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第四十一話 不意打ち

 方針会議を終えた俺達は宿の食堂で夕飯を食べ、そのまま部屋に戻った。部屋の中で出来ることと言えば寝るか錬装くらいなもので、とりあえず眠くなるまで装備の純度を上げていった。


 翌日。この監視体制の整った町でどう過ごそうか考えながら3人で食堂へ行く為に階段を下り、1階へと行く。広いエントランスを横切ればすぐに食堂なのだが、そのエントランスが人で埋まっていた。彩る色は白一色。その中心には黒と深緑の髪の女が赤い目を爛々と輝かせながら腕を組み、立っていた。


「やぁ、チーちゃん。久しぶり~」

「ベラ……これは何の騒ぎ?」


 『逆鱗亭』に押し寄せたのは竜教そのものだった。どういうことだ、展開が早すぎて脳が追い付かない。


「今日はお詫びに来たよ~」

「お詫び、ね。詫びられるようなことはなかったと思うけれど」


 今此処で戦闘になったらまず大惨事になることは間違いない。負けることはなさそうだが、無事では済まないのは予想出来るからか、チトセさんの口調も硬い。


「うちの人間がちょっかい出しちゃったみたいでね~。これは私の指示じゃないんだけど責任者としてね」

「あー、まぁ、別に気にしてないよ。あたし達はね」


 あたし達以外は気にしてる、と。そんな言外のやり取りが聞こえてくるが、ベラトリクスは敢えて聞こえない振りをしてニコリと微笑む。


「そっか。それなら良かったよ~。朝っぱらからごめんね! じゃあ、ダンジョン行くんだっけ? 気を付けてね?」

「ありがとうね。じゃあ、通してもらってもいい?」

「どうぞどうぞ~」


 快く道を空けてくれる教祖様。だがその空けた道を塞ぐ者が居た。ベラトリクスが引き連れてきた信徒の内の1人だ。見上げるような大男で、背中にはこれまた太くて長い槍を背負っていた。


 この展開に青褪める。大男が出てきたからではない。教祖が自ら空けた道を塞いだこと。そしてチトセさんの前に立ちはだかったこと。この二つの点で、此奴が終わったこと。その結末を今から見なければならないことに、俺は青褪めた。


「教祖様、流石にこれは許せねぇ」

「はぁ?」

「この女の態度が気に食わねぇ! 教祖様に対してなんて不遜な態度だ! 竜教を舐めてるとしか思えねぇ!」


 酷く冷めた態度のベラトリクスは、組んでいた腕を解いた。


「おい女ァ! てめぇ、そんな態度でこの町に居られると思ってんのか!? 竜教のお膝元で教祖様に向かって……」


 チトセさんの態度が気に食わない。なるほど、自分が崇め奉る教祖様を蔑ろにされたというのは理解出来る。だが今回に関しては教祖とチトセさんは旧知の間柄ということと、無実の冒険者を監視したという点で非があるのは竜教だ。勿論、監視は公然の秘密なのかもしれない。だがその仕組みを知らない俺達に露呈したらそれは汚点となる。


 俺が思うに、恐らくだが信徒からの報告では俺1人についての報告しか上がってなかったのだと思う。妙な奴が居る、と。しかし特徴を聞いてみたところ『二色(にしき)』の可能性が出てきた。だから教祖自らやってきた。そして少し話してみて問題ないので監視を続けてみたら、元《赫翼の針(クリムゾン・ピアース)》設立者であるところの”赫炎”のチトセや、《平和事件首謀者》の”月影”のヴィンセントまで出てきた。これは拙い、と教祖がやってきたというのが真実だろう。


 そういった些細なミスから露呈してしまった事への負い目がある竜教が、これ以上失態を晒さないようにわざわざ教祖が足を運んだのだ。そして、それをこの大男は台無しにしたのである。


