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第三十九話 邂逅

「じゃあ3部屋でいいね?」


 リーナさんがテキパキと書類に記入していく。


 ヴィンセントの介入で感動の再会が妨害された時は一瞬、険悪なムードになりそうになったが相手が有名人ということに気付き一転、歓迎の色が濃くなった。積もる話もあるだろうしと俺が口添えしたことでチェックインはつつがなく完了した。


 俺達が借りた部屋はまさかの3階奥、突き当りの角部屋から順に手前へ3つ分だった。良い場所だ。部屋まで続く廊下の窓から見える景色は屋根、屋根、屋根。様々な色が散らかった風景は独特のもので、眼精疲労と風光明媚の仁義なき戦いである。


「じゃあ解散ってことで。あたしはリーナと話してるから、2人も自由行動ね。夕食食べたら今後の方針決めよう」

「了解です」

「分かった」


 各々の部屋の扉の前に立ち、別れる。俺がお世話になる部屋は309号室だ。ヴィンセントが308でチトセさんが310。挟まれる形にはなったが、まぁ騒がしいこともないだろう。


 虚空の指輪(アカシックリング)のお陰で下ろす荷物もない俺は一先ずベッドに飛び込む。


「悪くない」


 硬くもなく、柔らかくもない感触は俺好みだ。硬いと勿論、体が痛くなって辛いがふかふかと柔らかいのも実はあまり好かない。寝相が悪い身としては身動きが取れないのは不便なのだ。


 暫く何を考えるでもなく天井を眺めていたが、ふと瞼が下りようとしているのに気付いて慌てて飛び起きた。まだ寝るには早いし、寝るより先にすることがある。ベッドから下りた俺は指輪から剣立てとプリマヴィスタを取り出す。それをベッドから見える位置に置き、眺める。一種のおまじないだ。これを見れば俺はまだまだ頑張れる気になれる。


「さて……」


 この宿は防犯もしっかりしてるし、治安も良い。らしい。チトセさんが言うにはだが。信用はしているが、万が一ということもあるし出掛ける時は魔剣だけでも持っていくとしよう。出先でトラブルがあった時も、これさえあればある程度は解決出来るだろうし。


 現在は昼の少し前だ。窓から見える景色は町の景色が一望出来る。見下ろすと左右に伸びる大通りが見える。行き交うのはやはり冒険者や信徒が多い。各々、手に串や器を持って歩いている様子から早めの昼食といったところだろうか。


「お腹空いたな……」


 自覚のなかった空腹感が刺激され、急激に食欲が高まってくるのを感じる。となればこうして突っ立っているのは時間の無駄だ。俺は立て掛けたばかりのプリマヴィスタを手に取り、指輪の中へ仕舞うとさっさと部屋を後にした。


 宿の外は上から見た時同様に人の波が寄せては引いてを繰り返している。その波の間を潜り抜け、漂ってくる香ばしい香りに引き寄せられるように足を運んだ。


 辿り着いたのは鉄板の上で転がされる肉の山だった。旨くない訳がない。気付いたら俺は一皿購入し、あっという間に平らげていた。当然それで俺の胃袋が満ちる訳もなく、俺は更なる美食を求めて通りを徘徊するモンスターになってしまった。


 それから暫くして。


「ふぅ……ふぅ……もう食えん……」


 俺は裏路地のベンチに転がっていた。目に映る世界は屋根の裏側と空だけだ。あれだけ色とりどりの屋根も逆光で、しかも裏側となれば色は等しく黒色だ。空の青との2色の世界はきっとこの町では中々見られない光景かもしれない。


「……」


 こうして何もせずボーっと時間が過ぎるのを楽しむのは久しぶりだった。錬装術師になってから、駆け抜けるように此処までやってきた。思えば立ち止まることは一度もなかった。何もしないというのも、たまには良いかもしれない。


「ふぁ……」


 流れる雲を眺めていたら、満腹感からの眠気が……。気付けば俺はすっかり眠ってしまい、起きたのは日暮れ直前だった。


「何やってんだ……」


 此処は慣れ親しんだヴィスタニアとは違う。顔見知りも居ないし、安全が約束されている訳でもないのに馬鹿か俺は。


 硬い木のベンチで凝り固まった背骨を折りながら起き上がる。


 目の前に人が立っていた。


「ッ!?」

「やぁ、おはよ~」


 確かにさっきまでは人の気配なんて一切なかった。いや、それもおかしな話だがこんな傍に人が立っているような気配は確かになかった。なのに此奴は一瞬にして現れ、俺の前に立っていた。

 白いローブを身に纏っている様子から信徒のようだ。声は高い。深く被ったフードと夕闇の所為で顔ははっきりと見えない。その不気味な様子から、馬鹿な俺は今更気付いた。このローブを着れば傍目には信徒に見える。であれば誰が着ても信徒として街中を歩けてしまうのだ。例え犯罪者や、闇ギルドの人間でも。


 身に付けていた『身体力上昇』の指輪に魔力を込め一気に飛び上がり、距離を取る。


「何者だ!?」

「何をそんな怒ってるんだい? ただの信徒だよ~」

「ただの信徒……? 信用出来ない」

「えぇ~……」


 緩い口調が余計に神経を逆撫でする。しかしそれは俺の油断が招いた逆ギレである。俺の中の冷静な部分はそれを重々承知しているのだが、昂った神経がそれを抑えてくれなかった。俺の中では絶華ノ剣プリマヴィスタを抜く準備すら出来ていた。


「いやね、今日来た冒険者が裏路地で寝てるって信徒から聞いたからさ~。どんな豪胆な奴だろうかって見に来たんだよね~」

「そんなことは聞いてない。お前は何者かって聞いているんだ!」

「あぁ、もしかして聞いてない?」


 影の所為で口元しか見えないが、にんまりと笑った其奴はフードに手を掛け、そしてあっさりとそれを外した。


 中から現れたのは黒と深い緑の長い髪。赤い目。左の頬には黒い竜の鉤爪の入れ墨。


「じゃ~ん!」

「……」

「……あれ?」

「いや、だからあんた、誰なんだ?」


 知らない奴だった。いや、特徴からして『二色(にしき)』ということは分かる。只者ではないことも。しかし知らない人間だった。……いや、1人心当たりがある。だがまさか、こんな場所に居るはずがない。だって彼女は教祖で、偉い人で、こんなに気軽に外に来れるような人間ではないはずだから。


「おかしいなぁ。チーちゃんから聞いてない?」

「チーちゃん?」

「うん、チーちゃん。チトセ・ココノエ」

「チトセさんを知ってるのか?」

「知ってるも何も、元パーチーメンバーだよ~」


 その情報は知っている。此処に来る前に聞いた新鮮な情報だ。しかしそれを元に俺の中で組み上げた人物像と、目の前の本人があまりにもかけ離れていた所為で気付けなかった。いや、信じられなかった。


「もしかして……ベラトリクス・ヨルムンガンド?」

「せいか~い!」


 信じられなかったが、確かに目の前の人物はこの町で一番上の座に居る竜教二代目教祖、竜に変化する魔法を使う二色、ベラトリクス・ヨルムンガンドその人だった。


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