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「花嫁様、お好きな宝石、花、色、何でもおっしゃってください。我が商会でご満足いただけるものをご用意いたします」


狐の耳がピロピロと動く。

若き商会長の後ろに控えるのは従業員だろうか。多種多様な獣人の女性がジュエリーに花束に布にとあらゆる種類の品物を手に微笑んでいる。


なかなかに圧倒される光景で、私は頬がひきつらないよう気を付けなければならなくなる。


「あの、何もそれほど着飾らなくとも」

「何をおっしゃいますか!花嫁様が我が帝国に来て三年、ようやく御披露目の時が来たのです!華やかに!盛大に!お祝いしなければなりません!」


そう、仮初めの花嫁として嫁いで三年。私たちの結婚式が行われることが決定した。

何故今なのかというと、先日イアン様が25歳になったからだ。

イアン様はまだ番を見つけていない。

そのため、私は仮初めから本物の花嫁になるのだ。


でも、正直私は気が進まない。


「三年も経っているのに今さら式を挙げる必要はないのでは?まして盛大になんて…」


18で嫁いで私も21になった。式を挙げるのに年をとりすぎているわけではないけど、やはり三年もここに住んでいて今さらだという思いが強い。

三年前は仮初めの花嫁だから式も何もなかった。御披露目もなく、皇族や大臣たちに直接挨拶をして終わった。そういうものだと思っていた。

年相応の式への憧れはあったが、イアン様とは不可能なのが分かりきっていて、きっぱり諦めていた。それが今になって挙げましょうとなっても戸惑う。


「商会長のいう通りだ。せっかくだから最高級のものを揃えてもらおう」

「イアン様…」


いつの間にか現れたイアン様がジュエリーの一つを手に取る。


「このルビーはあなたの白い肌によく映えそうだ。それに、花は好きな百合の花を使ってもらおう」

「いいですねぇ。お好きな色はなんでしょう?」

「アイボリーで合っているかな?」

「え、あ、そうです」


三年も一緒にいるのだ。いくら公的な付き合いしかないとはいえ、多少なりとも相手の趣味嗜好は分かる。それにしても、イアン様はよく見てくださっている。

これが素だから恐ろしい。


「でも、私は仮初めの存在ですし、いくらイアン様が25歳になったといってもあくまで一般的な指標ですし、大金を使っては民に申し訳ないです」

「あなたの言葉も一理あるかもしれないが、周りがうるさい。ここ数年祝い事もなく経済が停滞している。帝国の威信のためにも、経済のためにも協力してほしい。

それに、あなたも着飾るのは好きだろう?あなたの存在にはとても助けられている。こんな形でしか礼の品を用意できないんだ」


困ったように眉を下げるイアン様のそのお姿を見るだけで私の心は十分に満たされるのに。


ウェディングドレスに憧れがある。

ブーケも、ジュエリーも、全て最高品が揃えられる。

そして、隣には愛しい人。

こんなチャンス、二度とないだろう。


「…では私の憧れを全て実現してもよろしいですか?」

「ああ、もちろんだ。主役はあなたなのだから」


力強く笑顔でうなずくイアン様に、私はふわりと微笑んだ。




ズローア帝国の結婚式は自国のそれとは大きく異なっている。

そもそもこの帝国は多種多様な種族を一つにまとめあげた多民族国家だ。様々な文化と宗教が入り乱れている。それぞれの文化を尊重する意味合いを込めて、神ではなくその種族の長に誓いを立てる。私たち夫婦の場合は皇帝だ。


私は聖堂の入り口からその先に立つ皇帝陛下を見つめる。


身に纏うドレスは繊細なレースをふんだんに使いつつ重さを感じさせない絶妙なバランスを保った豪華なものだ。要所要所にほどこされた刺繍はアイボリーホワイト。純白のドレスを品よく飾り立てている。

着ているのが私なのが申し訳なくなってしまうほどの最高級のウエディングドレスだ。


手に持つのは、見たことがないほど大きな白百合を中心とした豪勢なブーケ。イアン様の瞳のような金色の花は存在しないため、代わりに黄色をアクセントにしてもらった。それに、イアン様には内緒で彼の瞳そっくりの琥珀のピアスを用意してもらえた。


そっと隣のイアン様を見上げる。

ズローア帝国の挙式では新郎新婦が並んで共に入場する。長い人生を最後まで共に歩むことを示しているそうだ。

イアン様も白いタキシードを着ていて、ネクタイは私に合わせてアイボリー色だ。ドレス負けしているだろう私と違い、イアン様は目眩がするほどお似合いだ。


腕を組んで、ゆっくりとイアン様と歩いていく。

イアン様と夫婦になって三年、初めて彼に触れた。

私は自然と微笑んでしまう。にやけた顔になっていないといいけれど。

見た目どおり、彼の腕はたくましい。

私の歩幅に合わせて小さく進んでくれるイアン様には申し訳ないけれど、私は一層ゆっくりと進む。

ずっとこうして隣で歩いていたい。


「宣誓を」


名残惜しくも皇帝陛下の目の前についてしまった。

夫婦を代表してイアン様が口を開く。


「今この時をもって、私とアリアは夫婦として共に支え合い歩んでいくことを誓います」


割れんばかりの拍手の音。

目を向ければ招待されている両親と妹の姿も、母国の国王陛下や元婚約者候補だった王太子殿下の姿も見えただろうが、私はあえて見なかった。


今は、イアン様だけを見ていたい。


私とあなたが結ばれるとき、たとえ泡沫の夢だとしても、確かな幸せがそこにはあった。

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