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第六十四話 町へと戻る

 観光の最終地点であるこの玉座の間に、皆が辿り着くまでそんなに時間は掛からなかった。


「おーおー、偉そうに」

「疲れたんで座ってるだけですよ」


 ニヤニヤと笑いながらやってきたチトセさんが俺を見つけ、開口一番にからかう。肘置きに手を掛けてどっこいしょと立ち上がった俺は隆起した時に出来た氷の階段を下りる。


「どうでした? 氷凍蒼宮の内装は」

「見た目は結構豪奢だったね。でも間取りは結構シンプル。入口と廊下と此処だけ」

「ふぅむ……下手に入り込まれる心配はなさそうですね」


 例えばモンスターを待ち受ける形でこれを生成した時、変に迷子になられても邪魔臭い。まっすぐ此処まで来てくれたら廊下と玉座の間を繋ぐ出入口を閉じ、一網打尽に出来るだろう。


「疲労はないか?」

「あぁ、俺は扉を開けただけだから。発動寸前で停止していたのを解放しただけ……だから、俺が地力でこれを作ろうと思うと相当な労力が必要になってくると思う」

「魔力の底上げが最優先、ということだね」

「そうなります」


 簡単なことだが、楽ではない。『魔力上昇』の特性を何度も重ね掛けし、特性レベルを上げて概念特性化が出来れば俺の魔力問題も解決するだろう。


 だが、今現在、俺は概念特性の錬装が出来ていない。同じ特性をいくら重ねてレベルを上げても、概念化がどうしても出来ない。何か天井のようなものがあって、其処から先はずっと同じレベルのまま停滞している。重ねるだけ無駄ということになってしまっているのが現状だ。


 何処かでその限界を越えられればなと思っているが……道はまだ長そうだ。


「さてと……そろそろ出ましょう。流石に冷えてきました」

「そうだね。じゃあベラ、この魔剣は貰っていくけど、本当にいいの?」

「うん、いいよ~。あぁ、でもその前に見せて聞かせてほしいんだけれど」


 ベラトリクスは赤い竜眼をスッと細めて、俺に問う。


「その剣に竜に関する特性は、ある?」

「あぁ、ある。『白竜召喚』という特性がある」

「ふぅん……」


 瞬間、ゾッとするような圧が場を支配した。


「その特性があるなら……それは渡せないよ」

「ま、待て……!」

「竜に関する物は、外には持ち出させない。お母さんの脅威になりそうな物は……」

「落ち着け、ベラトリクス!」


 止まる様子の無いベラトリクスが一歩ずつ、俺へと距離を詰める。此奴は竜が絡むと本当に視野が狭くなり過ぎだ!


 正直、魅力的な特性だ。竜の背に乗れたら、移動も楽だろう。戦闘だって竜のブレスという極大の切り札を持てる。ブルーのような、竜の友達が出来るかもって、実はめちゃくちゃ期待していた。


 けれど、此処でベラトリクスと事を構えたくはなかった。


 だから俺に出来た事は、今すぐこの魔剣の特性を移し替えることだけだった。


 左手に持っていた魔剣を右手に持ち替え、咄嗟に錬装のスキルを使う。左手にしてあったのは指輪だ。俺がずっと重ね続けた『魔力上昇』の特性が錬装された指輪。それにサンドリヨンの『白竜召喚』の特性を移す。


「ベラトリクス、この指輪に特性を移した!」

「……?」

「忘れたのか? 俺は特性の移し替えが出来る錬装術師だ! だから、この指輪に特性を移した。この指輪が『白竜召喚』の特性を持った指輪だ!」

「……あぁ、そういえばそれが出来るんだっけ。な~んだ!」


 あっけないというか、何というか……。ころっと態度を変えたベラトリクスがヘラヘラと笑う。


 白影を握っていたヴィンセントが、幻陽を構えようとしていたチトセさんが、そして魅力的な特性を失った俺が、同時に白い溜息を吐いたのだった。



  □   □   □   □



 結局、竜教は手段とか言っていたけれど竜に関することに人一倍敏感なのはベラトリクスだった。


 俺達は氷凍蒼宮を出て指輪を渡すと、宮殿は灰のような雪に変わり、散っていった。崩れ去る宮殿を見届けた俺達は来た道を戻り、旧市街まで来たところで隠遁の魔道具で姿を消す。


