表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/35

弐の5 極左がすなる皇室回り

 思想が左寄りの新聞社の、その中でも特に左翼傾向の顕著な、江田こうだという記者仲間がいる。二十代のころ、地方で同じ記者クラブに詰めていた。おれより若い。


〈森さん、探しましたよ。テレビで活躍されてるなんて、ちっとも知らなかったです〉


 PRPに電話がかかってきた。ライバル紙の記者同士として競って取材合戦を繰り広げていたころは、まだ携帯電話を個人で所有できるような時代ではなく会社から貸与されていたから、その番号ではお互いにもはや連絡が取れない。

〈防衛庁(現・防衛省)でレクチャーを受けてて、参考資料だっていってフジテレビの番組の録画を見せられたんです。いきなり森さんが出てきたんで目ん玉ひんむきました。立ちレポまでやってて声も森さんだし、字幕でフルネームが表示されてるから別人じゃないし。防衛庁じゃ、すごく評価されてますよ、あの特集〉

 防衛庁で評価されているということは、江田の思想とは相反する作品ということだ。そもそも、なぜ江田が防衛庁を取材したのか分からない。東京社会部で文部科学省を担当していると本人は言っている。

「戦争好きになったのか。改宗したのか」

〈違いますよ。とにかく、すぐに会いましょう。飲みましょう〉

 文部科学省がある霞が関の中央官庁にほど近い新橋駅前で、すぐに会った。最後に顔を合わせて十年以上経ち、江田の髪には白い物が目立つ。文部科学省の記者クラブの名称と電話番号が入った名刺をもらった。


 江田は昼酒が好きだ。立ち飲み屋も好きだ。幾年月を経て再会してから、頻繁につるんで飲み歩くようになった。

 その日も上野の立ち飲み屋で平日の昼間から一緒に飲んでいた。江田は、宮内庁の担当に異動していた。左翼思想の持ち主だからこそ右翼が崇拝する皇室をのぞき見したくて志願したのだと言っている。宮内庁は出入りする記者の身元確認をしないのだろうか、極左の江田でも記者クラブに入れるのだろうかと、おれはいぶかった。


「森さんの会社に行きましょう。タクシーで。うちの会社のタク券で」

 江田はひどく酔っぱらっている。 

「会社なんてもんじゃないよ。汚いビルの一室に社長とでっち奉公がいるだけ」

「社長に会わせてください。でっちとあいさつさせてください」

 ふらふら歩く江田は立ち飲み屋の前でタクシーを止め、おれたちは新宿のPRPオフィスに向かった。江田の会社のタクシーチケットで会計を済ませ車を降り、ビルに足を踏み入れた途端、江田が黒い革の名刺入れを確認しながら焦りだした。

「まずいな、宮内記者会って刷られてる物しかない。森さんの会社、そっち系ですよね」

 そっち系だ。右寄りだ。だから、自衛隊礼賛番組をたくさん製作している。

 左翼系新聞社の宮内庁担当記者は、PRPにとって格好のえじきになる。右翼思想の社長に会えば、良くない意味で強い印象を与える。邪推される、勘繰られるのは目に見えている。同じ報道人だからこそ、江田は社長の関心を推し量ることができる。

「前にもらった文部科学省の名刺がおれの借りてるデスクにあるはずだ。先に取ってくるから、社長にはそれを切れ。代わりにおれに、新しい宮内庁の名刺を寄こせ」

「なんと! 森さん頭いいですね。だけど、前の名刺になにか記入とかしてませんか」

「もらった名刺にはもらった日付けを書き込んでるけど、こんなこともあろうかと思ってシャーペンでだ。消しゴムで消せる」

 作戦通り、まずおれが一人でオフィスに入った。幸いなことにでっちの平向は不在で、社長しかいない。平向がいれば、偽称の名刺が二枚必要になる。ほかのスタッフがいれば、その人数分だけ必要になる。

 おれは臨時で使わせてもらっているデスクの引き出しから名刺ホルダ―を取り出し、以前受け取った文部科学省の記者クラブの連絡先入りの江田の名刺を見つけた。消しゴムで日付けを消した上で、社長に声を掛けた。

「昔の知り合いが下に来てまして、あいさつさせていただけませんか。左翼系の新聞社の記者なんですけど」

 森さん昼間から飲んでるねと社長にあきれられながらも面会の了承を得たから、文部科学省の名刺を手に江田の元に戻った。江田の宮内記者会の名刺と取り替えた。


「森さんには若いころ散々お世話になりまして」

 江田は社長とどうでもいい話をしたが、酔っていても危険管理の術は正常だ。担当している宮内庁のことや皇室のことをおくびにも出さない。左寄り新聞の記者でありながら担当でもないのに防衛庁に出向いてPRPが製作したフジテレビの特集枠の録画を見せられたことも口にしなかった。


「江田さんの方が、森さんより酔っぱらってたね」

 千鳥足で帰っていった江田のことをPRP社長は、受け取った名刺を眺めながら評する。社長は江田を、偶然左寄りの新聞社に就職したノンポリ記者としか認識していない。その新聞社でも特にとがった精鋭の極左で、防衛庁やら宮内庁やらでなにかをたくらみ悪さをしているであろうことは知らない。


(参 オペレーター不惑デビュー「1 できかねません」に続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