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伍の3 最高責任者のリミッター

 一本目の電話が問題解決の糸口だと覚知した福地はしどろもどろになったものの、それを打破するかのように、「一本目」の存在を強固に否定しだした。問題が解決してしまっては、福地にとって都合が悪い。全権委任を受けているコールセンターの、全員が自分の部下であるオペレーターの瑕疵を認めることになってしまうからだ。認めてしまったら責任を追及され、スーパーバイザーの地位が危うくなるのだ。

「分かった。福地さんのフルネーム教えて」

〈名字しか開示しない決まりになっております〉

「それじゃあ、責任のある立場の、フルネームを名乗れる人に代わって」

〈そのような者は、顧客対応の担当者にはおりません。わたしがここのトップです。だれにお聴きになられても、同じ回答しかできません〉

「同じ回答って、一本目の電話は履歴がない、よって音声データもない、通話の内容は調べようがないってこと」

〈そうです〉

「福地さんの肩書き、教えて」

〈スーパーバイザーです〉

「いわゆるSV(エスヴイ)ね。その前は」

 おれが派遣社員として働いたコールセンターは二カ所ともオペレーターのトップを「スーパーバイザー」と呼称していたが、それがどこのコールセンターにも当てはまるのかどうか分からないから確認した。

 電話では語句の聴き間違いが生じやすいから、漢字など別の表現でよく言い換える。新聞記者の常だ。例えば、一郎の「一」はヨコイチ、市郎の「市」はタテイチと呼びならわす。

 監督者や管理者を表す英語のスーパーバイザーは、日本ではコールセンターで使われることが多いという。「いわゆるSV」かとおれは尋ねたから、福地は、おれがコールセンター事情に通じていると認識したかもしれない。認識しようがしまいがどちらでもいいとその時のおれは思った。ただ、聴き間違いを避けるためだけに確認した。

〈前とはなんですか〉

「肩書きがいきなりスーパーバイザーから始まるわけないでしょう。その上。どこのスーパーバイザーかってこと」

〈総合窓口です〉

「その前は。どこの総合窓口なのよ」

〈カスタマーセンターです〉

「その前は」

〈ワイモバイルです〉

「その前は」

〈株式会社ソフトバンクです〉

「その前は」

〈ありません〉

「福地さん。肩書きを正確に、世間で通用するように頭から言ってみて」

〈株式会社ソフトバンクワイモバイルカスタマーセンター総合窓口スーパーバイザー、の福地です〉

「間違いない?」

〈ございません〉

「福地さん、ソフトバンクに正規雇用されてる職員じゃないね」

〈なぜですか〉

「正規職員なの?」

〈どうしてですか〉

「前株でいいの?」

〈……〉

「『株式会社ソフトバンク』でいいの?」

〈……〉

「後ろ株じゃない?」

〈……〉

「『ソフトバンク株式会社』だよ、ぼくの知る限り」

〈……)

「ぼくが間違って覚えてるのかな」

〈……〉

「公式サイトの表記もそうなってるけど、これ、間違い?」

〈……〉

「サイトがなに者かに乗っ取られたのかな」

〈……〉

「どういうこと?」

〈…ソフトバンク株式会社から委託を受けている会社の従業員です〉

 この時のおれは、福地が「株式会社ソフトバンク」と前株で表現したことを重要視していなかった。深く掘り下げて考えなかった。しょせんコールセンターなんてアウトソーシングの巣窟だから、福地がソフトバンクに正規雇用される職員かどうかなんて、どうだっていい。

「その委託を受けてる、福地さんが所属する事業所はなんていう会社」

〈お答えできません〉

「なのに、福地さんの言が、ソフトバンク株式会社を代表しているということ」

〈そうです〉

「一本目の電話は存在するの、しないの」

〈履歴はありません〉

「福地さん、あなたにはもう限界だよ。自分でよく分かってるでしょ。一本目の電話の存在を知ってか知らずか勇んで電話してきて、引っ込みがつかなくなってるんでしょ。責任ある立場の人に代わってもらった方が、福地さんのためでもあるよ」

〈わたしが責任者です。わたし以外にそのような者はおりません〉

「これまで言ってきたことを撤回やら訂正やらするつもりは」

〈ございません〉

「だったら、この電話じゃなくてもいいから、今すぐにじゃなくていいから、一本目の電話の音声データを聴いてみてから改めて回答してよ。福地さんじゃなくていいからさ」

〈しません〉

「なぜ」

〈する必要がありません。そもそも履歴がありません〉

「必要がないっていうのはそちらの都合でしょ。ぼくは、してもらわなきゃ困るの。今後こういう目に遭わないために。履歴は探して。なければ、一本目の男を割り出して」

〈今後将来にわたって、ソフトバンクはそのようなことを決して致しません。これがすべてです。森さまにお答えできるのは以上となります。それでは、失礼致します〉

「なんにも答えてないじゃん。事を混乱させただけじゃん」

〈以上となりま~す。失礼致しま~す〉

「以上となんかならないよ。始まってもないんだから」

〈失礼致しま~す〉

 コールセンターのオペレーターは、通話の相手より先に電話を切ってはならないという業界スタンダードの鉄則がある。

〈森さまにお答えできるのは以上となりま~す。失礼致しま~す〉

 エンドレステープのように、ソフトバンクの代弁者を自称するスーパーバイザーの福地はおまじないようなフレーズを繰り返し、オペレーターの禁を破って自分から切電した。

 テレビ通販のコールセンターで真摯な紳士が、「さいならあ、さいならあ、さいならあ」と強烈な殺意を背景に電話の相手を侮蔑する姿をおれは思い出した。


 所期の目的だった債務の完済は、その請求額と支払い方法のみ、おれに声を荒らげられて委縮してしまったらしい徳山との通話の段階で、話はすでについている。ただ、携帯電話の番号で登録されていないとか徳山がおかしなことを言うから、ブラック情報がいつ解除されるのかを聴きそびれてしまった。


 なぜ一本目と二本目の電話で食い違いが生じるのか、二本目の電話の履歴はあるのに一本目はないのか、コールセンターに尋ねても話にならないから、ソフトバンク本体に直接聴くべきだと思った。

 そして、ソフトバンク傘下のコールセンターがとんでもない事態に陥っているのだと、社会に訴えようと考えた。それがジャーナリストたるおれの使命だし、食い扶持でもあるからだ。


 ソフトバンク公式サイトの報道対応窓口に、質問状の送り先をどこにすればよいか問い合わせた。無反応なので、代表番号に電話した。

「孫正義社長あてでいいですか」

〈ワイモバイルカスタマーセンターのことでしたら『ソフトバンクグループ』ではなく『ソフトバンク』になります。代表取締役社長は宮内です〉


 男性の担当者に従い、宮内謙社長、報道対応担当、ワイモバイルカスタマーセンター総合窓口担当の三者に対する、同一内容の質問状制作に取り掛かった。


(陸 光とエアー「1 五分前に連絡が」に続く)

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