「じゃあ今日はこの辺で。探してた物が見つかって良かったよ~」

「忙しい時にありがとうね、ベラ」

「本当にありがとう!」

「俺からも礼を言う。助かった」


 見えない相手に頭を下げるというのも妙な話だが、4人揃って旧市街のど真ん中で、しかもその中には此処に居るはずのない人間が混じってるのだから姿を消すしかなかったのでしょうがないい。


「いやいや、私もとても貴重な特性を貰っちゃったからね。こちらこそありがとうだよ。じゃあ、またね~」


 非常に貴重な召喚系特性……名残惜しいが仕方ない……。


 ベラトリクスが立っていた足元の雪が跳ねる。次に雪が跳ねたのは近くの民家の屋根に積もった雪だ。そのままベラトリクスは屋根伝いにさっさと帰っていった。


「今更ですけど、俺達まで姿隠す必要って無かったんじゃないですかね」

「そうだね……まぁ、今更姿現しても人に見られたら変な疑い掛けられそうだし、途中までこのまま帰ろうか」


 勘違いから犯罪者に仕立て上げられても敵わんので、結局俺達は旧市街を抜けるまで隠遁を使ったまま歩いた。




 顎通りに戻ってくる頃には雪はすっかり落ち着いた。隠遁を解き、生身の体で見上げた空は薄っすらと太陽の明るさを透けさせていた。今思えば、あの酷い降雪もサンドリヨンの力の漏れだした影響かもしれない。氷凍蒼宮を発動させたことで雪の量が減ったと思えば、このチラチラと舞う量が本来、適切なケインゴルスクの降雪量だとも言えるだろう。


「さて、後はこの町のダンジョンを一つずつ攻略していくだけだ」

「そうだな。サンドリヨンの特性をしっかり確かめる良い機会だぜ」


 ウキウキのヴィンセントとワクワクの俺である。


「ケインゴルスクのダンジョンは難易度が上がるごとに広くなっていくんだよね。結構時間使っちゃうかも」


 ケインゴルスクのダンジョンは主に、このアルルケイン山脈内部へと広がっている。地下だったり中腹だったり山頂だったり、今こうして存在している空間と同じではないが、舞台として用意されているのは山がメインだ。


 その中でも、山の中に向かうタイプのダンジョンは広大だ。他の入口のダンジョンと空間同士が繋がってしまって、複数の入口をもつ巨大ダンジョンになっているらしい。


「つまり、何処から入っても一緒って場合もあるんだよね」

「入口は複数でも最深部は1つなんですかね」

「どうだろう……あたしも最大ダンジョンは攻略しなかったし、謎だね」

「なるほど」


 チトセさんがまだ『赫翼の針(クリムゾン・ピアース)』に所属していたのは、此処が最後だった。パーティー内の雰囲気も最悪の状態で挑む、ということはしなかったようだ。


 俺達が攻略出来ると良いな。悪い思い出だけではなく、良い思い出も、この町で作りたい。


「じゃあ早速明日、ダンジョンに挑もうか」

「ベラからギルド通さなくていいって言われたし、怖いもん無しだね」

「でも自己責任ですから、無茶は無しで」

「りょーかい」


 明日の為に準備をするということで通りの真ん中で解散した俺達は、各々準備を進める。


 俺は一先ず、消費する一方だった食料の確保に駆けずり回った。開いてる店が少ないこともあって苦労したが、なんとか買えるだけ買えた。だが殆どが材料状態だ。


 こりゃ調理の必要が出てくるな……ということで次に買い足したのは火系の調理魔道具と、それが壊れた時用の薪だ。閑古鳥が鳴く魔道具屋で幾つかの魔宝石を入手出来たのは幸運だった。錬装の材料になるし、壊れた魔道具の修理にも使える。


「あとは何か必要な物はあるかな……」


 自分用に買った食堂のパンを齧りながら通りを歩く。サンドリヨンを回収した結果、やはり雪の勢いは目に見えて衰え、今はもう時々視界に入る程度にしか降っていない。これ以上積もることはなさそうだ。


 頭にも肩にも積もらないことに嬉しく思いながら、結局俺は買う物を思い付かないまま、いつの間にか散策してから宿に戻っていたのだった。

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