陸の6 ああでもないこうでもない四時間半
なぜこんなどうでもいいことに気を回すのに、肝心なこと、少なくともおれが肝心だと思っていることに廣瀬は一切耳を貸さないのか、おれは不思議で不思議でしょうがない。その不思議さを解決できないままコールバックした。
先に電話を切ったことをわびた。なぜわびなければならないのか、もはや自分でも分からない。話の通じない廣瀬とのやり取りに疲労困憊しきっていた。
「せっかくコールバックした機会だから、一応申し述べますよ。廣瀬さんの職責で当然なさることだとは思いますが、浦部さんとぼくとの通話記録をきちんと聴いてみてください。音声データは残ってるんでしょ。そうすれば、ぼくが言っていることの意味がお分かりのはずです。回答はいりません」
自分の声が枯れているのが分かった。途中で切れたうんぬんのわけの分からない留守電メッセージを廣瀬から受けたのは、おれの携帯端末の記録によれば、午後二時三十九分だ。最初にコールセンターに電話をかけたのが午前十時ちょうどだから、ああでもないこうでもないと四時間半にわたりやり合ってなんら解決しなかったということになる。
浦部との通話の音声データを聴くと廣瀬は了承したが、当然のことながら、信用には値しない。ワイモバイルカスタマーセンターのスーパーバイザー、福地と同じ穴のムジナだ。
部下と顧客とのやり取りを「部分的」にしか聴取せず、赤子の手をひねるようなつもりで勇んで電話をかけ、問題を深刻化させる。それがソフトバンクのコールセンター最高責任者に課された最大にして唯一の職務なのだ。
ワイモバイルカスタマーセンターの福地のことと併せ、ソフトバンク光の廣瀬のことも、ソフトバンクに聴かなければならない。福地がスーパーバイザーとして君臨するコールセンター同様、廣瀬の職場もとんでもないことに陥っている。
福地の件に関する質問状はパソコン上でおおむね完成していた。廣瀬問題と合流させると混乱を招くと判断し、それとは別便で、廣瀬の件は、福地の件と重なる宮内社長、報道対応担当の二者に加え、ソフトバンク光新規受付担当宛ての計三者に郵送することにした。
質問は、福地の件が五十二項目、廣瀬の件が二十項目に上った。
本来なら面談での取材を要請するところだが、コロナ感染対策のため極力外出を控えている旨、説明した。期限を設定し、文書での回答を求めた。回答不能な質問項目は除外し可能な範囲内で確実に回答してほしいこと、期限までに回答できない場合、その旨、知らせてほしいこと、回答があってもなくても、商業媒体での公表を前提とすることを明記した。それぞれ三者に同内容で送るが、回答は一本でよいと書き添えた。
角2サイズの返信用封筒を同封した。福地の件では、A4サイズ普通紙二百五十枚相当の一キロまで送れる五百八十円分の切手を、それぞれ三者あて郵便の返信用封筒に貼った。廣瀬の件は、百五十グラムまで送れる二百十円分の切手をそれぞれ張った。
福地の件の返信用には、三十五ミリのマチ付きの封筒を使った。
この手の郵便物をあまり出さないから、日本郵便の比較的新しい商品「レターパックプラス」「レターパックライト」は念頭になかった。郵便局の窓口で教わり、そっちの方が送料が安くなると学んだ。
三通かける二本の計六通の封書とは別に、東京都港区新橋にある「ソフトバンク株式会社」本社所在地宛てで、福地が詐称する「株式会社ソフトバンク」の社名の、スーパーバイザー福地への郵便も用意した。
《本状が貴職に到達する可能性は低いでしょうが、円滑な取材のため、宮内謙社長ら三方に提出した書面と同内容のものに取り消し線と参考スタンプを入れた上で、貴職にも送付します。尋問があった際の供述に活用ください》
《貴職に本状を発送することは、現在のところ他者には通告しておりません。「他者」が憲法(二十一条)に違反して「通信の秘密」を侵したら、それは当方の与り知らぬことなので、貴職と「他者」との間で解決してください》
《幸いにして本状が貴職に到達した場合に懸念される、貴職の職権で配下にかん口令を敷いたり口裏合わせをしたり、貴職の供述がかえってぶれたり寝込んで聴取不能になったりといったリスクと、冒述した円滑な取材のメリットとを慎重に比較検討した結果、本状と添付資料の送付を敢行します》
福地宛ての郵便では回答などの対応をなんら求めず、返信用封筒も入れていない。こっちは郵便局で買ってきたレターパックライトを使い、届け先電話番号にはコールセンターのナンバーを振り、表面に四カ所、裏面に二カ所《親展》のスタンプを押して投函した。
(漆 赤道直下の熱帯雨林「1 集合ポストに置き配」に続く)




