第四十二話 最初のダンジョン
宿を出た俺達は一路、ギルドへと向かった。道中の視線は気にならない。いや、気にすると此方へ向いている視線は確かにあったが、気にしないようにしていた、が正しかった。
「まずあたし達が向かうダンジョンは初級からで、順々に難易度を上げていくね」
「了解です」
「分かった」
ギルドでダンジョンへの出征登録をしてから向かうのがギルドに所属する冒険者のルールだ。ギルドでは先日少し話したチトセさんの顔見知りのカインだった。昨日は俺も新しい町に来たということで気もそぞろでよく見ていなかったが、このカインという男、声色や口調は優しいが目が鋭かった。いや、別に悪口ではないのだが、人を見る際の眼光というか、そういった見方が強かった。まるで人を探っているような……悪く言えば、値踏みしているような。
この男が、教団に報告した……?
「いや、まさかな……」
「ウォルター?」
「や、なんでもないです」
顔を覗き込んでくるチトセさんに曖昧な笑みを返す。顔見知りの男を疑うなんて良くないことだな。忘れよう。
そう思っていたのだが、忘れようにもあの細く鋭い目が、俺はどうしても忘れられなかった。
□ □ □ □
扉の向こうに広がるのは整然とした石造りの通路だった。
此処はアルルケイン山脈内部へと広がる通路型の初級ダンジョン『折り返しの道』だ。内部に広がると説明したが、そんなに広くはない。その為、名称に『折り返し』と名付けられている。枝分かれする道は多いが、その殆どが行き止まりなのだ。行ったり来たりが多いので迷いやすいが、それにさえ気を付ければさほど難しいダンジョンではない。
「8番通路2番目の分かれ道は行き止まり、と」
歩いた成果を紙に書く。こうして地図に書けばミスは減る。気持ちとしては通路を二本線で描きたいところだが、どれだけ広いか分からないので一本線で描いている。こうして歩いた場所を線で描いていくと、何だか枯れ木のようにも見えて少し楽しい。といっても、まだ枯れ枝程度なのだが。
「これ完成したら売れますかね?」
「どうだろう。あれば楽かもしれないけど、皆買うかな?」
楽か楽じゃないかは攻略において重要だ。
まず、荷物が減らせる。何においても重要なのは荷物だ。想定している攻略日数から逆算して食料等の用意をするのが基本だが、これが一番大変だ。腐らず、保存がきく物を大量にというのは簡単じゃない。栄養が偏ってもいけない。その辺を考えて用意するのは楽しくもあるかもしれないが、決して楽ではなかった。
水もなくてはいけない物だし、量が必要になる。だがこれに関してはある程度の楽というか、ズルが出来る。金を使って水属性の魔宝石を使った魔道具を買えばいいのだ。魔宝石に魔力を送れば属性由来の結果が生まれる。水属性なら、水が発生する。これを水筒に組み込めば、魔力で生み出された水をその場で飲むことが出来るのだ。
勿論、魔宝石の純度で使用回数は決まってくるが、其処もまた金を使えば更に楽が出来る。チトセさんはこれを向こうの言葉で『ペイトゥウィン』と表現した。金を使えば楽が出来るのは、此処も向こうも同じなのかもしれない。
「そろそろ休憩だな」
15番通路を進んだ先で4つ目の行き止まりに到着した時、ヴィンセントがそう言ったのには分かりやすい理由があった。此処には椅子とテーブルがあったからだ。きっと誰かが持ち込んだのだろう。それを冒険者達がそのまま使い続けているのが見て分かる。
「お腹空いた~」
「すぐ準備しますね」
虚空の指輪からまず取り出すのは綺麗な柄の大きな四角い布だ。チトセさんがヴィスタニアで一目惚れして買ったらしいが、こういうところから気配りするのが大事だそうだ。四角いテーブルに対して頂点をずらして垂らすのが良いらしい。
「ふふふ~」
「嬉しそうですね」
「お気に入りの道具を使うのって楽しくない?」
「あー、分かるかもしれません」
なるほど、そういう感覚か。飯食うのに布なんていらなくないかと思っていたりもしたが、確かに好きな物を傍に置くのは良いかもしれない。どんな時でも好きなものが視界に入っていると辛い時でも楽しくなれる。
どんな過酷な場所でも、チトセさんと一緒なら苦じゃないのと同じだ。ヴィンセントもまぁ、嫌いじゃないので同行を許可するとしよう。べ、別に大好きって訳でもないんだからな!
