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参の2 ハワイに届かぬ電波時計

 テレビ通販で取り扱う商品は、食品、ジュエリー、ファッション、化粧品、インテリア、家電など幅広い。電話をかけてくる客のほとんどが、中高年の女性だ。

 化粧品のことなどおれは分からない。下地とかクレンジングとか、必要に迫られて自主学習し覚えた。女性用下着のことも分からない。アンダーバストとトップバストの差でカップが決まると、やはり自分で学んだ。

 地上波の民放テレビ局が時間を区切って一部だけ放送するという事情もあって、テレビ通販も、六十分単位でひとつの商品を紹介する。しかし、紹介する商品の説明を、おれたちオペレーターは一切受けない。受電台三席に一台の割合で目線よりやや上に取り付けられている、客が見ているのと同じテレビ画面を見ながら判断するしかない。

 番組表がインターネットの公式サイトに載っているし、受注歴のある客に郵送している一カ月分の冊子になった番組表が存在するのだが、どれももったいぶった書きぶりで、どんな商品が紹介されるのか実際にその時間帯になって放映を見るまで予測が付かない。


 コールセンターはテニスコート八面分の広さのオフィスに受電台が二百五十席あり、席はいつもオペレーターで埋まっている。放送スタジオは同じ中央区の別の場所にあり、番組で紹介する商品の見本は、コールセンターには通常一つしか備えられていない。一つもないこともある。

 化粧品とか女性用下着とかのことで客に詳しい説明を求められても、おれには分からない。そういう時には挙手し、派遣社員のオペレーター二十人に一人ほどで割り振られオフィス壁ぎわに待機するリーダーの判断を仰ぐ。

 リーダーは自ら受電することもあれば、交代で壁際に待機しおれたち派遣社員のバックアップに当たることもある。リーダーと派遣社員の受電台はゆるやかに線引きされ離れていて、リーダーが集中する席付近にはバックアップ要員は立たないようだ。

 派遣社員のおれは、自分では対応不可能と判断して電話を保留状態にしリーダーを呼ぶのだが、リーダーは、電話口の横からこう答えなさい、こう説明しなさいと指示を出すのみ。保留を解除してリーダーの言う通りに客に説明しても、相手は納得しない。伝言ゲームは成立しない。伝令係のおれ自身がリーダーの言うことを理解できていないのだから、その伝令を受けた電話の相手が納得できないのは当然のことだ。

 おれにはもう無理だから電話対応を代わってくれと懇願すると、快く代わるリーダーと、そうでないリーダーがいる。そうでないリーダーは、「ああもう」と不満を漏らし、どこかに姿を消し、資料を持ち出し戻ってきてから代わる。リーダー自身も、客を納得させられるだけの手持ちの材料がない。なんの根拠もなくおれにあれこれ空虚な指示を無関任に飛ばしているのだ。


 客の性別の傾向と同じように、オペレーターも女性が多い。家電製品の紹介になると、逆に彼女らにはお手上げだ。

 今紹介されているビデオカメラは音声をステレオ録音できるのか、テレビ機器に直接つなげられるのか、差し込みジャックはどの規格か、ズームの倍率はどれくらいか、手振れ補正機能は付いているのか。男性客の知りたいことは完全に理解できる。だけど、おれは実物を見ていないから客からの質問に即答できず、挙手する。リーダーは女性で機械に疎いからであろう、質問の意図さえ理解しない。

取扱説明書トリセツないですかね。それ見れば一発なんですけど」

 リーダーに申し向けたら、面倒くさそうにどこからか分厚い取扱説明書を持ってきた。ぱらぱらめくって一発で答え、おれは客を納得させられた。


 おれがシフトに入る深夜にテレビ番組を見て電話をしてくるくらいだから、客は極度に暇を持て余している層だ。長話が好きだ。酔っぱらってかけてくるのもいる。説教をしたがるのもいる。男のおれが出ると、すぐ切られることがよくある。そういう客はたいてい、女性オペレーターとの「会話」を楽しみたい変態男だ。


 ハワイに旅行するという中年女性からの電話を受けた。女性客は、今映っている電波式の腕時計をはめてハワイに行きたいという。ハワイでも当然、使えるだろうなと問われたから、おれは答える。

「もちろん使えます」

〈ハワイにも電波が届くの?〉

「たぶん、あの辺りは受信エリアじゃないですね」

〈あんた、今、使えるって言ったじゃないの。詐欺よね。社長を出しなさい〉

「電波を受信できなくても、通常のクオーツ時計と同程度の精度で針は駆動します」

〈分からない言葉を使ってごまかそうとしている。首にさせてやる〉

 電波が届かないと電波時計は止まるのだと客は勘違いしている。こんな不毛なやり取りが頻発する。


 客のむちゃで一番多いのが、注文のキャンセルだ。二十四時間の番組は午前零時を起点とし、在庫があればいつでも、番組が終わっても何日も後でも受注するが、そのキャンセルは、注文日の二十四時までしか受け付けられない。日付けが変わると倉庫からの出荷態勢に入るためだ。

〈注文してからまだ二十四時間経ってないじゃん。それならキャンセルできるって番組で言ってた。日付けなんか関係ない。あなたはうそをついている。社長を出しなさい。首にさせてやる〉

 社長とか解雇とかの語句を持ち出せば、言い分が通ると客は思っている。そういう客は、テレビ通販に限らず、これまでそれで言い分が通ったのだろう。それでなにかが解決したのであろう。

〈キャンセルできない? ああそう。じゃ、持ってきても受け取り拒否するから。着払いで送り返すから〉

 むちゃなことを押し付ける客やクレーマーは、リーダーが対応することになっている。でも、なかなか代わりたがらないリーダーが多いのは前述した通りだ。

 代わった後にリーダーがどう対応しているのか、派遣社員のおれは一時的に離籍するからよく分からない。受電台二百五十席は常にほぼ埋まっているから、リーダーは交代前の派遣社員と同じ席に着き対応に当たる。

 特別な対応に使うという小部屋があったが、中がどうなっているのか見たことがないから分からない。


(「参の3 真摯な態度のジェントルマン」に続く)

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