第三十八話 パーティー
町の入口で手続きを済ませた俺達はその場で御者と別れ、3人並んで大通りを歩いていた。行き交う人は2種類だ。即ち、冒険者か信徒である。冒険者は金属、革、布、素材はどうあれ防具に身を包み武器を持つ。
そして信徒は皆一様に白い布を身に付けていた。ローブのように身に纏い、フードにして全身を覆う姿はなるほど、宗教関係者としては非常に分かりやすい。そして腰部分で絞ったベルトには必ず銀色の竜の手を象ったアクセサリーをぶら下げていた。竜の四肢を意味するのだろう。
日は頂点から外れ、斜に構える頃合いで日当たりは良好だ。お昼過ぎということもあって大通りは露店や商店で賑わっている。一仕事終えた冒険者達も互いに皮算用をしながら歩く姿はヴィスタニアでもよく見た光景で何処か安心感があった。
「さて、まずは冒険者ギルドで到着報告だね」
「それから宿もですね」
首肯するチトセさんの後に続く。この町の土地勘に関してはチトセさん頼りになるので俺とヴィンセントは親鳥の後に続く小鳥のように追従するのみである。
ギルドは大通りの中程にある大きな噴水広場のある交差点という立地に建築されていた。これもまた冒険者と信徒の対立を防ぐ為の、冒険者側へのある種の条件というか、条約かもしれないと思うとよっぽどやばいレベルでの対立だったのかと今更に緊張してしまう。しかし何処にでもあるな、噴水広場。癒し効果は絶大か。
外観は白い壁の綺麗な建物だ。というか、この町の家屋、見える範囲に建てられているのは全部壁が白い。お陰様で反射して目が痛い。屋根と扉はそれぞれ色が違って、様々な組み合わせがあって面白い。が、その中に青色の屋根だけはなかった。竜教の権威というのは馬鹿に出来ないようだ。
赤い屋根のギルドの黄色い扉を開けると、中は多くの人で賑わっていた。町で見た冒険者姿の人間も多かったが、意外だったのは竜教の人間の姿も多かったことだ。あの分かりやすい白いローブ姿の上から鎧を身に付けている姿は正に僧兵である。ロングソードからショートソード、メイスからランスまで幅広い装備の僧兵が居ることに驚いている間にも、チトセさんはさっさとカウンターへと向かっていった。
「おい何してるんだ。早く行くぞ」
「あぁ」
ヴィンセントに急かされ小走りで後を追う。そんな俺が珍しいのか、突き刺さる視線の数に緊張感が走る。だがこれは想定していた。長身美形白黒頭のヴィンセントが居る時点で目立つのは当然だったし、チトセさんだって此処では名が売れた存在だ。ビジュで目立つ男と存在で目立つ女と並び立つ俺。雑用か、はたまた同列か。品定めする視線から逃れるのは難しい。
視線の矢を掻い潜るようにカウンターへ辿り着くと、チトセさんとギルド員の会話が盛り上がっていた。
「本当にお久しぶりです。お元気そうで良かった」
「カイン君も元気そうで安心したよ。んじゃあまぁ、また暫く世話になるからね」
「了解です」
カインと呼ばれた受付担当の男は白いローブを身に纏っていた。竜教の人間だ。こうして見るとやはり気になるのは冒険者と信徒の関係性だった。竜を狩っていた者と竜を信じる者、険悪にならないのだろうか?
「其方がヴィンセント・シュナイダーさんですね。お噂は耳にしております」
「すまないな。迷惑を掛ける」
「いえ、僕が耳にしたのは孤児達を支援しつつヴィスタニアの全ダンジョンを制覇したという逸話ですよ。迷惑だなんてとんでもない。此処、ケインゴルスクでも伝説を刻んでもらいたいものです」
「そうか……すまないな」
明るくなったとはいえ、やはりまだ過去の行いからか、少し自分に自信が持てないようで卑屈さが見え隠れする。だが俺はそれを悪い事だとは全く思ってない。これもヴィンセントの性格なのだろうし、それを言えば俺も俺自身が誇れるような人物だとは思っちゃいない。そも、俺が言えた事ではないのだ。
「そして其方が……”灰装”のウォルター・エンドエリクシルさんですね。錬装術師という職業は僕も寡聞にして聞いたことがありません。何でも、錬装という力で装備と装備を融合させられる、とか」
「まぁ、そんな感じです」
「それは素晴らしいお力です。おっと、僕は口が堅いので言い触らすような事は致しませんので、ご安心ください」
「はは……よろしくお願いします」
自分で口が堅いなんて言う奴の事は信用出来るか? いや出来ない。タチアナとかいう前例がある訳だし。だが此処はまぁ、チトセさんの顔を立てるということで一旦は信じておくとしよう。
「しかしこうして『二色』が勢揃いとなると圧巻ですね。パーティーも組まれてるようですし、これは赫翼の針の復活ですか?」
「いやいや、そのパーティーはもうあたしのじゃないし。ていう現在進行形で活動してるし」
「そうでしたね。となると新たなパーティー名は何ですか?」
「……考えたこともなかった」
そうだ。俺もチトセさん同様にパーティー名なんて考えもしなかった。そも、この集まりは俺とチトセさんの相性を確かめる為だけの、計画性もクソもない急拵えも急拵えなパーティーだった。其処に紆余曲折があってヴィンセントが加入し、元々の意味合いもへったくれもない才能と人材の寄せ集めでしかなかった。
「今決めるか?」
「急だな、おい。何か案はあるのか?」
ヴィンセントは得意げに人差し指を立てる。そしてその立てた指で僕の胸を突いた。
「お前のセンスに頼らなければ、良い物が生まれる」
「張っ倒すぞ」
「そんなすぐ決まらないよ。今度にしよう」
チトセさんの一声でパーティー名は持ち越しになった。まぁ優先順位は低いか。
ギルドを後にした俺達は一度、宿に向かうことにした。町の様子も気になるが、まずは腰を落ち着けたかった。
「世話になる宿は何処にあるんだ?」
「もう見えてくるよ。あたしが何度も利用してる良い場所だよ」
チトセさんの言葉の通り、見えてきた建物は3階建ての大きな宿だった。緑の屋根に赤茶色の扉が良く合っていて可愛らしい。下げられた看板には『逆鱗亭』と書かれていた。見た目に反して語気が強い……。
勝手知ったる他人の家と言わんばかりに扉を開き、ズンズンと進むチトセさんに遅れないようについて行くとカウンターで事務作業をしていた女性が来客の気配に顔を上げる。その表情はチトセさんを見るなり驚いたように目を見開き、そして破顔した。
「チトセ! 久しぶり!」
「リーナ、ただいま!」
リーナと呼ばれた女性にカウンター越しに抱き締める姿を見ながら、どうしたものかと立ち尽くす。邪魔する訳にもいかないし、かと言ってこうして立っていても仕方がない。
と、悩んでいると隣のヴィンセントはスタスタと歩いて行った。
「すまない、泊まりたいんだが」
ヴィンセントのこういう所を見習うべきか見習わないべきなのかが、俺が抱えてる幾つかの悩みの一つだった。