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第九話 危険な女

 チトセさんは武器屋で趣味となりつつある装備品購入に行くとのことで、別れた俺は自宅に戻ってきた。チトセさんの家の地下室、通称”武器庫”はランタンの灯りで少し薄暗く、ひんやりした空気と鉄の匂い雑音の少なさがとても落ち着く空間で錬装には最適な環境だったが、我が家ではその再現は難しい。だからといって一々集中してじっくりと錬装なんてしていては時間が掛かってしょうがない。

 もしかしたら戦闘中に武器が壊れてしまって、予備の武器に特性を移し替える……なんて場面もあるかもしれない。となれば息つく間もない。雑音も酷いし周囲の状況も確認しなければならない。俺自身、怪我がないとも言い切れない。


 これからは呼吸をするように錬装する技術が必要になってくるというわけだ。そしてそれだけでなく、錬装というスキルを十二分に活かしていかなければならない。


 やりたいことは沢山ある。どんどんアイデアが溢れてくる。だが身体が、技術が追いついていない。しかしこればっかりはモンスターとの戦闘と同じで、場数を踏まないといけない。


 つまりは多く錬装すること。それに尽きる。技術が身に付けば場所はきっと関係なくなるだろう。


「はぁ……考えることは多いな。チトセさんの足を引っ張らないように立ち回りも考えないといけないしな」


 錬装だけでなく、戦闘面でも俺は尊敬する彼女の足を引っ張ってはならない。正直、今はチトセさんが出張ったら彼女だけで戦闘が終わる。俺という価値が一切ないのだ。


 それは”幻陽”の所為でもある。嬉しい話なのだが、彼女は最強の剣を手に入れてしまった。それ故に彼女は無敵となった。どんな敵が現れても彼女の前ではただの障害物でしかない。


 そんな彼女に俺という存在が必要になる場面は、やはり錬装術師としての役目だ。けれど、だからといって戦闘を彼女に全部任せるというのもおかしな話になる。ならば、俺も少しは役に立てるところを見せないといけない。だから俺も戦えるようにならなければならないのだ。


 仮にも《適材適所(パーティーヘルパー)》と呼ばれた男だ。俺には出来るはずである。


「さて、その為にはこの剣を上手く錬装しなきゃな」


 木製のテーブルの上に並んでいるのは2本の剣。鑑定して分かった銘は『雷剣イカズチ』と『斬剣ブレイバー』だ。特性が銘に影響を与えるようだ。


 今までは左手に持った物に右手に持った物の特性を移し替えていた。それが錬装だと思っていた。だが俺は気付いた。これはただの移動(・・)だ。


 ”錬金術”とは物質と物質を掛け合わせて新たな物質を作る術だと聞いた。であれば錬装術もそうでなくてはならない。それが出来るはずだ。


 雷属性の剣と切れ味上昇の剣。これらを掛け合わせ、新たな剣を作る。


 これができれば俺は錬装術師としてまた1つ成長出来るだろう。


「しかしな……どうやったらいいんだろうか」


 錬装術の仕組みは少し理解しているが、やり方がどうなるのか分からない。何か特別なやり方があるのだろうか。


「うーん……悩んでても仕方ない。やってみるしかないだろう」


 考えてるだけじゃ目の前の剣は1つにならない。


 俺は左手でイカズチを取り、右手にブレイバーを持つ。


 そして錬装をした。右手に持っていたブレイバーは消失し、左手のイカズチだけが残る。


「……さて」


 イカズチをベースに作った剣だ。上書きされたのなら、見た目はイカズチだが《切れ味上昇》の特性が付与されているはずだ。つまり、この剣から雷属性が発現されれば成功となる。


 剣を手に、人ならば誰しも体に流れている魔力を込める。


「……失敗か」


 しかし雷属性は発現されなかった。これは切れ味上昇のイカズチである。つまり、二種特性付与は叶わなかった。


「まぁね……いきなり成功するとは思ってないよ、俺も」


 誰に言い訳しているのか分からないが1人、部屋の真ん中でぼやく。チトセさんにあんな啖呵切っておいてこの様である。何が『面白くないですか?』だ。面白い結果になっちゃったじゃないか……。


