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弐の1 名古屋の会社の望月衣塑子

 新聞記者として三重県で勤務していたころ、取材で使う自家用車のナンバープレートは、以前の勤務先の北海道の「帯広」ナンバーだった。三重では県警本部の記者クラブに所属していて、県庁所在地の津市内にある県警庁舎駐車場に止めると、報道対応に当たる警視の階級の広報室長は機嫌が悪い。

「森ちゃん、速やかにナンバー切り替えなさい。車庫飛ばしで挙げちゃうよ。違法行為だよ」

 そういって何度も脅された。

「近いうちに車を買い替えますんで、それまで暫定的にってことで勘弁してください」

 ナンバープレートを取り換えるのが面倒くさかった。むしろ、室長に呼び出され構ってもらう方が新しい取材につながる情報を入手できる。だから車は買い替えず、よってナンバーもずっと「帯広」のままだ。

 広報室長の指示を看過した理由は、ほかにもある。隣の愛知県の「名古屋」「三河」「尾張小牧」「豊橋」ナンバーで県警庁舎に乗り付ける記者に室長は、苦言を呈さないのだ。

 隣接する県のナンバーだから罪が軽いというわけではない。室長が愛知県のナンバーを容認する背景にも、それはそれで県警としての事情がある。

 一つ目は、愛知県ナンバーを付けたまま三重県内で活動するのはほぼ『中日新聞』記者だからだ。

 地方紙のくくりでありながら『中日新聞』は、全国紙の『毎日新聞』、準全国紙の『産経新聞』より国内発行部数が多い。つまり、極めて影響力が強い。県警ネタをよく抜くし、「貸し」を作るためあえて記事にしない県警の不祥事を数多くつかんでいるらしい。だから、県警サイドとして『中日』記者には強く出られない。

 もう一つは、中部六県警を統括する警察庁の「中部管区警察局」が、六県警で最大の愛知県警と同じビルに入居しており、愛知県警と共同歩調を取るような形で三重県警を監視、管理しているためだ。

 その上、大規模警察本部である愛知県警は、本部長の階級が三重県警の「警視長」より一つ上の「警視監」。こうしたことから、三重県警は愛知県警に頭が上がらない。

 実際、三重県内の汚職事件を愛知県警がたまに挙げるが、その逆は聴いたことがない。

 そのことを裏付けるように、『中日新聞』に限らず三重県内で勤務経験があり「三重」ナンバーを付けた車に乗る記者は、愛知県内に転勤し、こと愛知県警を担当するようになると、逆に必ず「名古屋」ナンバーに付け替える。愛知県警に乗り付ける車で車庫飛ばしは許されない。

 おれと同じ九州出身で鹿児島大学を卒業して『朝日新聞』に入社し初任地が津支局(その後「総局」に名称変更)だというやはり県警担当の若い記者がいて、彼も学生時代から乗っているというピックアップトラックは「鹿児島」ナンバーで通していた。日本本土のほぼ真ん中にある警察本部に、北の果てと南の果てのナンバープレートの車が常時止まっていることを、広報室長は苦々しく思ったに違いない。


 鹿児島ナンバーの『朝日新聞』記者と一緒に、暴力団関係者の情婦いろを取材したことがある。

「朝日新聞社? 『アサヒ芸能』を出してるところよね」

 情婦は言った。もちろん違う。ゴシップ週刊誌『アサヒ芸能』を発行しているのは徳間書店で、『朝日新聞』とは一切関係ない。

「そうですよ」

『朝日』記者はこともなげに答える。取材を円滑に進めるため『朝日』記者は相手の誤認を指摘、訂正する手間を惜しんだのか、情婦の冗談に対して同じように冗談で応じたのか、今になっても分からない。


 付近でめったに見かけないナンバープレートの車で記者活動をするのは、実は不都合なことの方が多い。目立ってしまう。記者の顔を覚えていなくてもナンバープレートが他地域のものということだけを記憶にとどめる取材相手や、ライバルである同業者に行動が把握されてしまう。

 米国留学帰りの同僚記者がいた。正規の物なのかまがい物なのか知らないが、カリフォルニア州のナンバープレートを持っていた。

 車両前面のナンバープレートを外して米国のプレートに付け替え、本来のプレートはフロントガラス内側のダッシュボードに置く、という不届き者が今も昔もたまにいる。車両背面のプレートは封印が施されているので、取り外すと犯罪の度合いが高いからそのままにし、米国プレートはリアガラスの内側に外から見えるよう掲示する。

