第3話 魔王との邂逅
(もう限界だ…)
電波の届かない日付確認用スマホは久しく見なくなり、ダンジョンマッピングのメモも書かなくなっていた。
相変わらずここには何もない…探索者と思われる骨しかない。モンスターですら骨だった。
いつこの世界にやって来たかさえもう覚えていない。
寂しさを紛らわせる為に所持した誰かの頭蓋骨に話しかける事もしなくなった。
美味い飯があっても孤独は辛い。会話が出来ないので言葉の出し方も忘れていそうだ。
俺はこの真っ暗な迷宮で2年を過ぎた辺りからおかしくなっている。
気分転換に漫画やゲームを生成して気を紛らわせてもこの環境のせいで
俺の精神はめちゃくちゃだった。
何度も死ぬことを考え、思い留まってきたがさすがにもう限界だった。
トボトボと歩いてると、目の前に何度見たか分からない転送魔法陣が現れた。
(この先同じような場所だったらもう死のう…)
自決用のハンドガンを手にし、魔法陣の上に立つと転送が始まった。
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視線を見上げる。
やけに馬鹿でかい扉がある。
(扉!?扉なんて今まで無かったぞ!?)
一気に期待がこみ上げ俺は無我夢中で扉に手をかけた。
(出口なのか!?モンスターが居てもいい!誰かに、誰かに会いたい!!)ギィィィィ…
重い扉を開ける。かすかだが光も見える!
勢いよく扉を走り超え、石に躓き転んで起き上がり周りを見渡した。
今までにない広い空間の中心にソレは鎮座していた。
漆黒を纏った巨体。どんな光でさえも吸収するかのような黒。
大蛇の如き半身は鎧の様な鱗が纏う。禍々しい赤角。そして鋭く光り見つめる赤い眼。
この世のものではない、ゲームや漫画の世界で見るラスボスのようなソレが俺を見つめていた。
ラスボスの口が開き、俺は死を実感した。
(あぁ…そうか…終わるんだな)
「アッ…アッ…ヨ、キョクキタナ…」
「???」
「ンン?キョク…ヨク…アッ…アッ…ヨク…キタナ…」
重々しい声の主は噛み噛みだった。
「あっ…あっ…」
俺も声を出そうとしたが、恐怖と声を出すのが久しぶりで言葉が出てこなかった
「アー…アー…」
「あー…あー…」
何故か一緒に声出しの練習をしだす。
「ん”ん”ん、あー、えーと…こ、こんにちは!」
俺は言葉を発した。
何故そうしたか分からないが、それは命乞いでなく普通の挨拶だった。
「!? コ、コンニチア!」
まさかの挨拶を返してくれた!友好的なのか!?
久々に誰かと会話が出来るのが嬉しく、俺は恐怖そっちのけで
ラスボスに近づきもっと会話を試みようとした。
((止マレ…))
ラスボスの声が頭の中に響いた。
「!?な、頭の中で声が」
((千年ブリ二会話ヲ…スルカラ…主ノ頭二…直接語ル…))
「え?せ、千年ぶりですか…?」
((ウム…多分…千年位ダ。オヌシ、主は人間なのカ?どうヤってここまで来タ?勇者なのカ?))
「俺は人間です。堺良平と言います。ここに来たのは…」
俺は洗いざらいこれまでの事を話した。
別世界からの転生者、自分の能力、二年以上この迷宮を彷徨った事を
ラスボスは黙って頷きながら俺の話を聞いてくれていた。
((成程ナ…我の墓のせいデお主に苦労をかけたようダ…))
「いえいえあなたのせいでは…墓?」
((ウム…この迷宮は我の墓のようなものダ…我はヴェルトロ。この世界では魔王と呼ばれてイタ。))
困惑した。
この世界に魔王という存在がある事。何故墓なのに彼は生きてるのか?
