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第四十三話 行き止まりの先

 此処に来るまで、数多くの分かれ道があった。それはまるで人生だ。多くの選択肢。そしてその結果。選ばれた未来と、選ばれなかった未来。行き止まりに行き会ってしまった人生の結果。暗い道を這うことになった人生の結果。明るい光の下を歩くことができた人生の結果。


 そういった人生の選択肢、分岐点で正解を選ぶ確率というのはどれくらい高いのだろう。どれくらい低いのだろう。未来が視えるのなら、失敗を恐れず進めるのに。そんな考えをしなかった人間がいるだろうか。


 しかしそれは選択肢のない人生だ。選ぶことのできない人生。最初から最後まで決められた人生に意味はあるのだろうか。良き未来が決められていても、悪しき未来が決められていても、俺は、選べないことの方が恐ろしくて仕方がなかった。


「一旦休憩してから入ろうか」


 だがダンジョンにおいては分岐点や選択肢というのは無ければ無い程良い。此処に来るまでに一体幾つの分かれ道を選び、進み、行き止まりだっただろう。


 しかし漸く分かれ道は消え、最後に残った一本道だけが俺達の前に現れた。崖と崖を渡す橋のような道だ。まるで馬車が通るかのような横幅の広い道だが、その道の向こうは何も見えない闇が広がっている。落ちたら……なんてことは考えるまでもない。


「ふぅー……歩き疲れた……」

「ヴィスタニアからケインゴルスクくらいの距離分は歩いたんじゃないか?」

「それは流石に……いや、ありえなくはないな」


 もう暫く歩きたくないと足の裏が声を大にして言っている。それに俺は頷いてあげて、横になりたい。チトセさんが許してくれるのなら。


「息が整ったら行くよ」


 だが其処は有無を言わせない我らがリーダー、チトセさんである。つい自分を甘やかしたくなる時、しっかりと管理してくれるので本当に頼りになる。此処で座ってゆっくり食事なんてしてピンと張った緊張の糸が緩んでしまっては思わぬ事故を起こしてしまうかもしれないので、これくらいの小休止が正解だ。


 1分程休んだ後、チトセさんが先頭に立ってボスが居るフロアと橋を隔てる大扉を押し開く。そっと中を覗き込み、ボスが何者か確認している。


「竜ですか?」

「んー、いや、オーガかな。余裕そうだね」

「オーガか。新装備を試す相手としては少々不足だな」


 不敵に笑うヴィンセント。チトセさんだけではなく、彼にも新しい装備品を錬装していた。普段着ている黒いコートとはまるで反対の白い上着を着ている。白黒髪のヴィンセントだから似合っているが、普段の印象とはまったく違う。


 違うのはその特性も、その辺の装備とは一線を画すレベルで違う。あの上着、ああ見えて金属鎧よりも頑丈だ。『柔軟性上昇』と『硬度上昇』を重ねて錬装したお陰で布の柔らかさを保ちながら金属の硬さを実現することが出来た。他にも『熱耐性上昇』や『防刃耐性上昇』、『貫通耐性上昇』等も付け足した。


 燃えず、切られず、貫かれず。我ながらイカれた……いや、イカした装備が完成してしまった。作ってる内に楽しくなっちゃったんだよな。あれもこれもは俺の美学的に反するところあるが、これもまた実用性重視という訳で見なかったことにした。


 当然、俺やチトセさんの服にも同じ特性を錬装してある。衣装も新たに、装備も一新。これも俺が成長した結果である。


「さて、そろそろ行くよ」


 チラ、と俺達を見たチトセさんが扉を一気に押し開く。扉の隙間から覗いていた部屋はやはりまだ暗い。だが扉を開ききったと同時に設置されていた松明や篝火が手前から順に、勝手に灯っていく。


