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第五十三話 本性

 金属製の宝箱の正面には切り取られた背表紙だけが張り付けられていた。


「姑息な真似を……」


 本の題名に興味はないが、勿体ないことをする。宝箱の左右の本を引き抜き、両腕を突っ込んでゆっくりと引き抜く。こんな重い宝箱があるとはな……足の上に落としたら一瞬で持っていかれるわ。


 ガタガタと揺らしながらすこしずつ引っ張り、なんとか全部出す事ができた。張り付けられた背表紙の数は7つ。実に7冊分の大きさの金属製の箱だ。重くないはずがなかった。


「確実に怪しいわね」

「これでしょうね」

「見つけたか」


 ヴィンセントもやってきて三人で宝箱を見下ろす。まだ中身を検めてないが、こんな隠蔽工作までして怪しさ以外になかった。


「しかしどうする? これを持ち運んだら此処が丸々抜けてしまうが」

「そうだよ、バレバレになっちゃう!」

「俺に考えがあります」


 抜けた7冊分の補填。それには俺が見つけたラ・バーナ・エスタの書斎の本を使う。中身はなんて事のない本だから問題ない。ただの官能小説だ。


 虚空の指輪(アカシックリング)から取り出した本を詰める。幅はちょうどよさそうだ。


「でも本の色が……」

「ふふん、俺を誰だと思ってるんですか?」


 物を弄り回す才能だけに長けた男、ウォルター・エンドエリクシルである。本の表紙の色を変えるなんて訳ない作業である。


「天装錬化」


 宝箱の背表紙を指でなぞり、本棚の本へ触れる。部分的な錬装を可能にした天装錬化の力で背表紙の色素を別の本へと錬装した。緑色だった本は赤色へと変化する。


「凄い……」


 背表紙は色が抜けて黄ばんだ白色のように変化していく。全ての表紙が黄ばむまで1分も掛からなかった。色を失った宝箱は虚空の指輪(アカシックリング)に仕舞い込む。


「凄まじいな。その力は」

天装錬化(てんそうれんか)。錬装の奥義、かもな」

「かもなのか?」

「まだ上があるかもしれないし」


 ハロルドはまだ力を隠しているような気がする。できれば俺自身の力でその高みを目指したいところだ。


 と、それはさておき、だ。


「そろそろ引き上げましょう。長居し過ぎました」

「他に怪しい場所も物も見当たらなかったし脱出しよう」


 互いに頷き合い、隠遁の魔道具で姿を消した。


 それと同時に扉が開いた。


「ホランダー様、大丈夫ですか?」

「うぅー……」


 恐らく信徒であろう男に肩を借りたホランダーと呼ばれた男が入室してくる。俺達は扉の傍の本棚に身を寄せて屈みながら脱出のタイミングを見計らう。


 こういう時にも互いにぶつからないように動けるのは流石だなと頭の片隅で思いながら二人の様子を伺っていると、どうやらホランダーは酔い潰れているようだ。


 儘ならない足取りで、机や椅子にぶつからないように歩いているが信徒の男はガシガシと足をぶつけながら奥の扉を目指していた。


 今のうちに脱出するべきだろう。と、動こうとしたところで肩を突かれた。多分、チトセさんだ。


「ウォルター……」


 耳元でチトセさんの囁き声が聞こえる。ゾクゾクするからやめてほしい。


「あの信徒の男……カインだ」

「!?」


 カイン。ギルドの受付の男だ。蛇のような目をした怪しい男。チトセさんの古い知り合いらしいが、俺は奴を一方的に訝しんでいた。何か裏があるとは思っていたが、ホランダーと繋がっていたとはな……!


「二人は脱出して……私はカインを探る」

「危険です……!」

「大丈夫……いざとなったら始末するから」


 いや身の危険は案じてない。案じてるのはバレる危険性だ。まさにその始末という単語に危機感を覚えているのだがチトセさんは俺の肩を扉に向かって押す。ただでさえ、小さいとはいえ声を出している。これ以上の滞在は危険だ。


「ヴィンセント……出るぞ」

「……あぁ」


 低いカスカス声のヴィンセントが先に開きっぱなしの扉の向こうへ脱出する。俺の後に続く足音はない。チトセさんは本気で二人を探るつもりだ。


 仕方ない。此処で待っても得られるのは失敗だけだろう。俺とヴィンセントは二人だけで来た道を戻り、宿まで戻ることにした。



  □   □   □   □



 ベッドに寝かされたホランダーは入ってきた時と同様にうーうーと唸ってばかりだ。カインはホランダーを担いでいた方の肩をグルグルと回しながらグッと背中を反らせて腰をほぐしている。