「おいウォルター、何をニヤニヤしてるんだ。お腹空いた」
「う、うるせぇな……ちょっと待ってろ」
しまった、妄想して顔が緩んでしまった。誤魔化そうにも誤魔化せず、恥ずかしさでヴィンセントに八つ当たりしてしまったが、お腹が空いているのは俺もだ。チトセさんも待たせるわけにはいかない。
「よし、食べましょう」
食料の話をしたが、虚空の指輪という魔道具は究極のペイトゥウィンだろう。金は一切使っていないが、仮にこの魔道具を売りに出せば買いたいという人間は、それこそ数えきれないくらいに居るだろう。
この指輪さえあれば、どんな時でも温かい食事と水が用意した分だけ出てくるのだから。
休憩を済ませた俺達はその後もダンジョンを進んだ。幾つもの分岐。幾つもの行き止まりを見つけ、その度にモンスターの襲撃を受けた。道中、曲がり角での奇襲や通路での挟み撃ちを警戒していても一切襲撃はなかったが、こうして行き止まりに来るとほぼ必ず背後からモンスターがやってくるのがこのダンジョンの特徴らしい。たまに無い時もあるが、10回に1回くらいなもので、大体はゴブリンやゴボルトといった小型の亜人種系モンスターが多かった。
「あれだけ竜は狩るなと言ってたのに爬虫類系のモンスターは全然出ないな」
ヴィンセントもそう言うくらいに、亜人種しか出現しなかった。
「せめてリザードマンくらいは出るかもと思ってたんだけれどね」
赫炎を灯した刀、『幻陽』を振るうチトセさんは少しがっかりしているようにも見える。俺としては強力なモンスターが出なくてホッとしているのだが、戦闘職の二人には物足りないようだ。
「ゴブリン相手に新装備をお披露目するのも、なんか勿体なくて」
そう言ったチトセさんは左手をワキワキと動かす。その手に装着されているのは赤いガントレットだ。右手にも装着されているが、左手にだけ指の先端に『爪』が付いている。
言うまでもなく、と言うと少なからず自慢が入ってしまうがこの装備は”赫炎”耐性が備わっている。両手ともだ。左手の爪部分には赫炎の他に『硬度上昇』と『自動研磨』の特性を更に盛っているので、赫炎を灯した爪撃は必殺の一撃となる。ちなみに『自動研磨』は文字通り欠けたら自動で鋭くなるように研がれるのだが、爪自体は消耗品となる。まぁ俺が居ればいつでも補充出来るので問題ない。
チトセさんは剣撃士という職業だ。これは二刀を自在に操る職業なのだが、現状武器は1本しかない。刀が中々見つからないのだ。その為と言うと驕りにも聞こえてしまうが、せめて何かもう一つ武器をと考えた結果が防具兼武器であるこの装備だった。
銘を『烈甲』というそうだ。例によって例に漏れず、チトセさんが名付けた。彼女は装備品に名前を付けてるのが好きらしい。なので俺は装備品は名前を意識せずに作る必要があるが、イメージという材料を使うなというのは中々難しい。しかし実用性だけで作るというのも、中々楽しかった。
「そろそろ分かれ道も少なくなってきましたし、ボスも近いんじゃないですかね」
「張り切ってきた! 急ごう!」
「ちょ、チトセさん!」
走りこそしないものの、早足で先を行くチトセさん。薄暗い危険なダンジョンだというのにその後ろ姿からは楽しさしか伝わってこない。
ダンジョン攻略を楽しむというのも、強者には必須なのかもしれない。
「急ぐぞ、ウォルター。チトセがボスを倒してしまう」
「あぁ!」
それはヴィンセントにも備わっている素質だった。ならば俺も、この攻略を楽しむとしよう。
勿論、油断はせずに、だ。