 その演出の先に鎮座していたのはダンジョンボスである赤いオーガだった。火の光に照らされた額の二本の角が照らし出される。恐ろしいのはその角だけではない。太い首、盛り上がった肩、俺の胴体くらいある腕。何より、座っているというのにその背丈は今、立っている俺達と同じくらいの大きさだ。立ち上がれば当然、俺達の倍くらいの大きさになるだろう。


 オーガは閉じていた眼を開き、俺達を一瞥すると足元に無造作に置いていた巨大な剣を手に取り、杖替わりにして立ち上がった。


「でっけぇ……」

「剣かオーガ、どっちのこと言ってる?」

「どっちもですよ……」


 何方かが小さいということは一切なく、両方とも漏れなくでかかった。剣を持ったオーガが肩をぐるりと回し、そして吠えた。


「ンガアアアアアアア!!!」

「来るぞ!」


 振り上げた大剣を一気に振り下ろす。前方に立っていたチトセさんとヴィンセントが左右に別れ、俺は後方へジャンプして躱す。剣を叩き付けられた地面は砕け、砂埃が舞う。


 巻き上がった砂埃を吹き飛ばすように火炎が噴き上がった。疑問にもつことすら愚かしい。我らが炎、赫炎だ。


「ハァッ!」


 最強の炎を灯した刀を振るうと、刃状の炎がオーガに向かって飛来する。暫く見ない間に新たな技を編み出していたようだ。


 オーガは大剣を盾に身を隠すが、その巨体は隠れ切れない。はみ出した肩や腿を炎の刃が焼き切っていく。

 血を流すオーガの顔は苦痛に歪むが、それで怯むような奴ではないらしい。勇猛果敢に剣を盾として構えたままチトセさんに向かって突進していく。


 しかしそれを許すような俺達ではない。


「背中ががら空きだ!」


 先程二手に別れたヴィンセントが自身の白い影”月影”から槍を生み出し、それを上段に構えて勢いよく振りかぶり、投擲する。真っ直ぐ飛んだ槍はオーガの左肩を貫く。


「む……狙いがズレたか。やるな」


 ヴィンセントは言葉通りに背中を狙ったのだろう。しかしオーガは槍が突き刺さる瞬間、重心を僅かに右にずらしたのだ。まさか後ろが見えてる訳でもないだろう。感覚でやってるとしたら天性の才だ。


 ヴィンセントはオーガが負傷した左側へと回り込む。敢えてオーガの視野に入ることでチトセさんに向く意識を分散させるつもりだろう。それと同時にチトセさんの攻撃の余波を躱す意味も込められている。


「ンゴアアアア!!!」

「喰らえ!」


 右手だけで剣を振り回すオーガへ、赫炎を灯した裂甲の爪撃が襲い掛かる。先程の幻陽による大きな炎の刃とは異なり、少し小さいが5つの炎刃が放たれた。


赫炎爪刃(かくえんそうじん)!!」


 俺もそうだが愛着のある物には名前をつけたくなる。だが攻撃にまで名前を付けた事はなかった。いや、魔法とか既に名前として定着しているものなら例外なのだが、自分で考えた技にまで名前をつけるという発想は俺にはなかった。


 しかしなるほど、とも思える。こうして名付けをすることにより、後世にまで伝えられるようになるのだろう。そう考えるとこのような必殺技名というのは凄く大事なことのように思えてきた。うん、俺も何か考えよう。何か格好良い技を考えるところから始めるとしよう。


 おっと、まだ実況の途中だった。チトセさんが放った赫炎爪刃がオーガを襲う。5本の刃は地面を削り、その向こうの壁まで傷跡を付けた。


 だがこれは地面や壁を傷付ける技ではない。対象となっているのはオーガだ。


「グガァッ……!!」


 爪刃はオーガの左腕を肩から切り落としていた。


「あの状態から避けるとはね。やるじゃない」


 無理矢理体を捻って避けたのだ。しかし避けきれるような技ではないのは確かで、ならばこそ代償にと選んだのは既に負傷し、使い物にならなくなっていた左腕だった。機転が利くというか何と言うか、ひょっとして此奴は戦闘の天才なんじゃないだろうか。


