肆の8 再教育で辱め
そのコールセンターもテレビ通販のコールセンターも、月に一度の割合で、業務時間中のオペレーターを少人数ずつ小部屋に呼び出し「教育」を施す。そして、それが理解できたかの「試験」を行う。
「試験、怖いよう。落ちたら恥ずかしいよう」
テレビ通販のオペレーターは、いつも試験を恐れていた。その教育と試験を受ける機会を逃すから、一カ月以上シフトを空白にすることが認められないのだろうとおれは受け止めている。
教育の内容は毎回、「顧客個人情報を持ち出してはならない」とか「対応できないことを尋ねられたら挙手してリーダーの指示に従う」とかいった、常識以前のテーマばかり。
そして、問題用紙兼答案用紙が配られる。
《顧客個人情報をペンで手の甲に書いてそのまま退勤しました。正しいか間違っているか》
《分からないことだけどリーダーの手を煩わせると感じ、自分の判断で答えました。正しいか間違っているか》
解答欄に、マルかバツかを記入する。十六歳から受けられる原付免許の試験より易しい。ところが、信じられないことにこの試験に落ちて「再教育」を受けさせられるオペレーターが毎回かなりの数、発生する。
弁当配達のコールセンターでおれは、原付免許を取れないような連中に交じって、再教育され辱めを受けた。内容は本来の教育も再教育も同じことの繰り返し。顧客個人情報を持ち出してはならないとか、対応できなければ挙手するとか。六十歳を超えていそうな件のじいさんも、試験に落第したのかおれと同じようになにかヘマをやらかしたのか、一緒に再教育を受けさせられていた。
自宅最寄り駅から三つ目の駅の生涯二カ所目のそのコールセンターを、おれは三カ月で辞した。昼間の勤務なので、本業で出掛けなければなければならないスケジュールとかぶってしまう。休みの連絡を、コールセンターが閉まってしまう夜間に申告できない。
最初から分かっていたことだ。仕事の紹介を受けるべきではなかった。派遣会社の担当者に深くわびた。
その後も派遣会社からコールセンターのオペレーター業務の仕事の案内が何度かあったが、すべて断った。そのうち電話もメールも来なくなった。
本書の執筆に当たり、派遣会社や派遣先コールセンターのことをどこまでつまびらかに明かしてよいか、派遣会社に文書で質問した。文書が先方に到達していることは確認できたが、回答は一向に返ってこない。なので、おれの判断で線引きして書くことにした。
セブン-イレブンの「セブンミール」はその後も事業が続いているが、配達の場合、別の通常商品と一緒に入荷した弁当を、店舗側が人をやりくりして客の自宅や勤務先など指定する場所に届けなければならないから負担が重く、店側の評判は芳しくない。
まだ都内に住んでいたころ、JR中央線沿線に自宅があるという慶応ボーイの濱元と二人で、吉祥寺で割り勘で飲んだことがある。濱元も、テレビ通販のコールセンターをすでに辞めていた。司法試験には受からず、法科大学院に通っている様子もない。
「コールセンターで働けって、よくあの派遣会社が言ってくるんですよ」
酔って目が据わった濱元は、敵意をむき出しに派遣会社とコールセンターを批判する。
「紹介派遣もやってるでしょ、あの会社。正社員登用を前提に派遣するってシステム」
「そうだな。それで正社員にさせてもらえよ。法曹になるよりずっと現実的だぞ」
「コールセンター立ち上げプロジェクトに参画しろっていう話もあるんです。腐るほどたくさん。実際、すでに腐ってますけどね。立ち上げる前から」
「オープニングスタッフはいい思いができるぞ。既得権を行使できるぞ」
「コールセンターになんて、もう一生関わりたくないんですよ。あんなクソみたいな職場」
クソみたいな職場にしか、おれも濱元も雇われない。おれはたぶん、高年齢と事件記者の経歴から。濱元にどういう原因があるのか、おれには分からない。取材、報道のことを「研究」と表現するような、浮世離れした言語能力のためかもしれない。
逆にとらえればコールセンターは、ほかの職場では使い物にならない、あるいは、忌避すべき経歴を持つ者でも積極採用する。それだけ深刻な人材難なのだ。
難易度が高いとされる勧誘や督促などの発信はせず受電メインとはいえ、二カ所で合わせて三年ほど不定期ながら働きオペレーター仲間のバックボーンやその仕事ぶりを見ていて、コールセンターが抱える病巣を、おれは十分認識しているつもりだった。しかし、それは極めて不十分だった。認識がまったく足りなかった。
オペレーターは、おれが感じるよりずっと深くて暗い闇をさまよっている。そのことをジャーナリストとして確信するまでに、弁当注文のコールセンターを辞めてから八年の歳月がかかった。
(伍 スーパーバイザー身元不明 「1 声荒らげれば道理が通る」に続く)