 溜息1つ。改めてイカズチを見る。刃は片刃。鍔のある根元部分が少し稲妻のようにジグザグとしてからから緩やかな曲線を描いている。その意匠の所為か鞘は少し幅広い。鍔から伸びる柄は少し短めでこれが片手用だと判断出来る。石突は丸く、特に装飾らしい装飾はない。


「まぁ、しゃあないか。一旦頭切り替えるか……」


 諦めた訳ではない。だが一度頭を切り替えたい。その為には散歩だ。散歩は良いぞ。適当に歩くだけで頭がすっきりする。


 俺は剣を置き、家を出る。夕暮れの少し手前くらいか。今朝は雲が多かったが、今はその半分くらいの量で、雲間から覗いた太陽は白んだ空と境界線をぼやかし、白く眩しい。戸締りをし、玄関前の階段を下りた俺はそのまま歩き始める。目的地はない。ただ、これからの錬装に思いを馳せながら適当にぶらぶらと歩くだけだ。



  □   □   □   □



「どうしたもんかな……」


 頭をすっきりさせるつもりで歩いていたのだが、結局思考は先程失敗した錬装のことから離れなかった。まったく、悩みは尽きない。錬装できたとしても鑑定してもらわないと判断ができない。一度鑑定してもらったアイテムの結果が毎回違ってくれば、鑑定部署も流石に怪しむだろう。やはり鑑定用のアイテムの錬装は必須か……。


「つってもルビィさんのところに一切顔を出さないってのも逆に怪しまれるか……部署が違うから余計な情報共有されてないとは思うが……いっそ俺から全部伝えて抱き込むしかないか?」


 どう立ち回るのが正解か……思考はぐるぐると同じ道を歩き続けた。


 そんな状態で町を歩いていたからか、ふと顔を上げるといつの間にか俺は一軒の店の前に立っていた。周囲を見るに此処は路地の行き止まりらしい。こんな場所、初めて来た。


「しかしとんでもない立地にある店だな」


 歩んできた道の真正面に店の入口が広がっている。入口にある扉に備え付けられた窓から覗いた様子だと内部はどうやら武器屋らしいが……。


「入ってみるか」


 これも何かの縁かもしれない。そう思った俺は扉を開き、中へと入ることにした。


 カランカラン、と耳障りの良い鐘の音が鳴る。武器でぎっしり詰まっているのにどうにも威圧感がない。金属で溢れているのに木の優しい匂いがして不思議な気分になる。


 天井から釣り下げられた無数のカンテラに同じ形はなく、どれもが個性豊かな形をしていて柔らかな灯火が店内を優しく照らしている。


「いらっしゃい」

「あっ、その……急に来てすみません」


 お店なのだから店主が居て当然なのに焦って変なことを口走ってしまった。この幻想的な空間に飲まれていたらしい。俺を見る店主も、俺が言っていることがヘンテコなことに気付き、口元を隠すように笑っている。


