第2章:過去の失敗と「構造疲労」
現在の日本社会におけるリーダー・管理職不足の問題は、突発的な現象ではなく、長年にわたり積み重ねられてきた制度疲労と価値観の摩耗の結果である。つまり、これは“構造疲労”の問題であり、一時的な対症療法では根本的な解決には至らない。
1. 終身雇用と年功序列の矛盾
戦後日本を支えた「終身雇用」と「年功序列」は、一定の時代背景においては機能した制度だった。安定した雇用と昇進の保証は社員の忠誠心を高め、勤続年数と共にリーダーへと昇格する流れは企業文化として根付いていた。しかし、この制度は「能力」ではなく「在籍年数」によって役職が与えられる仕組みであり、時代が変わるにつれて致命的なズレを生み出すことになる。
とくに1990年代以降、企業環境の変化が加速し、スピードや創造性、マネジメントスキルが強く求められる時代において、形式的な昇進制度は、現場感覚とリーダー資質の不一致を招いた。結果として、リーダーの名ばかりの管理職が量産され、若手の尊敬や信頼を得られない「空洞化した中間層」が形成されてしまった。
2. 責任だけが増す構造
高度経済成長期には、「上が詰まっていてもいつかは自分の番が来る」という希望が機能していた。しかしバブル崩壊後の停滞経済により組織は縮小し、ポストも減少。それにも関わらず、求められる責任と成果は逆に増加していった。
その過程で行われたのが「コストカット型の組織改革」だ。マネジメント層は削減され、一人に対する部下の数が増加。責任の所在は曖昧になり、成果だけが求められる構造が定着した。その結果、昇進は“報酬”ではなく“負担”として認識されるようになった。
これは一種の“構造的ブラックボックス化”であり、誰も責任を取りたがらない体質が組織に蔓延してしまった。「リーダーになりたがらない若者」ではなく、「リーダーになりたくなくなる構造」が根本原因である。
3. 多様性と個別最適の無視
近年、多様な働き方や価値観が社会に広がっているにも関わらず、多くの企業では依然として「一律のリーダー像」を押し付けている。「カリスマ的」「統率力がある」「タフであるべき」といった旧来的な理想像は、個人の特性や多様なリーダーシップスタイルを排除し、適性のある人材すら排除してしまう要因となっている。
構造疲労とはすなわち、「かつては機能していた構造が、時代の変化によって摩耗・劣化し、もはや耐えられなくなっている状態」である。人材の質が低下したのではない。構造が時代と合わなくなったことに、組織が向き合ってこなかっただけである。