 留学帰りの同僚は、カリフォルニア州ナンバープレート二枚をいずれも本来のナンバープレートとは取り替えず、フロントガラス内側、リアガラス内側に、外から見えるよう掲示していた。取り替えるような違法行為はしないものの、なにがしかの価値観でカリフォルニア関係者であることを主張しているのだろうと、おれは受け止めていた。

「田舎者かチンピラがやることだぞ。恥ずかしいからやめろ」

 先輩記者がいさめる。

「取材先で記者の身分を隠匿するためですよ。ぼくはいつもあのカリフォルニアナンバーを外からよく見えるところに置いてますから、みんなそれしか見てません。そういう車がいたら、『記者だ、あいつだ』とばれます。だけど、やばい取材ではカリフォルニアナンバーを下ろします。ぼくのことを記者だと知ってる連中も、あのカリフォルニアナンバーがないと、車ではぼくだと気づきません」

 ほう、と先輩記者は感心した。おれも感心した。この同僚を見直した。これまで触れたことのない発想だったから、米国仕込みなのだろうかと推量した。 

 

 内閣官房長官の記者会見での執拗しつような質問で注目され、ドキュメンタリー映画、フィクション映画のモデルになった望月衣塑子もちづきいそこは首都圏を発行エリアとする『東京新聞』記者だが、「東京新聞社」という会社は現存しない。名古屋が本陣の『中日新聞』東京本社が発行する。望月も、「中日新聞社」社員だ。

 明治時代に『今日こんにち新聞』として発足し、間もなく『みやこ新聞』に改題、社会ネタ、花柳・芸能界を積極的に報じ部数を伸ばした『東京新聞』は、紆余曲折を経て、「東京新聞社」の社名の時期を挟み、一九六七年『中日新聞社』(当時は『中部日本新聞社』)に事業譲渡された。

 中日新聞社が『東京新聞』を買い取ったのは、首都圏に取材網を敷き、紙を発行するという既成事実を作るためのみだ。だから、『中日新聞』本体は極めて健全な経営体制を誇る一方、『東京新聞』は毎年巨額の赤字を計上する。

 でも、『東京新聞』でもうけようとは、中日新聞社はみじんも思っていない。『東京』の赤字を飲み込む財力が『中日』にはあるし、首都圏に拠点を置くことの重要性をよく認識しているからだ。

 本流の『中日新聞』記者と亜流の『東京新聞』記者は、極めて仲が悪い。『東京新聞』記者が取材し『東京新聞』が報じる首都・東京の政財界ネタを、同じ会社の『中日新聞』は使わない。東京ネタは通信社電に依存する。首都に取材拠点を置くことの意味合いが薄れるが、それでもいいと、『中日新聞』『東京新聞』の双方ともとらえている。

 人事交流は極めてまれだ。『東京新聞』記者は、名古屋の田舎の一地方紙の社員であることを「恥」だと思っている。あくまでも首都圏で発行される『東京新聞』の記者だというプライドがある。だから、『中日新聞』本体への異動を命じられたら辞職して他社に移籍する。他社に移れるほどの力を持つ人材を失いたくないから会社は、『東京』の優秀な記者を『中日』本体に送ろうとはしない。

 いきおい『東京新聞』から飛ばされ送り込まれてくる記者は、退職勧告に応じず「名古屋落ち」を甘受した出来損ないばかりになるので、『中日新聞』の『東京新聞』に対する恨みは根深い。溝はますます深まる。

 望月は東京生まれ、東京育ちで、入社後も『東京新聞』発行エリアの首都圏でしか勤務していない。優秀かどうかは別にして、著名人だから、今後も『中日』本体に移る機会は訪れないだろう。

 一方、『中日新聞』本体の記者は、東海三県(愛知、岐阜、三重)が排他的な土地柄であるという背景もあって、『東京新聞』に異動したがらない。東海三県は東海三県で自己完結している。名古屋大の学生が、旧帝大では珍しく地元東海三県エリア出身に偏っているという実情からも、そういう地域性がうかがえる。

 それでも、北陸など東海三県以外の『中日新聞』発行エリアに飛ばされるくらいなら、『東京新聞』の方がまだましと『中日新聞』記者は考えている。

 そもそも、名古屋の『中日新聞』本体は首都圏で『東京新聞』を発行することを外部にアピールしている半面、『東京新聞』は、名古屋の新聞であることを隠している。だから、取材対象者や読者の多くも、そのことを知らない。「東京新聞社」という会社があると誤認している。

 これらの事情は、中日新聞社がオーナーのプロ野球「中日ドラゴンズ」報道に力を入れるスポーツ紙『中日スポーツ』(中日新聞社発行)と、姉妹紙『東京中日スポーツ』(中日新聞東京本社発行)の関係でもなんら変わらない。


(「弐の2 事件記者上がりで雲助」に続く)

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