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サジタリウス未来商会と「運命を揺らす天秤」

「選択肢が多すぎるのも不幸だな……」


川島一樹はため息をつきながらコーヒーカップを置いた。

カフェの窓から見える街並みは忙しなく、そこを歩く人々もまた何かに追われているようだった。


一樹は30代後半、大手食品メーカーで企画職を務める独身男性だ。

彼の悩みは、決断ができないことだった。


「この仕事を続けるべきなのか、それとも転職するべきか……」


最近、仕事に対する情熱が薄れ、より創造的な職場を探すべきではないかと考えていた。

さらにプライベートでも、長く付き合っている恋人との結婚をどうするべきか決めかねていた。


「どっちも悪くない。でも、どっちも正しいかどうか分からない……」


選択肢があるのに決断できない苦しさは、一樹の生活をじわじわと侵食していた。


そんな夜、いつもの帰り道を歩いていた一樹は、路地裏の一角で奇妙な屋台を見つけた。


そこには古びた木製の看板が掲げられており、手書きでこう書かれている。


「サジタリウス未来商会」


「未来商会……?」


その文字に惹かれるように、彼は屋台へ足を向けた。


奥には白髪交じりの髪と長い顎ひげを持つ初老の男が座っていた。

その男は、一樹を見ると穏やかに微笑み、声をかけた。


「いらっしゃいませ、川島一樹さん。今日はどんな未来をお求めですか?」


「俺の名前を知ってるのか?」


「もちろんです。そして、あなたが迷っていることも分かっていますよ」


男――ドクトル・サジタリウスは懐から奇妙な装置を取り出した。


それは、金属製の小型天秤のような形状をしており、両側には小さな皿がついていた。


「これは『運命を揺らす天秤』です」


「運命を揺らす天秤?」


「ええ。この天秤を使えば、あなたが迷っている二つの選択肢の結果を比較することができます。それぞれがもたらす未来の重さを、視覚的に感じ取れるのです」


一樹は驚いた。


「そんなことができるのか?」


「もちろん。ただし、注意してください。天秤が示す未来の重さは、あなたの価値観や今の思考に基づいて計算されます。絶対的な答えではありません。それでもお試しになりますか?」


一樹は迷ったが、決断の助けになるならと購入を決めた。


自宅に帰った一樹は、早速天秤を試してみた。


まずは、転職をするべきか、それとも今の会社に留まるべきか。

彼はそれぞれの選択肢を天秤の皿に乗せるように思い浮かべた。


すると、天秤は静かに揺れ動き始めた。

次第に片側が重くなり、その皿には「転職」の文字が浮かび上がった。


「やっぱり転職の方がいいのか……」


次に、恋人との結婚について考えた。

結婚か、それとも別の自由な人生か。


再び天秤は揺れ、今回は「結婚」の皿がゆっくりと重くなった。


「この結果が正しいのか?」


それからというもの、一樹は天秤を使い続けた。


日々の些細な選択から、将来を左右するような重大な決断まで、すべてを天秤に委ねるようになった。

天秤の指し示す結果はいつも説得力があり、彼の生活は次第に効率的になっていった。


だが、ある日、一樹はふと違和感を覚えた。


「俺の選択は、本当に俺自身がしたものなのか?」


すべてを天秤に頼り切った結果、彼自身の考える力が失われつつあることに気づいたのだ。


再びサジタリウスの屋台を訪れた一樹は、問いかけた。


「ドクトル・サジタリウス、この天秤は確かに便利です。でも、これを使い続けていると、自分で何も決められなくなりそうで怖いんだ」


サジタリウスは静かに微笑み、言った。


「運命を揺らす天秤は、あくまで道具です。あなたが迷った時の一助になるものに過ぎません。最終的な選択をするのは、あなた自身であるべきです」


「じゃあ、天秤を使う意味なんてないんじゃないか?」


「そう思うなら、それも一つの答えです。ただ、道具を手放すのもまたあなた自身の選択ですよ」


一樹は家に帰り、天秤を机の上に置いてじっと見つめた。


それからゆっくりと深呼吸し、こう呟いた。


「もう十分だ。これからは自分で選んでいこう」


そして、天秤をそっと引き出しにしまい込んだ。


数日後、彼は会社を辞め、以前から興味のあったベンチャー企業への転職を決めた。

また、恋人にプロポーズし、新しい生活を共に歩むことを選んだ。


そのどちらも簡単な決断ではなかったが、天秤ではなく自分の意志で選んだことに、彼は満足していた。


サジタリウスは路地裏で次の客を迎える準備をしながら、どこか満足げに微笑んでいた。


【完】

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