 失った左腕は塵となって消える。失った肉体はこうして消えるが、オーガの傷は消えない。切り裂かれた肩口からは血が出ているが、幸か不幸か炎で焼き切った所為で一部傷が塞がれていて大量出血とはなっていなかった。


 しかしこうなったら、いくら攻撃してきても無駄な抵抗だろう。とはいえ、こういう傷を負ったモンスターの抵抗が一番恐ろしい。こういう奴が相手の時こそ、《適材適所(パーティーヘルパー)》の本領発揮である。


「ガァァァァアアア!!!!」


 予想通り、命を投げ出したがむしゃらな猛攻が始まる。オーガが狙うのはその原因を作り出したチトセさんだ。


 それを防ぐ為、俺は虚空の指輪(アカシックリング)から引き抜いた魔剣プリマヴィスタを地面へ突き立てる。


氾濫する木々(アースフォレスター)!」


 上位属性である深緑の木魔法。以前イエローワイバーンに放ったのは攻撃魔法だが、これは防御魔法だ。プリマヴィスタを通して流した魔法が地面から大量の木々を生やした。高密度に生え連なった木々は大剣を通さない。


 すかさず魔力を回復させる回復薬を2本一気飲みする。これがないと連続して魔法を撃てないのは非常に情けないが、足りない部分を道具で補うのも錬装術師としての戦い方の1つである。


「そっち行くよ!」


 攻撃を邪魔されたのだ。怒りの対象が俺になるのは当然だ。しかしそれはまた背中をがら空かせることになった。


月鎌走(げつれんそう)


 ヴィンセントが自身の影に触れ、何かを滑らせるように地面を勢いよくなぞる。すると走り出した1本の白い影がオーガへと走っていく。そして白い影と黒い影が混じった瞬間、地面から白い大鎌の刃が飛び出し、オーガの足を貫いた。


 月影を使った遠隔攻撃か。しかも名前まで……。やはり技には名前が必要なのか。俺も履修しておかないと。


 さて、俺の目の前には腕を切り落とされ、足を貫かれたオーガが苦し気に立っている。ヴィンセントの攻撃の衝撃で大剣も手落としており、距離的も少しあるので殴りも何も届かない。


 オーガの目の前には魔力を回復した俺が居る。


 つまり、とどめ担当ということだ。


「決めるぞウォルター。頑張れウォルター!」

「自分を応援してる……」

「言うなチトセ。ウォルターは慣れてないんだ」


 雑音に耳を傾ける余裕はない。慣れてないので。


 プリマヴィスタに魔力を込め、力を貯める。翠王銀の刃が淡く輝き、深緑属性が宿る。輝く魔剣を手に、オーガに歩み寄る。


「ンゴァア!!!」


 動けないオーガの最後の抵抗である右手の殴り下ろし。それを体を反らし、捻ることで避ける。それと同時にプリマヴィスタでオーガの胸を裂いた。


「ガハァッ! ガ、アガッ……アガガガガ!!」


 斬ることで発動した深緑魔法の名は『生え裏返る魔樹(ウッドスタック)』。生えた木が裏返り、包み込んで圧死させる気味の悪い魔法だ。しかし使い勝手は非常に良い。こうして魔法を乗せた刃で斬ることで対象を木で包んで身動きを取れなくすることが出来る。魔力量を上げる特性装備を十分な数用意することができれば一体一体じゃなく、群れを抑えることも出来るかもしれないという夢のある魔法なのだ。


 ぐにゃぐにゃと生えた不揃いの木に包み込まれ、出来上がった木の玉が地面に転がる。木々の隙間から黒い塵が零れ落ちる。


 オーガの声はもう聞こえなかった。

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