第1話
本日よりこちらの作品を投稿させていただきます!!初めまして。御魂海色と申します。
新たな物語をどうかよろしくお願いします、
都市の喧騒に耳を塞ぎたくなりながら、コツコツと足音を奏でていく。石造りの街並みはあまり見慣れないものなので、新鮮な気分であたりを見渡す。
「おーい、こっちだ」
人がひしめき合う石畳の大通りをのんびりと歩いていると、細い路地裏から私を呼んでいるかのような声が聞こえてくる。そちらを見てみると、そこには満面の笑みで手を大きく振ってピョンピョンと跳ねている男が一人居た。
私は一瞬踵を返してやろうかとも考えてしまったのだが、そうしてしまうとあの男が相当長い間拗ねてしまうのでやめておくことにした。はぁ、と大きく息を吐いて仕方なく男の方へ向かう。その足取りは少し重かった。
「やあ、久しぶりだね。詐欺師」
数年ぶりの笑顔をその顔に張り付けて、私はその男の目の前に立った。
「ついに冗談を覚えたのか? 変態発明家」
心底気味悪そうな顔をする男に、反射的に手に持っていた杖で突いてしまった。そうして、張り付けた笑顔の仮面を取ってからその男の横を通り過ぎて建物の中に入る。
そこはバーのようなものであった。店員さんは男と顔馴染みらしく、後ろからついてきた男を見るなり店の隅のほうにあるテーブル席に案内してくれた。
「用件はなんだ?」
メニューの中から一番高い値の果実酒を注文すると、ただ一言男に問う。嫌そうな顔をしつつ彼も何かのお酒を頼み溜息をついた。
「お前に頼みがある」
「ことわる」
顔色を一切変えずに彼の提案を丁重に断ると、「はやいよ!」というツッコミが飛んできた。
「君からの頼みというのはろくなことがない。私に頼みがあるというのならキリムから伝えさせるんだったな。それじゃ私は帰る」
「まてまて、せめて話だけでも聞いてくれ」
淡泊にそう言いながら酒を飲み干して席を立つと、目の前の彼が慌てて私の手を引っ張りながら引き留めてくる。今回の依頼というのはそれほど私に任せたいのだろうだろう。彼から俺を引き留めるほどの依頼が来るのは中々に珍しいことだ。不本意だが、少しだけ興味が湧いてきた。
「仕方がない。大和の国産のコウバイの酒一杯だ」
「うげ、また高い酒を……まあいい。それで手を打とう」
彼の了承を聞き届ける前に店員さんを呼び、先程と同じ酒を再び注文する。やはり大和の国の酒というのは高価だな。それだけ質がいいのだが、酒飲みからすれば値が張るのは困るものだ。だが、こういう時にあえて飲むと最上級に美味である。人の不幸は蜜の味、という言葉があったな。きっとそれなのだろう。
「それで、依頼というのはなんだ?」
一口酒を飲んでから、彼の顔をジトっと見つめる。すると、彼は少し渋そうな顔をしながら口を開いた。
「君にとある子を預けたい」
「やっぱ断る」
「だから待てって。話を最後まで聞いてくれよ」
子供を預かるなんて、ろくな話ではないだろう。まずこの男が子を預けるとは何事だ。確かコイツは独り身だったはずだ。……いや、もしかしたら隠し子というやつだろうか。
「奴隷売り場で八つの子を売り払っていたんだ。流石にあれほど小さな子を奴隷という扱いを受けるのは酷というものだろう。だから買ってしまったんだよ。しかし、俺に子を育てるという時間も技術もなくてね。君に任せたいということなんだ」
その話を聞いて、私はつい疑問に思ってしまった。
「貴様、そこまで人の情に溢れる人間では無かっただろうに。なぜそのようなことをした? それに、奴隷売り場に売られていたんだ。その子だって覚悟していただろう」
いや、少し言葉が違うな。覚悟しているというよりは、諦めがついているだろう。理由は分からないが、奴隷商人に捕まってしまえば最後、というのはこの世界において共通の認識だ。きっとその子もそれは知っている。だからこそ謎だ、この男が奴隷を買った訳が。
「気が乗ったんだよ。本当にそれだけだ」
ジト―っと彼の顔を少しの間見つめていたのだが、それでも彼の顔は一切変わらなかった。きっと、本当に気が乗ったからなんだろうな。
「前払いとしてこれくらい出す。頼むぞ」
そう言いながら、彼は机の下に置いていたアタッシュケースを取り出して中身を見せてきた。
「おま……まじか?」
その中には札束が詰まっていた。目算一億程度だろうか。
「後々正式な報酬として、大体数百億を用意する。これでも駄目か?」
「だめではないけど、ガキ一人任せるだけなのにいいのかい?」
今は高価な奴隷と言えど、ガキ一人だけなら高くても一億あれば買えるだろう。それなのに前払い、つまり私を引き留めるためだけに同等の金額を提示し、後からより高額な報酬を用意するだと? 本当にコイツは何を考えているのだろうか。
「こうでもしないとお前は動かないだろ」
まあそれはその通りなのだが。コイツは私の扱いをよく知っているな。
「分かったよ。そこまでするなら受けてやる」
少し悩んでいたが、ここまで金を積まれてしまえば諦めるしかないだろう。大きく溜息を吐いて、ついダルそうな声になってしまったがその頼みを了承する。
私が首を縦に振ると、男はあからさまにホッとしていた。そこまで大きな賭け事だったのだろうか。確かによっぽどの報酬が無い限り私は依頼を断るが、彼に関しては信頼している。勿論報酬を弾んでくれるという意味でだが。
「それじゃあ明後日、そうだな……朝方にここに来てくれ」
ここは飲み屋だぞ、子どもなんか連れてきてもいいのだろうか。という疑問が頭を過ったのだが、まあ気にしたところで無駄か。
「分かった。それじゃあな」
酒を飲み干したのでグラスを机に置いて、席を立つ。彼も同じように立つと、机に置かれたアタッシュケースを差し出してきた。この中には金が入っている。丁重に扱わないとな。とそんなことを考えながらそのケースを受け取り、店を出た。
あれから少しだけ時間が経ったようで、路地裏を出ると空が赤く輝いていた。
「ガキのお守……ね」
帰路を辿りながら、再び溜息を吐いてしまった。
これから先の生活が思いやられるな。どのような子なのか分からないが、面倒なことには変わりないだろう。なんたってあの詐欺師の依頼だからな。
そんな感じに、これから先のことを考えながら自らの寝床へと帰るのだった。
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