」
少し考えてみて、何となく思いついた彼女の疑問の予想を口に出してみると、赤毛の子はギクッという音がなっていそうな仕草をした。どうやら私の予測は当たったらしい。
「私は大和の国出身だと言ったよね。あの国には結構長い間滞在していたんだけど、その癖が今も抜けないんだ。特に困ってもいないし、直すこともなくてね。それで今も続けている、というわけだ」
「……では、なぜあの国を出たのですか?」
「おや、ようやく疑問を口にしたね」
今までの彼女は自ら喋ることはなく、私の質問に答えるか、私と同様の動作をするかのどちらかしかなかった。しかし、ここで初めて自ら口を開いたのだ。
私は良い事だ、と思ったのだが、どうやら彼女からすればそうではないらしい。とても顔を青ざめて謝罪を口にしていた。
「謝らなくていい。疑問を持つことは素晴らしいことだ」
優しい声を意識しつつ彼女の謝罪を止める。それから、彼女の疑問に答えようとして、過去の記憶を引っ張り出したことで椅子の背もたれにもたれかかって溜息を吐いてしまう。
「……だが、残念ながら今はその質問に答えることはできない。すまないね」
「そう……ですか」
彼女は少し残念そうな顔をしたが、私の視線に気づくとびくっと震えて顔が強張った。
「先程から疑問に思っていたのだが、なぜ君はそこまで謝るんだ?」
「………」
その疑問を口にしてみる。といっても、答えは明白なんだけどね。
「君は、発言をすることを許されていなかった。それどころか、表情を顔に出すことも、何か自分の意思で動くことも、許可されていなかった。……そんなところか」
売られた子供、ということはある程度調教されているだろう。その中に、ご主人様の機嫌を損なわないように個性や人格を封じ込めるように教えられたのかもしれない。まあ、彼女は幼いから感情を完璧に無くすほどの教育はできなかったのだろうな。それはそれとして、怯え方からして暴言や暴力、そういった手段を用いられたのだろう。……まだこの子は八つだぞ。
これは完全に予測だったのだが、彼女は顔を俯かせているし、きっと当たっている。
「君は少し勘違いをしているよ」
そんな彼女を見て、私は嘆息しながら言葉を紡ぐ。それによって彼女はパッと顔を上げた。まるで言っている意味が分からない、そんな顔だった。
「君は、私の奴隷なんかではない。そのために引き取ったわけではないんだよ。そんなモノを手に入れるのであれば、君のような幼い子供ではなくある程度成長した子を選ぶさ」
なんなら、手が足りないほど困っているというわけでもないしね。今の私にとっては奴隷が居たとしても困るだけだ。
「赤毛の子、君は私の弟子だ。主人と従者の関係なんかではない。分かっているかい?」
ぴっと真っすぐ指差すと、目の前の子の目に少しだけ光が宿ったような気がした。それでも、どこか半信半疑といったような表情であるのだが。
椅子から立ち上がり、そんな彼女に近づいていく。幼子は逃げることなく不思議そうに私を目で追っていたので、ゆっくりと彼女の真後ろにまで移動した。
私の顔を覗き込むように赤毛の子が見上げている。そんな彼女から少しも目を離すことなく、彼女の両脇腹に手を添えた。手が触れた瞬間にビクッと震えたのだが、もう遅い。既に私による刑罰は実行されいる。
両手を駆使して彼女の服の上から肌を刺激していく。赤毛の子は少しの間耐えていたが、やがて限界に達したのか大きな笑い声を上げた。どうやら、くすぐりに弱いらしい。
少しの時間彼女を虐めまくり、ある程度のところで手を離した。その瞬間幼子はぐったりと椅子にもたれかかる。その目は少し涙ぐんでいた。
「これからは私に遠慮をするな。ベッドも使ってやれ。今度謝罪をした瞬間、ペナルティとしてくすぐりの刑だ。それが嫌だったら、もうわかるね?」
自らの両腰に手を当てて、疲弊した子を見下ろす。どうやら瀕死の状態でも話は聞けているらしく、赤毛の子はその髪を揺らしながらうんうんと首を縦に振っていた。今度、刑罰用にくすぐり専用の魔道具でも作ろうかな。
「よし、分かったなら勉強を始めなさい。私は部屋に籠る」
「……はい」
ぐったりとしている彼女を放って食器類を皿洗い用の魔道具に突っ込んで起動させる。その間に彼女もゆっくりと動き始めていた。
「そこの部屋に私は居るが、ここには絶対に入るな。要件があるならノックを五回して私が出てくるのを待て。いいね?」
二人揃って二階に移動したところで、廊下の右奥にある扉を指差す。あの部屋は危険だからな。彼女を入れるわけにはいかないのだ。
きっと彼女であれば私の命令には従うだろうが、念のため脅しをかけるべく両手を上げてくすぐりのジェスチャーをすると、赤毛の子はビクッと震えて首を縦に振った。……それほどくすぐりされるのは嫌なのだろうか。
「では、また昼になったら呼ぶよ」
そう伝えて、私はその危険な部屋に消えていくのだった。
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