第2話
それから、いつの間にか太陽は沈み、昇ってまた沈み、また昇ってしまった。
「あぁー、行きたくないなぁ」
椅子の背もたれにもたれかかりながら、掠れた声で呟く。今日あの場に赴くことで今後の生活が大きく変わってしまうのだ。嫌に決まっているだろう。しかし、行かなければお金も貰えないし絶対あの男になにか言われると思うので、行くしかないだろうな。
嫌々ではあるが椅子から立ち上がり、準備を済ませて家を出る。
「二度目は楽だな」
植物が伸び伸びと成長した庭の真ん中に立ち、懐からとある結晶を取りだす。少し意匠がこらされた結晶に力を込めて粉砕すると、そこから輝きが生じた。
これは私が作り出した転移結晶と呼ばれる魔道具だ。普通の魔道具というのは使い手の魔力を道具に流して使用するものなのだが、私が作った魔道具というのは少し特殊だ。魔物の心臓である魔石というものを電池として発動する。なんなら、今発動した転移結晶に関しては魔石そのものの構造を作り変えて転移魔法を使えるようにしている。
「よし、着いたな」
輝きが一通り収まると、そこは家の庭ではなくどこかの建物の上だった。見覚えはある。ここはあのバーの建物の屋上だ。よく見ると、バーの入り口付近に例の依頼主が居た。
「やあ、一昨日ぶりだね」
男の存在を確認した私は屋上から飛び降りて奴の目の前に立つ。
「うおっ、急に現れるなお前は!」
大きく後ろへ飛びながら驚く彼に、私は少しだけ感心してしまった。どんな状況でさえ注意し警戒している。詐欺師は流石だな。
「受け取りに来た。早く済ませろ」
「……はいはい。それじゃあ移動しようか」
「ここじゃないのか?」
渋い顔で歩き出す彼の後ろを歩きながら訊くと、彼は首肯した。どうやらバーで引き渡しというのはしないらしい。分かりやすい集合場所なだけ、ということか。
「ガキはどこにいる?」
「俺の家だ。どうせすぐに引っ越すし、お前に見せても問題はない」
どうやら詐欺師様の住処に案内してもらえるらしい。……別に見たくはないな。
大通りに出たと思えばすぐに小さな道へ入っていき、クネクネとすぐにでも迷ってしまいそうなところを抜けていく。コイツどんなところに住んでんだよ。
「ほら、着いたぞ」
移動中、私達に会話は無かったが、その沈黙を破るように男が口を開いた。
家の外見や雰囲気は、路地裏にある隠れ家的な感じ、と形容するのが一番分かりやすいだろうか。少なくとも、私は住みたいと思えないような家だ。
「来い。連れてきたぞ」
男が鍵を開け、中に入るとそう叫んだ。すると、その声に反応して小さな子が一人駆け寄ってきた。赤い髪で、鋭く尖った耳。……耳長族のガキか。
「紹介するよ。コイツがその預けたい子だ」
「ふむ、この子が」
少しだけ全身を見回すと、女の子は私から隠れるように詐欺師に近寄った。
「ああ、すまない。怖がらせてしまったかな」
「気にするな。シャイなんだ」
隠れた女の子を撫でながら、クスッと笑う男。どうやらこの女の子はこの男のことを多少は信頼しているらしい。詐欺師を気に入るとは、珍しい子だな。
……珍しいと言えば、赤毛のエルフというのは珍しいな。普通、エルフと言えば金髪だと思うのだが、こんなエルフも居たのか。また知を得ることができたな。
「コイツには名前が無い。良ければ名も与えてやれ。頼むぞ」
「……そうか」
奴隷に出されるくらいだから察してはいたが、この子は恵まれた環境で育つことができたわけではないらしいな。面倒な役割を押し付けやがって、詐欺師め。
「やあ、赤毛の子。君を引き取ることになった魔道具使いだ。よろしく頼むよ」
腰を折って彼女に視線を合わせて、ニッコリと笑みを浮かべる。……二日前にも笑みを浮かべたが、上手くできてはいないようだ。目の前の子が異様に怖がってしまっている。
「ま、まあ。シャイなんだ。次期に慣れるだろうよ」
顔を引き攣りながら、男は隠れ続ける女の子を無理やり前に出した。それでも隠れ続けようとしている子を見る限り、相当私は嫌われているらしい。
「では、頼むよ魔法の王様」
その瞬間、つい私は彼を睨んでしまった。
「……なんだと?」
「失敬。冗談とはいえ少し度を越えた。許してくれたまえ」
攻撃用の魔道具を取り出して構える前に、男は腰を折って謝罪をしてきた。流石詐欺師、謝罪も速いな。まるで大和の国の民だな。いや、コイツも大和の国の育ちだったか。
「ああ、すまないな。怖がらないでくれ」
どうやら、この子は相当人の感情を読み取るのが得意らしい。今の一瞬の私の殺気を感じ取ってしまったらしく、その顔は強張っていた。それをほぐすように頭を撫でておく。
「発言には気をつけろよ詐欺師。じゃあな」
男に向かってビッと指を差してから、女の子の手を取って家を出た。
「では、赤毛の子。すまないが、これから少しだけ歩くよ」
未だに強張った顔をしている女の子の顔を覗き込むようにして、そんなことを言う。それから、私達は大通りの波へ呑まれていくのだった。
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