「君は事前に店に連絡して来店するのかい?」

「や……すみません」

「ふふ、謝ってばかりだけど、私は君に何か謝られるようなことしたかな」

「してないです、してないです。いや、ちょっとびっくりしちゃって。こんな素敵なお店があるって知らなかったものだから」

「おや、そいつは嬉しいね。私はこの店の店主、『タチアナ』だ。今度ともよろしく」


 綺麗な金髪を肩まで伸ばし、片眼鏡モノクルをつけた美しい女性、タチアナが手を差し出す。入口に突っ立っていた俺は慌てて歩み寄り、その手を握った。


「俺はウォルターです。こちらこそよろしくお願いします」

「ウォルターか……良い名だね。君は冒険者かい?」


 握手をし終えたタチアナはカウンターの向こうにある椅子に座り優雅に足を組む。


「はい。冒険者です」

「専門は?」


 不意に脳裏に《適材適所(パーティーヘルパー)》という単語が過った。


「あー……サポート、ですかね。色んなパーティーで色々やらせてもらってました」

「ふむ……そんな君が武器屋に来たってことは、何か心変わりするきっかけがあったのかな?」


 不思議だ。話していると気分が落ち着くというか、心を許せるというか……この人になら、話してもいいのかなと思えてしまうくらいに。


 ……いや、駄目だ駄目だ。何を考えてるんだ俺は。初対面の素性も知らない人に話すわけにはいかないだろう。


「まぁ、そんなところです」

「なるほどね。じゃあ……君に合う装備品でも見繕ってあげよう」

「えっ? いいんですか?」


 それは素直に嬉しい話だ。だが俺は散歩してただけだ。財布は持ってきていない。


「あ、でも今手持ちが……」

「いや、持っているだろう? 其処に」

「え?」


 タチアナが指差した先にあったのは俺の手だ。正確には右手。その中指にはめられた指輪……虚空の指輪(アカシックリング)だった。


「ッ!? どうしてこれを……!」

「ふっ、青いな。ハッタリだとは思わなかったのかい? そんな風に反応してしまってはバレないような嘘もバレてしまう」

「くっ……」


 失態も失態だった。


「あんた、何者だ……どうしてこれが普通の指輪じゃないとわかった!?」

「ただのしがない武器屋の女主人さ。だから指輪も普通じゃないってわかる。それ以外に何に見える?」

「暗殺者とか……諜報員とか……」

「想像力が豊かじゃないか。なら、もっと想像を働かせてみようか?」


 想像力か……。彼女が本当にただの武器屋の女主人だったとしよう。確かにこれまで怪しい動きはしていなかった。俺を見て、会話し、握手しただけだ。それだけでアカシックリングがバレるはずはない。……いや、接触したからか?


 彼女の手を見る。手を見ていることに気付いたのか、タチアナはご親切にも両の手をカウンターの上に出し、手の平と手の甲を交互に見せる。


「種も仕掛けもございません、ってね」

「むぅ……」


 であれば、だ。何が原因だ。顔を上げ、タチアナの顔を見る。非常に整った顔立ちだ。チトセさんと良い勝負をするだろう。切れ長の目も細い眉も、まるで美術品のようである。


 モノクルの奥の目は青く、吸い込まれるような……そうか。


「わかった」

「おや?」

「そのモノクルだな?」

「ほう。それはどうして?」


 彼女は俺を見ていただけだ。握手という接触に意味をなさないのなら、それ以外に考えられない。


 そして俺は錬装術師だ。アイテムに宿る特性にこそ、想像力を働かせなければいけない。


 あのモノクルに”鑑定”という特性が付与されていたら?


 彼女はただ”見る”だけで物事の全てを看破してしまうだろう。


「そのモノクル、鑑定の特性があるだろう。だからあんたは俺を見ただけで、正確には俺の装備しているこの指輪を見ただけで隠された素性を見抜いたんだ」

「なるほど、なるほど」


 タチアナは俺の推理を楽しそうに聞く。噛み締めるように、何度も頷きながら。そして両の手を持ち上げ、拍手をした。乾いた音が店内に響く。


「おめでとう、ウォルター。大正解だ」

「趣味が悪いな……」

「まぁまぁ。武器屋なのだから、鑑定は仕事なのさ」

「盗み見るのもか?」

「それは私の趣味」

「良い趣味だな……」


 種明かしがされ、タチアナは暫く嬉しそうに笑っていた。


 それに比べて俺は不機嫌も不機嫌だった。盗み見られたことに対してじゃない。自分の危機感の無さにだ。秘匿すべきアイテムを身に付けてフラフラと歩き回っていた迂闊さ。ハッタリかもしれない相手の言動に惑わされ、見事に墓穴を踏んだ事。


 まったく、自分が嫌になる。


「そう拗ねるな、ウォルター」

「拗ねてない」

「まだまだ青いな。そんな君ではあるが、見事にモノクルの特性を見抜いたご褒美をやろうじゃないか」


 そう言ったタチアナは自身の左目に装着されていたモノクルを外し、続いてモノクルに繋がっていた細い銀の鎖を服から取り外し、それをカウンターの上に置いた。


「……は?」

「君にやろう。これがあれば、君は困らないんだろう?」

「いや、ちょっと待ってくれ……それはあんたの商売道具だろう?」

「まぁね」

「出会って間もないが言わせてくれ。あんた、馬鹿なのか?」

「失敬な。君よりは頭良いと思うぞ」


 憤慨するタチアナだが、俺としては溜息しか出ない。確かに鑑定特性のアイテムは現状、喉から手が出る程に欲しい。何においても優先すべき入手アイテムである。だからこそ、こんな簡単に手に入るというのはおかしい。裏がある。こんな旨い話がある訳がなかった。


