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第五十六話 後日談

 翌朝、見事に生活リズムが壊れた俺達は揃って夕方に目を覚ました。慣れない潜入作戦ということもあって疲労も溜まっていたのだろう。開きっぱなしだった窓から差す夕陽に誘われてふらふらと其方へ歩いていく。眩しさに思わず目を閉じてしまうが、夕陽は瞼を真っ赤に焼き尽くしていく。その光をそっと目の内に通し、広がる視界いっぱいに見えた夕焼けは、俺の疲労とか悩みとか、そういったものを全て暖かく包み込み、消し去っていった。


 一頻り空を眺めた後、減った腹を満たそうと食堂へ向かう。宿を行き交う人の数は少ない。見知った顔と言うほど此処と付き合いが長い訳ではないが、昨日今日見た人の顔がないのは少々寂しく感じる。


「……」


 時間帯で言えば夕食時なのだが、やはり食堂も人が少なかった。従業員ですら少なく見える。それでも残った従業員は忙しなく動いているのを見て、食堂に入るのを躊躇う。残った客の為に必死に働く彼等に、仕事を増やしていいものか。大人しく自室で貯蓄している食料をかじった方が皆の為では、と立ち尽くしてしまう。


「あ、ウォルター様! どうぞ中へ!」


 そんな俺の一瞬の躊躇いを客商売のプロである彼等は見抜いたのか、何かの気配を察知したのか、濡れた手をエプロンで拭いながら、笑顔で俺を迎え入れる。


「や、忙しいでしょう。なんだか従業員の方も少ないようですし」

「ははは、確かにしょっぴかれた人は多いです。その所為で多少、料理が出るのが遅いだけで仕事はできますが……ウォルター様が気にならないのであれば、どうか食べてください」

「……ゆっくり待ちますから、慌てて怪我しないようにしてくださいね」

「ありがとうございます! さぁ、どうぞ!」


 こうまで言われ、彼の料理人としての魂を無碍には出来る人間は居るだろうか。いや居ない。俺にそんなことは出来るはずがなかった。


 案内された食堂のど真ん中のテーブル席についた俺はズボンの左右にあるポケットに両手を突っ込んで天井を見上げる。


「しょっぴかれた人は多い、か」


 この人の少なさは、そういうことだろう。俺達が招いた結果だ。その所為で忙しなくさせてしまっているのは申し訳なく思う。でもこれから良くなるから、と言えたり思えたりするほど俺は無責任じゃない。だから素直に頭を下げたい気持ちなのだが、動き回る人達の表情を見ると誰もが皆、明るい。


「今朝、ベラトリクスが大広間に住民全てを集めてホランダーが行った事を発表したんだ」

「ヴィンセント」


 俺の後ろから歩いてきたヴィンセントがそのまま席に着く。


「お前はぐっすり寝てたから知らんだろう」

「起こしてくれて良かったのに……というのは甘えか」

「甘やかしたんだ。チトセが」

「……そっか。で、そのチトセさんは?」


 振り返り、食堂内や出入口を見てみるが姿は見えない。


「ベラトリクスと共にまだ動いているはずだ」

「元気だな……」

「出来れば今日中にホランダーの配下を捕まえておきたいらしい」


 ヴィンセントの話によると、俺がベッドの上で寝散らかしていた頃、ベラトリクスが町中にお触れを出し、信徒も冒険者も全員、教団の大広間に集めてホランダーの悪事をバラしたらしい。当然、逃げようとする者も居た。が、大広間に集められた所為で逃げ場もない。そういった動きをした者から順に捕縛されていった。それからベラトリクスの配下によって大捕縛劇が始まった。


「見た事もない黒いローブの連中がやってきてな」

「ベラトリクスの懐刀、ってところか」

「あぁ、リスト片手に色んな人間を連行していったよ」


 その結果がこの人の少なさか。どうやらホランダーも形振り構わず声を掛けていたらしいな。


「俺は詳しい使い方は知らなかったが、血縛の魔道具から抽出した情報でリストを作れるらしい。だから破壊してしまっても問題なかったようだ」

「なるほどね……連行された人達はどうなる?」

「悪いようにはしないって話だ。ホランダー側の人間の口車に乗せられて魔道具で縛られていた人間も多い。どうやら戦闘能力の高い人間相手には人質をとるなんて手段も使っていたようだ」

