第六十九話 蜥蜴の王
「見えてきたよ」
チトセさんの声に、いつの間にか俯いていた顔を上げる。多少の疲労を感じていた俺はぐりぐりと首を回して、肩回りのコリをほぐす。
そして正面へ向き直る。其処は大広間だった。周囲には何もない、滑らかな木の広間だ。遮蔽物も何もないその中心にいたのは大きなリザードマンだった。生意気にも金属鎧を身に付け、兜まで装備していやがる。その兜は所々がくり抜かれ、其処から角が伸びていた。
「角ありリザードマンは初めて見たな」
「キングリザードマン。一部では竜に生まれ変わる直前、とか言われてるね」
「誰かベラトリクスを呼んできてくれ。きっと喜んで連れて帰るぞ」
「どうだろうね。不敬だって、ぶち殺すかも」
俺の『白竜召喚』を奪ったのならこのキングリザードマンも横取りするのが筋というものだ。
王である自分の前で雑談されたのが余程腹立たしかったのか、キングリザードマンは憎々し気に俺達を睨みながら、身の丈ほどもある巨大な剣と盾を構えた。
「王自ら戦うのはご立派ではあるけれどね、お前はもう、始まる前から終わってるんだよ」
先頭に立っていたチトセさんがスッと横に移動する。俺の出番という訳だ。何だか今回は働きっぱなしのような気がしないでもないが、これもまた”適材適所”ということなのだろう。
すっかり魔力が回復した俺は、虚空の指輪からサンドリヨンを取り出し、両手で持って胸の前で構える。力を込めると、ぎゅんぎゅんと俺の少ない魔力を吸い取り、魔剣はその名の通り、魔法を放った。
「『踏み穿ちし薄氷花』」
雪が降る。
一粒の雪だ。ただ小さな自身の重みを頼りにふらふらと舞い、足元に散る。
其処から花が咲いた。薄い氷の花びらを持った、小さな花。しかしその花は圧倒的な冷気を放ち、周囲の空気を凍らせていく。
それを俺は容赦なく踏んだ。砕けた花弁は何処からともなく吹いてきた風に舞い、飛び去って行く。
その行く先はキングリザードマンだ。
「……フン」
目に見えぬ程に小さく、細かく砕けた花を見てキングリザードマンは鼻で笑った。
だが鼻で笑う彼の鎧は白く凍結していく。砕けた花は、触れた物全てを凍てつかせた。氷同士がぶつかり合い軋み合うような、複雑で不思議で……不愉快な音を立てて、金属鎧は疎か、その
奥にある体までもが凍っていく。
異変に気付いた時にはもう遅い。鎧は凍結し、体は冷え切り、物理的にも生体的にも動くことはできなくなっていた。
「どうぞ」
「あぁ」
「オッケー」
動きは封じた。あとは二人の仕事だ。俺が心配するようなことは何もない。俺が見てる傍で、呆気なくキングリザードマンの首が刎ねられ、雪みたいな細かい散りとなって消えていった。
その場に残った魂石はチトセさんが自身の小指に嵌めている虚空の指輪へと収納した。何とも味気ないというか、あっさりというか。
何の難もなく、『蜥蜴の城』の主は討伐されたのだった。
□ □ □ □
弱点特攻の素晴らしさを実感しながら、俺達はボス部屋の奥にあるご褒美部屋へとやってきた。得られる景品は金貨と装備品と帰還魔法陣である。
今の俺達に一番必要なものがある。それは何か。
魔法陣である。
「良かった~。これで帰れるね」
「いざとなれば燃やしてしまえばいいんだ」
「やめとけっつってんだろ!」
「馬鹿なんじゃないの?」
「冗談にむきになるなよ」
真顔で冗談を言われても冗談かどうかなんて分かる訳がなかった。溜息を吐くことで、このどうしようもない感情を抑えた俺とチトセさんは気を取り直して先へと進む。
以前まで攻略していたダンジョンは入口があってボスと戦う部屋があり、出口があった。だが此処はそういった隔たりがなく、ではどうしてご褒美部屋にやってきたかというと。ボスを倒した俺達の足元に転送用の魔法陣が現れた。
突然現れたものだから逃げる暇もなく、その瞬間はやばい想像が脳裏を巡った。もっとやばい場所に転送されるとか、モンスターだらけの場所に送り込まれるとか、死ぬとか。
魔法陣の光と恐怖に思わず目をギュッと閉じてしまった。しかし何もなく、恐る恐る目を開けると其処はご褒美部屋だったという訳だ。
「ウォルターは初めてだったんだよね」
「事前に教えてくれてもいいじゃないですか」
「あはは、ごめんごめん」
俺だけがビビり散らかしていていたのが気恥ずかしくて、素直な態度がとれなかった。俺も大人にならないとな……。
さて、気を取り直して報酬の確認といこう。此処が俺の役立ちどころだ。
「これはどう?」
「お、いいですね。『鋭敏力上昇』です」
「魔力を通すと素早さが上がる特性だね。盾に付いてるのがちょっとアレだけど」
似たような特性に『身体力上昇』がある。あれも素早く動けるが、どちらかというと筋力と耐久力を上げて物理で動いてる感じだ。だが『鋭敏力上昇』は文字通り、動きが素早くなる。魔力的なブーストが掛かるイメージだ。人によってはこっちの方が負担が少ないという場合もあるので重宝されている。重ね掛けすれば魔力消費も抑えられるだろう。持っていて損はない特性だ。
「これはどうだ?」
「おぉ、大当たりだ! 『死毒属性』は俺も見たことないぞ!」
「短剣でこれは大当たりだな。1つ持っていても損はないな」
『死毒属性』の存在は以前聞いた。この毒に侵されると急速に体力を消耗して死に至るという。普通の毒属性と同じ効果ではあるが、その効能は死毒属性の方が遥かに上だ。
「市場に出回るのは危険なレベルの物だから、扱いには気を付けてな」
「死毒用の解毒ポーションを常備しておかないとな……」
誤って自分の手を切ったりなんて笑えないレベルの物だから、本当に気を付けないといけない。
その後も残った物を鑑定の力で視てみたが、大当たりはやはりヴィンセントが見つけた死毒の短剣だ。後は当たり障りのない特性を備えた魔道具が数点と、魔鉱石や魔宝石が幾つかって具合だ。それといつも通り、金貨や銀貨、銅貨がそれぞれ100枚ずつくらいだ。
各々で気に入った装備品を指輪の中に仕舞い、金銭はちゃんと皆で分けて余った分はパーティー用資金としてブルーの革袋に仕舞う。
「よし。じゃあ帰りましょうか」
チトセさんの言葉に下ろしていた腰を上げ、帰還用の魔法陣へ向かう。
「……これ、ちゃんと帰れるんですよね」
「流石に帰れるよ~。もしかして、怖くなっちゃった?」
「怖くないですよ!」
「あ、ウォルター!」
からかわれ、納まっていた羞恥心が蘇ってきた俺は、チトセさんの呼ぶ声を無視して魔法陣の中へと飛び込んだ。
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