「無償で寄越す訳ないよな。こんなのが一般人の手に渡ればギルドは独占している権利を奪われることになる。血眼になって俺を探すだろうな」

「ならなんで私はこうしてお店を開いて無事に生きてるのだろうね?」

「やっぱりただの店主じゃないんじゃないか?」

「其処は想像力を働かせてほしいね」


 と言われてもな。


「実はギルド職員、とか?」

「君って妙に鋭いね……」

「は? え、正解なのか?」


 口では答えず、肩を竦めるタチアナだった。俺はもう何度目の溜息か分からない。


「持ち出して良い物じゃないだろう……」

「バレなきゃいいって言葉もある」

「やっていいことと悪いこともあるんだよ」

「バレてない犯罪は起きてないのと同じだよ」


 何を言っても屁理屈しか言わないタチアナに、俺はもう何を言わないことにした。


「ギルド支給品だから予備はあるから気にしないで」

「俺に犯罪の片棒を担がせようとするな」

「でも欲しいんでしょう? 《錬装術師》、《適材適所(パーティーヘルパー)》ウォルター・エンドエリクシル君」

「其処までお見通しか……」

「ギルド内での情報収集なんて朝飯前なのさ」


 こんな奴がギルドに居るとはな……今後も俺の情報はこいつに筒抜けだろう。であれば、此処でモノクルを受け取ったことも、もしかしたら悪い形でギルドに伝わるかもしれない。


 其処まで想像力を働かせた俺は、しかし彼女との縁を切るという行動に損を感じた。


 思えばこれは運命だ。俺が悩んでいた錬装結果を、此奴なら安心して明かせる。勿論、信用し過ぎるのは危険だが俺の素性を知っているギルド鑑定部署の人間は此奴しかいない。同じ武器を二度鑑定することの危険性は、タチアナを通せばある程度は回避出来るだろう。


「モノクルはいらない」

「ほう?」

「だけど俺が錬装した武器の鑑定は、あんたに頼む。勿論、ギルドで、適正価格でな」

「お金持ちなんだね?」

「良い錬装ができたらあんたの店に卸してやってもいい。この世に二つとない武器も、もしかしたら出来るかもしれないぞ?」

「それは魅力的だね……よし、交渉成立だ。入手武器の鑑定はルビィを通して行うといい。彼女を通さないというのも、ある意味危険に繋がるからね。錬装した後の武器は私に依頼して。あぁ、指名依頼なんてのはできないよ。鑑定部署の人間は受付以外は秘匿されてるからね。ルビィが休みで、私が居る時を見計らって依頼してね」

「わかった。ちなみにこの契約は俺が違法じゃない方法で、ギルド支給ではない鑑定特性のアイテムを手に入れるまでだからな」

「ふふ、了解。鑑定して鑑定特性のアイテムが出たら個人的に連絡させてもらうよ」


 交渉は成立した。犯罪を犯すことなく俺の望む結果が得られて良かった。この事はあとでチトセさんにも報告しておこう。


「良い武器を作ってね」

「善処する」

「それじゃあ、錬装の元になる種武器……買っていかないかい?」

「む……いいのか?」

「勿論。私は武器屋の女主人。武器を売るのが仕事だからね」


 危険な女ではあるが、これは俺にとっても嬉しい話だ。錬装に失敗したし、特性を持った種武器はない。場数を踏むためには武器が必要だ。


「ハズレ武器をくれ。最安値で」

「普通の武器屋なら二束三文で売り飛ばすだろうけれど、君相手なら高値で売りつけた方がいいのかもしれないな」

「ギルドに報告してもいいんだぞ」

「よし、好きな武器を持っていくといいよ」


 こうして俺はギルド内に協力者を得ることができた。掴みどころのない女、タチアナ。彼女とは契約を交わした間柄だ。裏切ることはないとは思うが……信用し過ぎないようにするとしよう。

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