「そうか……それでホランダーが捕まって、連行されて罰せられてじゃ踏んだり蹴ったりだもんな」

「この連行の大半は事情聴取ってのが本当のところらしいしな」


 良かった。なら此処もすぐに人が戻ってきてくれるはずだろう。と、一安心したところで従業員の方が夕食を持ってきてくれた。


「今日は人手が少ないので種類は出せませんが人が少ない分、量なら沢山あるので!」

「問題ない。俺はこっちの方が好きだ」

「ありがとうございます。いただきます」

「ごゆっくりどうぞ!」


 逞しいな。人手の少なさを逆手に取ったサービスに関心しながら、目の前に並べられた料理を掻き込む。思っていたよりも空腹だったようで、湯気の立つ熱々の料理を目の前にした途端に止まらなくなってしまった。


 それからはお互い無言で胃に料理を詰め込み、隙間なく埋まったところでヘロヘロのチトセさんが食堂に姿を現した。


「人が東奔西走していたってのに、君らは食事か?」

「お疲れ様です、チトセさん。まだまだありますから」

「見りゃわかるし言われんでも食う! あーもーお腹空いた!」


 椅子に座るなり目の前にあった料理を全部自分の前に引き寄せた彼女は俺達のように料理を詰め込み始めた。こうなったら会話もへったくれもないので、俺とヴィンセントは黙って水を飲んで、最後に残った僅かな隙間も埋めた。



  □   □   □   □



「……とまぁ、そんな訳で信徒も冒険者もひっくるめて回収。聴取が終わったら被害者達は帰されるわ」

「被害者以外は?」

「うーん……何らかの罰はあると思う。内容までは聞いてないけれど」


 食事も終わり、誰も居ない食堂で三人でテーブルを囲っていた。チトセさんからの報告を聞きながら、提供されたお酒を飲んでいたが、本当に今までのような監視の目はなく、居心地は最高だった。


「従業員の方も、忙しいのに楽しそうでしたよ」

「ずっとあったストレスがなくなったんだから、そら楽しいよ」

「見ていたが1人で回していたぞ。倒れなければいいが……」


 まぁ大丈夫だろう。自分の体力配分くらい分かってると思う。俺はぶっ倒れたが。


「暫くすればこの町も元通り。そうなったらあたし達はダンジョン探索だね」

「俺とウォルターの目的である全制覇とチトセの目的である帰還の方法、これが全部綺麗に終われば文句なしなんだがな」

「あたしに関してはほぼほぼ諦めてるから気にしなくていいよ。今更帰れるってなっても帰りたくないしね」


 そう言ってチトセさんは俺を見る。気恥ずかしいが、嬉しくもある。


「でもチトセさんにも家族が居るでしょう?」

「居るね~。でもウォルターも家族だし、ヴィンセントも仲間だし、どっちが大事かってなると……うーん、悩む。悩むから、帰りたくないって感じかなぁ」


 答えを出せという方が難しい、か。


「ま、気楽にいこうよ」

「そうですね。楽しくやりましょう」

「そういえば此処には魔剣はないのか?」


 そうだ。すっかり忘れていた。ヴィスタニアで魔剣を見つけたんだからきっと此処にもあるはずだと思っていたが、色んな出来事が嵐のようにやってきて何にも考えてなかった。


「つっても手掛かりらしい手掛かりは……」

「あれは確認した?」

「あれ?」


 チトセさんの言葉に、何かあったっけと思いながら首を傾げる。


「それも忘れたの? 駄目だなー、ウォルターは」

「教えてくださいよー」

「まったく、しょうがないな」


 チトセさんは最後の骨付き肉を手に取り、齧り、咀嚼し、飲み込む。更に酒の入ったカップを取り、グイっと呷る。中身が空っぽになるまで一息に飲み込み、そうやって最大限に引っ張ってから漸く、俺を見てニヤリと笑った。


「3つもあるでしょうよ、ブルーに貰った宝箱が」

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