肆の1 AFP通信とAPF通信
映像ジャーナリスト長井健司が、ミャンマーの旧首都ヤンゴンで、軍事政権に抗議する反政府デモを取材中に撃たれ死んだ。五十歳だった。
東京・港区に事務所を構える番組制作会社『APF通信』の契約記者として、長井は現地に入った。
フランスに拠点を置く世界最古の報道機関『AFP通信』の「F」と「P」を逆にしただけの社名の組織を、おれは設立当初から危険視していた。
手元に、『週刊SPA!』(扶桑社)一九九六(平成八)年十一月十三日号がある。戦場ジャーナリストの特集企画記事で、「APF通信」代表の山路徹が登場する。
《大手メディアは紛争地帯などの取材に記者を派遣したがりません。「何かあったとき」に責任問題が発生するからです》
《かつてテレビ制作会社にいましたが、そうしたシステムが嫌になって独立して、今は自分の責任で自由に取材地を選ぶことができます。大手メディアがマスコミの社会的責任を忘れて、企業の論理ばかり先行させるのはおかしいと思います》
取材に応じる山路のコメントの一部だ。
山路率いる「APF通信」の「APF」は、「Asia Press Front」の略だという。そんなふざけた後付けの理由など、日本中の報道関係者のだれも信じていない。
コールセンターのオペレーターとしておれが勤務したテレビ通販会社は、商品を紹介する番組司会者を指す「キャスト」のことを、「Creative Advisor Of Shopping Tour」の略だと説明している。これも後付けだ。本当はニュースキャスターを意味する「キャスター」と呼称したいが、職種が異なるのでそうは言えない。
キャストには地方テレビ局アナウンサー出身者が多く、彼女らが通販番組で「キャスター」を名乗ることを拒んだのかもしれない。
しかし、通販会社の戦略は、視聴者や購買者層には「ニュースキャスター」の意味だと誤認させるという、世界最古の報道機関と部外者に誤認させたい「APF通信」のやり口と同じにおいがする。
おれが業務委託契約を結んだ番組制作会社は、他社との差別化を図った上で、アジアを中心とする環太平洋エリアの国際報道に強みがあることを示すために、「パシフィック・リム・ニュース」と名付けようとした。それだと略称がPRNになり、発音しづらし聴き取りづらいから、言いやすい聴きやすい略称となるよう、泣く泣く「パシフィック・リム・プレス」と曲げた。「APF通信」と発想が真逆だ。社名の由来だけで考えれば、PRPとAPF通信とでは健全さがまるで異なる。
自社の契約記者である長井の死を、山路は徹底的に利用した。民放各局に自らを売り込み、情報バラエティー番組に多数出演した。タレントの大桃美代子、麻木久仁子との婚姻歴を積極的に公開した。長井の殉職で山路はひと財産を築いた。
巨大なターミナル駅がある東京・池袋で、筋の良くない中国人がのさばっていることには気づいていた。「池袋」駅北口かいわいは街が中国人に乗っ取られたかのようなありさまだ。横浜など国内各地にある観光スポットとしても機能する伝統的な中華街とは異なり、ニューカマーの中国人に支配され、日本人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。
そんな状況を見聞する中で、日本の官庁のセクショナリズムの裏をかいた犯罪が、日本人と在日中国人の双方を巻き込み、広く深く繰り広げられることを知るに至った。
ちょうどそのころ、不発弾の取材で一緒に沖縄に行ったPRPカメラマンの大泉から話を持ち掛けられた。
「PRPを通すとマージンが引かれてギャラが雀の涙です。おれたちだけで企画を通して制作しませんか」
在京のテレビ局は、個人とは取り引きをしない。経理がずさんになり私腹を肥やす局員が大量発生することが必至だからだ。だから、取り引き実績のある事業所にしかお金は下りてこない。大泉は、知り合いの制作会社から口座を借りるという。そこからは口を出されず不当なマージンも要求されず、自由に取材、制作できるのだという。
報道番組で在京の民放テレビ局から制作会社に支払われる相場は当時、六十分当たり一千万円から二千万円とされていた。「相場」といえども幅が広いし、一千万円より格段に低く抑えられることはざらだ。二〇二四年の今はもっと切り詰めているだろう。
「十分弱の特集枠で、二百万円請求します。経費を百万円までにして、残りを森さんとおれで五十万円ずつ山分け。PRPでやるよりずっといいでしょ」
確かにずっといい。おれは、池袋の中国人犯罪ネタを含む複数の企画書を練って、同じように企画書を持参する大泉と一緒に、日本テレビのニュース番組プロデューサーに会いにいった。
PRPの業務委託ディレクターとして企画提案したことがありおれはプロデューサーとは面識があるが、その番組で仕事をしたことはない。一方の大泉は、その番組での活動経験がある。
合わせて十本ほどプレゼンした企画の中で、おれの中国人犯罪ネタだけが採用された。
番組の特集枠への「完パケ」納品だから、局側は取材に一切タッチしない。おれたちが違法行為を犯そうが事故で死のうが殺されて行方不明になろうが、知らぬ存ぜぬの立場だ。
(「肆の2 通訳は現役女子大生」に続く)