((何故墓の中で生きてるか不思議なようだな…さて、どこから話すカ…))
魔王ヴェルトロは語った。
千年前魔王として君臨した彼はあまりにも無敵だった。
幾多の名のある勇者が束で挑んだが、聖剣や魔法でも傷一つ付かず、
自在に動く髪の毛一本で勇者のことごとくを葬っていった。
それからは全ての生物から恐れられ、しまいには同族や部下達からも畏怖の対象として見られ、
彼と話そうとする者はほとんど居なかったという。
絶対的な強さの頂点にいた彼は常に孤独と虚無感を抱えていた。
あくる日、唯一話せた部下に子が生まれたので彼はその子を見ようと部下の元を訪ねた。
しかし
部下は喜んで彼に赤ん坊を見せてくれたが、見せた瞬間赤ん坊は
全く動かなくなった。
赤ん坊はヴェルトロを見た瞬間死んでしまったのだ。
すぐさま蘇生魔法で息を吹き返したが、まだ傍に彼が居たせいで
また死なせてしまった。
ヴェルトロの心は深く傷ついた。
隠しきれない力、存在自体が他者の不幸に繋がるという事を知ったからだ。
赤ん坊は別の部下が蘇生させたが、唯一話せる部下も彼と距離を置くようになり、
増々孤独になってしまった。
ある日、聖職者達を連れた勇者の一行が彼に挑んだ。
今度は彼を殺すのではなく、地下迷宮に封印する事が目的だった。
ヴェルトロはもう誰とも戦う気が無く、一行の転移魔法を甘んじて受け
ここに封印されたのだ。
その気になれば易々と脱出出来るが、もう全てがどうでも良くなった彼に
そんなことをする考えは微塵も無かった。
千年の孤独を聞いた俺は涙を流した。たかだか2年ちょっとの苦労を
彼の過ごした長い年月に比べると恥ずかしくて何も言えず
ただ泣くしか無かった。
((何故泣くのだ…?))
「なんか…すみません。ただ、涙が…」
((お主は優しいのだな…。話は終わった。これからお主を地上に転移させてやろう。))
「待ってくれ!あんたはこれからどうなる?あんたも優しい事が分かったんだ!
一緒に外に出て…そうだ俺、店を出すんだ!料理の!
人間や魔族も関係ない店!一緒にやらないか!?」
((折角だが…我はこのままで良い。どうあっても我の存在は皆を不幸にする。
我は…それが恐ろしい…))
(…どうすればいいんだ?このままだなんて余りにも残酷だ…)
「…よし、なら俺もしばらくここで過ごすぞ」
「ナンダト!?」
ヴェルトロから声がこぼれる。
「なぁ、ヴェルトロ。あんたって飯は食わないのか?」
((食事…?我には必要の無いものだ。いつ尽きるか分からない程の魔力がある我は
これまで食事というものをしたことが無い。))
「じゃあこれが初めてってわけだな」
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塩胡椒をかけた鶏肉をヨーグルトと多めのニンニク、生姜に漬ける。
少し塩をかけた玉ねぎをバターで焦げる寸前になるまで鍋で炒める。
漬けておいた肉をそのまま鍋に投入、そこにカットトマト、水、ローリエの葉を加え煮る。
水分が減って灰汁を取り出し、そこにココナッツミルク、リンゴジュース、ブイヨンで一煮立ち。
香りが立つまで炒めておいたカレー粉、小麦粉を鍋に投入。(カレールゥでもいいぜ!)
弱火で時々混ぜながら調味料で味を調え10分ほど煮れば…
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「レシピ呼び出し生成完了。これが良平流チキンカレー(甘口)だ」
ヴェルトロの目の前にカレーの鍋と炊き立てのお米が現れた。
((これは…驚いた。記憶生成とはこのような事が出来るのだな…しかしこれは…))
「さぁ食ってくれ。俺も一緒に食べるよ」
俺はでかい皿に米とカレーをよそってパセリをまぶし、ヴェルトロに差し出した。
((これが人間の食べ物…料理か…しかしこれは…アレだろう?見たことがあるぞ?生き物のウン…))
「違うよ?(語気)いいから食ってみてくれ。不味ければ殺してくれてもいい」
((…そこまで言うなら…どれ。))
ヴェルトロは皿とスプーンを髪の毛で器用に持ち、口に運ぶ。
ぱくり
((~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッッッ!!!???))
(なんなのだこれは…!これが人間の食べ物…?いや、良平の料理か!!)
ヴェルトロは未知の感覚に困惑した。
初めて知る味。そもそも味覚というもの自体が初めての体験で
良平のカレーは辛さ、塩辛さ、甘さ、肉、野菜の旨味等が凝縮されたまさに味の宝庫。
料理とは?味とは?それを知るには十分すぎる物がヴェルトロの口いっぱいに広がっていた。
((こ、これが…これが美味いという感情なのか…!))ガツガツ!
カレーが瞬く間に消えていった。
「(ニコリ)どうやら美味かったようだな?おかわりいるか?」
「アァ、タノム!ナベゴトダ!!!」
俺は次々にカレーを生成し続ける。
店はまだ出せてないが
魔王ヴェルトロ 彼がこの世界一人目のお客様だ。