「……っ、あぁ! 重いんですよ、ホランダー様は……ったく、怠ぃ」


 今まで見せた事のない口の悪さに、やはり此奴の本性はこうなのかと心の中で嘆息する。


 元々あたしは此奴のことが好きではなかった。赫翼の針(クリムゾン・ピアース)としてケインゴルスクにやってきて、ベラを仲間に加えて、ベラが抜けて、あたしが抜けて。その多くのやり取りはギルドで行われ、その殆どの事務処理を担当していたのがカインだった。


 当時のあたしはずっと悩んでいた。いくら探索しても日本に帰る手段が見つからず、その悩みが腕を鈍らせ、仲間の不況を買っていた。あたし自身もこの悪い空気を払拭したかったし、仲間もどうにかしたいと思っていたから新しいメンバーを探した。


 そしてベラが仲間に加わった。竜に変化する竜魔法の威力は凄まじく、その力はパーティー内の嫌な雰囲気も吹き飛ばしてくれた。


 けれど、それも束の間のことだった。ベラはあっさりとパーティーを抜け、再び悪い空気が充満していくのを感じた。


 これ以上、あたしの所為で迷惑は掛けられない。


 そう感じたあたしはすぐにパーティーを抜けることを皆に伝え、納得させた。脱退のやり取りをカインとしてその日のうちにケインゴルスクを出て、帰ってきたヴィスタニアでウォルターに会ったのだ。


「ホランダー様、お酒は程々にしてくださいね。アンタには長生きしてもらわないといけないんですから」


 ベッドの傍に腰を下ろし、足を組みながらギルドの制服のネクタイを乱雑に引き抜いたカインが薄っすらと笑みを浮かべながら言う。ホランダーはすでに小さくいびきをかき始めているからか、カインの言葉は聞こえていないようだ。それでもカインは独り言のようにホランダーに語り続けている。


「しかしベラトリクス様の魂石回収方針は有難い。一部を引き抜いたお陰で俺の懐もだいぶ潤いましたよ。アンタの竜狩りの売り上げも僕が管理しているんだから、これくらいの旨味はあっていいですよねぇ?」


 売り上げはカインが管理している……? じゃあ、ウォルターが見つけたあの宝箱は?


「とはいえアンタも馬鹿じゃない。どうせ書き写した帳簿を隠してるはずだ。まさかあの女が……ココノエが戻ってくるとは思わなかったからな」


 カインは苦虫を噛んだような顔で大きく舌打ちをする。あたしが何の関係があるんだ。ていうか此奴、あたしのこと呼び捨てにしてやがったのか。その蛇みたいな鋭く細い目でいつもあたしの乳を盗み見していたくせに偉そうな奴だ。殺していいか?


「ギルドで得た出立記録を報告して行先も全部監視していたが、あの女は強過ぎる。ホランダー様が監視下に置いたこの町でも管理しきれない異物だ。いずれ竜狩りもバレるだろうし、さっさとトンズラこいた方が身の為だ……だがその前に証拠だけはどうしても消さなきゃいけない。だからアンタを酔い潰したんだよ、ホランダー様」


 馬鹿な奴だ。あたしを警戒するんじゃなくてベラを警戒するべきだった。ただの若い子供だと思って侮っていたんだろうな。ベラは口調も幼いし背丈も小さいしあたしよりも乳が小さいから子供のように見えるが、あれであたしと同い年だし、あたしよりも頭が良いところもある。


 もう全部バレてるんだよ、カイン。


「さて……朝までに見つけないとな」


 組んでいた足を解き、立ち上がるカイン。開きっぱなしの扉から出てくるのを待たずにあたしは素早く出入口へ向かう。


「チッ、扉が開きっぱなしだったか。誰かに見つかったら洒落になんねーよ……馬鹿か俺は」


 ホランダーを抱えて入ってきた所為で全部の扉が開きっぱなしだ。詰めの甘さは身を滅ぼすということを身を以て教えてくれたカインに感謝しながら、あたしは扉が閉じられる前にホランダーの部屋から脱出した。

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