 空けた道のど真ん中であり、宿のど真ん中である場所で背中の槍を手に取った大男は頭上でブンブンと振り回し始めた。これ見よがしな武器と動作は流石に覚えがあるらしく、吹き荒ぶ風からその威力が伺える。


「さぁ教祖様の前に跪け! でなければこの槍の錆にしてくれ……あ?」


 上手に頭上で回していた槍は、しかし一瞬にして消えた。いつの間にか手の中に槍がないことに気付いた大男は腕を下ろし、両の手を見るが其処に槍は跡形もない。


 次に大男は周囲を見始めた。すっぽ抜けて、何処かへ飛んでいったとでも思ったのだろう。だがそれは違う。槍は奪われたのだ。彼が信仰する宗教の教祖によって。


「きょ、教祖様……?」

「あのさぁ、私が道を空けたんだから、塞がないでくれる?」


 ズン、と空気の重みが増した。竜の威圧だ。俺はつい昨日味わったが他の面々は初めてらしく、信徒や野次馬含め、腰が抜けている者が多い。膝が震えているくらいならまだマシな方だ。俺は全然、腰も抜けてないし膝も震えていない。ただ、極寒の山の中に居るような、体の芯が震える感覚が酷かった。


 さて、大男はどうなったか、一言で言えば最悪だった。


「あ、ぁあ……」


 白いローブの下半身が黄色く染まっていた。床までびっちゃびちゃだ。しかも量が尋常じゃない。


「あんまりこういうこと、言いたくなんだけどさ~」

「ぁの、あのあの……っ」

「ウザいんだよね。こういうの。君らもさ、私、ついてこなくていいって言ったよね~?」


 ベラトリクスの苛立ちは納まらず、周囲の信徒にも振り撒く。良かれと思ってついて来た信徒にしてみればまさかの展開だろう。ベラトリクスもあんな口調だから本気にしていたとは思えない。だが訴えは訴えで、本気だったのだ。


「ベラ、もういいでしょ。皆怖がってる」

「あ~、そうだね。私も大人げなかったよ」


 威圧を引っ込めたベラトリクスはにへらと笑う。


「じゃあ帰るよ~。チーちゃん達は気軽に過ごしててよ。何か用があったらうちに来てくれればいいからさ」

「うん、その時はお邪魔するね」


 飽く迄も対等の立場で会話をする二人。先程の威圧の件もあって、二人の位置が遥か高みにあるように思える。

 ベラトリクスは言葉通り、さっさと帰っていった。あまりにもあっさり帰ったことに信徒達は慌てて後を追う。大男は後処理もせずに転がるように這い出ていった。


 朝から起こった大騒動。それが収束した後も、俺達は何かあるんじゃないかと不用意に動くことができなかった。


「いつまでそうしてるの? 行こうよ」


 そんな沈黙をあっさりと破ったのはチトセさんだった。投げかけた会話は俺とヴィンセントに向けてだったが、野次馬である宿泊客や、従業員も慌ててエントランスから退散していった。


 残ったのはチトセさんの知り合いの従業員、リーナだけだった。


「チトセ」

「ごめんね、リーナ。騒がしくしちゃって」

「ううん、此方こそごめんなさい。前来てくれた時はこんなことなかったのにね」

「そうだね……町の雰囲気も少し変わったね」


 俺は初めて来たから分からないが、チトセさんに言わせれば、以前はもっと和気あいあいとした柔らかい雰囲気の町だったそうだ。俺が抱いた感想はどうだっただろう。……お腹空いてたことしか覚えてないな。


「後始末はうちでしておくから、気にしないで。お二人も、こんな町だけど良い所も沢山あるから嫌いにならないでくれると嬉しいな」

「あぁ、堪能させてもらう」

「料理めちゃくちゃ美味しいです。宿の食事も最高でした」

「ありがとう……っ!」


 潤んだ目でお礼を言うリーナさんに気にしていないことを再度伝え、俺達は逆鱗亭を後にした。

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