伍の2 履歴がないから証拠がない
電話はすぐにかかってきた。スーパーバイザーの福地と名乗る女性とつながった。
〈徳山が個人情報の確認に手間取ったことは申し訳ないが、それは許容範囲。そのことでコールセンターと徳山本人は、責められるべき立場ではまったくない。問題があるとは一切考えていない〉
自信に満ちあふれた厳しい口調の福地は、そう言った。
「一本目の電話では、携帯電話の番号で瞬時にヒットしたんだよ。それで、あとは住所だけだって言われた。なんで二本目の電話で言うことが変わるんだ、よけいな手間を何度も取らせるんだ」
徳山に言ったのと同じことを福地にも言った。
〈徳山の前のオペレーターは、電話番号など聴き取っておりません。あとは住所だけでいいと言ってもいません。森さまの勘違いでしょう〉
「090から始まる電話番号であの男は瞬時にヒットさせたんだ。あとは住所だけだって、その男は確かに言ったんだよ」
〈そのようなことはあり得ません〉
もしや、とおれは思った。福地はおれの一本目の電話のことを把握していないのではないか。
「あのね福地さん。電話は二回したのよ。その時の二人目の男がそう言ったの。誤認を排除するために表現方法を変えるよ。一本目のアタマ、ケツ、二本目のアマタ、ケツでいく。一本目のケツの男が、090の番号で登録がある、あとは住所だけと言った。二本目のケツの徳山さんが、090の登録はないと言い張った。理解できる?」
理解できないと福地は言う。理解できないふりをしているのだと、後で分かった。分かる前に、おれは声を荒らげた。三度目だ。荒らげた瞬間、福地は理解したと言った。三回とも、声を荒らげたことで話が前に進んだ。
「だから、一本目のケツの男と、二本目のケツの徳山さんとの食い違いの原因を聴いてるんだよ」
〈森さまがおっしゃる一本目の電話というものが、今すぐには確認できず、あしたとか…〉
福地はしどろもどろだ。
「二本目は確認できてるの?」
〈徳山が受けた電話の内容は把握しております〉
「音声データもあるよね。録音くらいしてるよね」
〈あります。しております〉
「だったら、ぼくが『一本目の電話』とか『男性のオペレーター』とか言ってる記録も残ってるでしょ。徳山さんが受けたその電話は二本目だって分かるはずだよね」
〈音声データはわたしが聴いたのではなく、わたしは音声データを聴いた者から報告を受けました〉
「その報告に、一本目の電話が存在して徳山さんが受けたのは二本目の電話だっていう内容は含まれてないの」
〈おりません〉
「だったら、一本目の電話の内容を確認した上で回答してよ」
〈致しかねます〉
「なぜ」
〈履歴が残っておりません〉
「徳山さんと話した二本目の電話の履歴は」
〈残っております〉
「それなら一本目の電話の履歴もあるはずでしょ。探してよ」
〈致しまねます〉
「だから、どうして」
〈森さまから電話を受けたという履歴がないからです〉
「ぼくは、一本目も二本目も、同じ携帯端末から同じように発信者番号通知の上でかけたんだよ。着信の履歴から手繰れるでしょ」
〈致しかねます〉
「福地さんが言う履歴、履歴ってどういう意味で使ってるの。受電した履歴は残ってるでしょ。だれが対応したかの記録は存在するでしょ。音声データもあるでしょ」
〈ございません〉
「履歴ってなに。電話の着信履歴とか、そういうのとは違うの」
〈履歴は履歴です。森さま、森さまがおっしゃるその男性のオペレーターの名前を聴かれていますか〉
「聴いただろうけど、こんな問題になるとは思わんから覚えてないよ。活舌の悪い男だったな」
〈そのような活舌の悪いという男性オペレーターが、どこのだれなのか、果たしてこのコールセンターに存在するのかどうかも分かりません〉
「ぼくがうそを言っているとでも? だとしたらなぜぼくはうそを言う必要があるの」
〈そのようなことは申しておりません〉
「オペレーターの名前を記憶するのも証拠として音声データを残すのも、コールセンター側ではなく電話をする客の責務だということ?」
〈音声データを残すのは、(サービスの品)質向上のためです。なにかの証拠のために収集するのではありません。森さま、一体なにを望んでらっしゃるのですか。謝罪ですか〉
通話が業務であるコールセンターのオペレーターは、電話の受話器を手で持つのではなく、マイクロフォン一体型のヘッドフォン、「ヘッドセット」を頭に装着する。専用端末の画面とは別の画面を見たり、紙の資料を開いたり、周囲のだれかと相談するためにそちらに顔を向けたりすると、ヘッドセットが頭からずれてマイクが口から遠ざかる。コードを引っ張って接続が甘くなることもある。
福地の声は何度も途切れた。だから、音声データを残す目的が「サービスの品質向上のため」と言ったのだと思うが、おれは完全には聴き取れていない。
「謝罪なんかいらんよ。謝られてもなにも解決せん。つながらないコールセンターにやっとつながったと思ったら、前回聴いてたことと違うことを言われて、切ってまた最初からかけ直していらいらさせられるのが嫌なんだ。だから、そういう目に遭わないために、今回の食い違いがなぜ生じたのかその理由を知りたいの」
〈履歴が存在しない以上、森さまのおっしゃる一本目の電話は確認できません。探すこともしません。それが、ソフトバンクとしての最終判断です〉
「福地さんの回答がイコール、ソフトバンクの回答ということ」
〈そうです〉
福地は、自身が全権を委任されているのだと主張した。
(「伍の3 最高責任者のリミッター」に続く)




