参の4 リハウスガールのカーテシー
「売れないフリーライターです」
オペレータ―仲間に本業を聴かれたら、おれはそう答えていた。
「どんな記事を書いてるの。なにに載ってるの」
「アダルトサイトですよ。あまりにえぐい内容だから、サイトの名前は教えられません」
アダルトサイトの仕事も実際に請けていたので、そう言ってごまかした。
「森くん、テレビの仕事やってるんだって?」
だるまのような容姿の、古馬というおじさんに声を掛けられた。明らかにおれより年上の見てくれだし、おれのことを「くん」付けで呼ぶくらいだから古馬もおれを年下だと認識している。
おれは、コールセンターの職場でテレビの仕事の話をしたことなどない。ただ、採用試験に当たり派遣会社に提出した職務経歴書では空白期間を設けない方がいいと思い、テレビ番組の制作会社と業務委託を結んでいることを記入した。古馬は、直接的になのか間接的になのか分からないが、派遣会社から情報を得たようだ。
《ドラマ制作・映画制作・CM制作・脚本》
古馬が差し出した名簿は肩書きとして頭にそう刷られ、中野区の自宅と思われる住所が末尾にある。所属団体は記されていない。古馬に求められ、おれは仕方なく、PRPの所属名が刷られたディレクターの肩書きの名刺を出した。
「どこでやってるの。どんな番組に携わってるの」
「お台場とか。報道番組ですね」
テレビの報道関係者だと周囲にいるほかのオペレーターに知られたくないから、『フジテレビジョン』の局名を避け、局の本社所在地名で答えた。報道の世界しか知らないからうそをつくとぼろが出て余計面倒なことになると思い、報道番組と正直に答えた。
「CXかあ。ニュースかあ。かっこいいなあ」
業界人が好んで使うコールサインを略したフジテレビの呼称を古馬は使ったから、おれと同じことを考えているのだとおれは安心しきっていた。
「CXに詰めてるの?」
「いいえ。うちは『完パケ』ばっかだから、あちこちに企画を出してるんですよ」
フジテレビの関連会社ではなく、制作を一方的に受注しているわけでもなく、逆に、企画を売り込み作品を完全パッケージ状態に仕上げ局に納品しているのだということを説明した。
「へええ。CX以外にどういうところでやってるの」
「汐留とかですかね。『ゆりかもめ』でCXとつながってますから」
両局がいずれも東京湾沿いにあり、新交通システム一本で移動できるから便利だということを話した。
「『日テレ』かあ。すごいなあ」
古馬は、『日本テレビ放送網』の一般視聴者が使う略称を口にした。さきほどの「CX」呼称は周囲の耳に配慮したのではなく、単に自然に出てきた表現だったのだ。おれはそれから古馬との会話で、仕事のことを口に出すのをやめることに決めた。
「森くん、森くん。紹介してあげるよ」
休憩時間に、古馬から呼び出された。
「女優の建みさとちゃん。知ってる? 報道番組専門の森くん。CXと日テレをまたにかけて活躍してる敏腕ディレクターなんだ」
コールセンターにオペレーターとして勤務する当時二十代後半のはずの彼女が、三井不動産リアルティ(旧・三井不動産販売)がCM展開する「リハウスガール」の七代目女優であることは知っていた。
みさとが古馬に、両手でスカートの裾をつまみ軽く持ち上げ、片足を斜め後ろの内側に引きもう片方の足の膝を軽く曲げる、「カーテシー」と呼ばれるヨーロッパの伝統的なあいさつをする光景を見たことがある。だから、だるまの古馬も芸能かメディア関係者なのだろうと、本人が名刺を切って名乗る前から推察していた。
「建です。よろしくお願いします」
そう言うみさとは、顔が引きつっている。女優なのに、オペレーターなのに、声が震えている。演技ではない。明らかにおびえている。
同じテレビでもドラマや情報バラエティー番組と違って、芸能人が報道と交わるのは不祥事のときだと相場が決まっている。しかも、マネージャーを介さずメディア関係者と接することは、所属芸能事務所から禁じられているはずだ。
みさとはそういう事情を認知している。だから、おれとの関りを避けようとする。一方の古馬は、どうやらそのことを分かっていない。おれとみさとを引き合わせることで双方と自分にメリットが生じる、近江商人の経営哲学「三方よし」のような状態になると信じて疑わない。
こういう価値観の相違が生じるのは目に見えているからおれは、「テレビの報道関係者」であることを、副業先のコールセンターでは明かしたくなかった。
求められないから、みさとに名刺は渡さなかった。もちろん、みさとも同様だ。みさとはその後も、おれにはカーテシーのあいさつをしない。おれが絡んだことで、みさとの古馬への対応が変わったかどうか、関心がないから観察していない。
本書執筆に当たり、みさとの経歴についてインターネットで検索してみた。コールセンターで見かけた時期は、テレビドラマなどの出演が少ない。連続ドラマのうちの一回にちょい役で出ている程度だ。所属事務所の公式サイトでは、その理由といった事情に触れていない。女優業だけでは暮らしていけなかったのだろう。
コールセンターで見かけた数年後に結婚し、それとは計算の合わない時期に出産している。
(「参の5 元祖天才バカボンのパパ」に続く)




