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参の6 早稲田のイモがお気に入り

 業界では珍しくそのコールセンターは、オペレーターの中核スタッフを通販会社本体で直接雇用している。そして、おれの雇い主である派遣会社も、本体との間で契約関係にある。つまり、コールセンターはアウトソーシングではない。子会社でもない。通販会社本体が直接運営する。

 尊敬語と謙譲語を逆に研修中のおれに教え込もうとした指導役のオペレーターも、対応の交代を拒みいいかげんな指示をするリーダーも、真摯な紳士も、七代目リハウスガールのみさとも、派遣社員ではなく通販会社の直雇用だ。

 正社員なのか契約社員なのかアルバイトなのか、雇用形態は知らない。本書執筆に当たり通販会社の公式サイトをのぞいたら、時給でのオペレーター募集のページがあった。《正社員登用制度 昇給制度あり》と書かれている。


 常にオペレーターで埋まる二百五十席の受電台を一手に引き受け管理する、スーパーバイザーという役職の女性がいた。当時、三十代前半だったと思う。特定小電力で免許のいらない物らしい同じフロアの指令塔「コマンドセンター」と通話がつながってる小型トランシーバーをネックストラップで首にかけ、耳にはイヤホン、胸にはマイクを付けて広大なコールセンターオフィスを縦横無尽に動き回る。

 二十四時間ライブ放映するテレビ通販会社としては国内最大手で、コールセンターが広大かつ通販会社本体が直接運営し、オフィスがあるのは新築ビルで設備が真新しくきれいだからであろう、一般向け、業界向けのさまざまなメディアで、スタジオ、コールセンターともよく取り上げられていた。コールセンターの取材で顔出しのインタビューを受けるのは、決まってその女性スーパーバイザーだ。

 日本女子体育大を卒業し、冬場はウィンタースポーツに明け暮れ、時間の融通が利くアルバイトとしてコールセンターに入職したのだと、複数のメディアが紹介していた。バブル経済期の日本映画『私をスキーに連れてって』(一九八七年公開)劇中、登場人物同士がアマチュア無線で連絡を取り合うシーンがあり、コールセンターでトランシーバーを操作する彼女の、ウインタースポーツとのかかわりをより強く印象付ける思いがする。


 そのスーパーバイザーの口利きで、合コンかなにかで知り合ったという早稲田大の現役男子学生が大量に採用された。本来なら受電台は毎日出勤するごとに割り振られ、掲示板に貼られる一覧表に従い席に着く。席を並べるオペレーターはたいてい知らない顔だ。ところが大量採用された早稲田学生は、いつも決まった席に固まって配備され、コールが混雑していない時には彼ら同士で「ウェーイ、ウェーイ」盛り上がりうるさくてしょうがない。

「スーパーバイザーのお気に入りだからね」

 もともといるオペレーターは眉をひそめる。過敏なのは、慶応ボーイの濱元だ。

「あいつら早稲田のイモのくせにいい気になりやがって。がつんと言わせんといかん」

 濱元は舌を鳴らすが、多勢に無勢だ。その上、「スーパーバイザーのお気に入り」のイモだから、イモではないらしい濱元にもがつんと言わせられない。

 コールセンターのオフィスは細長く、その両端に休憩室があって、長時間勤務の場合は交代で一時間の休憩が与えられる。休憩中に仮眠をとるオペレーターが多く、片方の休憩室はソファが備え付けられ、照明が暗く、利用者は静寂を保つことが義務付けられていた。

 ところが、「スーパーバイザーのお気に入り」のイモ学生らは、仮眠用の休憩室でも大声でばか騒ぎ。本人に注意しても、通話を傍聴し管理する立場のコマンドセンターに言っても、「スーパーバイザーのお気に入り」だから改まらない。


 シフトは翌月分が、月の下旬までに決まる。空いているシフト枠が、スマートフォン浸透前の携帯電話に派遣会社の担当者からメールで送られてきて、その中から希望するシフトを選んで返信する。

 休みは簡単に取れた。常時二百五十人近くが電話を受けているから、一人や二人欠けても大勢に影響はない。休みの希望は、コマンドセンターにつながる番号に電話をして申請する。

〈お休みの理由はなんですか〉

「本業が忙しくて手が離せないんです。すんません」

 仮病を使えば、休みが多いと虚弱体質だと誤解されると思い、正直に申告した。本業を優先させることでだれからもどこからも、注意を受けたり非難されたり指導されたりすることはなかった。月によっては、働くと申請したシフトの半分を、その日になって申し出て休んだ。


(肆 携帯ブラックに落ちたわけ「1 AFP通信とAPF通信」に続く)

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