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第三十五話 草原を抜けて

 涙をこぼす友人に別れの挨拶をし、長年住んだ町を離れて始まった旅ではあるが、旅という程壮大なものでもない。俺達は町と町を行き交う循環馬車に揺られながら外の景色を眺めるくらいに暇だ。これは旅ではなく、移動だった。


「お菓子ある?」

「何個目ですか、もう」


 チトセさんに催促され、虚空の指輪(アカシックリング)から砂糖が掛かったシュークリームを取り出す。袋に入ったそれを受け取ったチトセさんは溜息交じりに答える。


「覚えてない」

「6個目だな」

「数えんな」


 俺の隣に座るヴィンセントが外を眺めながら答える。外見ながら数えてたのか。


 馬車が往く道は石畳で構成されているお陰で、ぐちょぐちょの泥濘に埋まることも、石で跳ねて車輪が傷つくこともない。ガタガタとした揺れだけはどうしようもないのが辛いところだが、これも贅沢な話なのかもしれない。


 流れる景色はゆっくりと変わっていく。ヴィスタニア周辺は草原地帯だ。『ヴィスター大草原』と呼ばれる広大な草原が広がっている。この草原にはモンスターも多い。ゴブリンやコボルトといった亜人種や、草原を駆ける鋭い牙を持つ狼、セイバーウルフ。そしてグラスマンティスと呼ばれる大型のカマキリも存在している。草原の王者だ。


 だがそんな草原の王者をも捕食する野蛮なモンスターも居る。竜が住むと言われる『アルルケイン山脈』から下りてきた翼竜種だ。翼竜種の代表である『ワイバーン』や、羽根を持った蛇『スカイスネーク』等が多い。多いといってもあんまり下りてくることはないが、下山されたらヴィスタニアで警報が発せられる。”直ちにこれを討伐せよ”と。


 マンティスが出現する草原は段々と土の色を増やし、やがて岩場の多い風景へと変わっていく。此処からはアルルケイン山脈の麓へとなる。山に近付くに連れてワイバーンの出現率は上がるし、そもそもモンスターの分布も変わってくる。


「そういえば最近はワイバーン、下山してないですよね」

「あたし的にはそろそろじゃないかと思うんだよね」

「その根拠は?」

「そろそろ山の気温も下がってくる頃だし、餌が少なくなるから」


 俺が虚空空間で作業に没頭している間に、季節はそろそろ寒冷期へとなりつつあった。



  □   □   □   □



 馬車の揺れが止まる。見飽きた景色を見ない為に下ろしていた瞼を上げ、窓の外を見ると空は赤く染まり、真っ赤な夕陽が、その体を地平線に擦り付けようとしていた。


「お客さん方、野営場に付きましたんで各々準備の方お願いしますわ!」


 御者の声に俺達は凝り固まった背骨を鳴らしながら馬車を下りた。


「くぁぁ……もう、バッキバキだわ!」

「流石にきついですね」

「外の景色を見るのは楽しかったけどな」


 ウキウキで外見てたのはお前だけだよ……。


 馬車が止まった場所は開けた場所ではあるが、周囲を岩で囲まれた場所だ。自然の要塞のような場所だ。昼間は飽きる程に見ていた草原も此処にはない。ポツポツとした草木はあるが、草原と言うには少し心もとなかった。


「あの辺かな」


 チトセさんが指差した場所は平たい岩が等間隔に円状に置かれていた。此処を通る人達が野営している場所だろう。結構な頻度で長く使われていたのか、岩の表面は服や鎧で削れて滑らかになってきている。


「真ん中で焚火ですかね」

「だね。薪ちょうだい」


 アカシックリングから薪の束を取り出し、チトセさんに手渡す。薪を結ぶ紐を手に取り、肩に掛けて歩く後ろ姿は勇ましい。


「暗いな」


 俺の後ろで呟いたヴィンセントが懐から取り出した『月光』を解き放ち、明るい光が周囲を照らす。便利過ぎる。


 月光の光に照らされながら薪を組むと『幻陽』を抜いたチトセさんが赫炎を灯した切っ先で薪を突っつく。それだけで薪は燃え上がり、焚火となった。


「物は使ってこそだね」

「使える物は何でも使っていきましょう」

「それでいいのか……」


 呆れるヴィンセントだが、使える物を使ってるのはヴィンセントも同じだった。




 焚火でいくつか料理を作り、適当に食べた後のことだ。


「そろそろ寝ますか……」


 座ってるだけで結構疲れた上に腹も減っていたのでガッツリ食べた結果、あっさりと睡魔が顔を覗かせた。ヴィンセントと談笑していたチトセさんが振り返り、頷いて立ち上がる。


「テント立てよっか」

「見張りはどうする?」

「俺は最後で……もう眠くて眠くて」


 虚空の指輪(アカシックリング)からテントを取り出しながら欠伸を噛み殺す。幕となる布を広げ、骨組みを組み合わせる。そうして立てた骨組みに布を被せ、杭を打ち込めば完成だ。真っ直ぐ立てる程に大きくはないが、最高3人までは横になれる広さだ。まぁ、1人は見張りと考えれば寝るのは大体2人だ。そのお陰で広く使える。


「じゃあ時間になったら起こしてください」

「おやすみ~」

「あぁ、おやすみ」


 最初の見張りはヴィンセントがしてくれるみたいなので眠気に負けた俺はチトセさんと一緒にテントへと潜り込んだ。


 横になり、毛布に包まる。


「次はあたしが見張りするからしっかり寝てね」

「すみません、俺、サポートなのに」

「持ちつ持たれつだよ。おやすみ、ウォルター」

「おやすみなさい、チトセさん」


 眠る前の挨拶をし、閉じまいと堪えていた瞼から力を抜く。それと同時に、俺は夢も見ない深い眠りへと落ちていった。



  □   □   □   □



 チトセさんに起こされ、テントから這い出ると冷えた空気が鼻の奥をツンと刺す。湿った空気を吸い込みながら腰を伸ばす。岩と岩の隙間から見える東の空が心なしか明るくなりつつあった。


「んんっ……はぁぁ……」


 無音というのは意外と耳に刺さる。シンとした空気の流れは西から東へ。熾火に空気を吹き込み、燃え上がらせたところに薪を追加した。途端に溢れる温もりにホッとして体が緩んでいく。


 焚火の傍に腰を下ろし、暫く流れる雲と薄れつつある星を眺めていた俺は意識がハッキリしてきたので朝食の準備に取り掛かった。と言っても寝起きでも胃に優しい野菜のスープだ。野菜だけだと味が薄いので少し肉も入れてあるが。


 煮詰まらないように火から下ろし、見張りと暇つぶしを兼ねて周囲の散策をしながら時間を潰していたら最初の起床者が現れた。


「んぉ……おはようございます。朝早いですねぇ」


 御者だった。彼は自分の馬車の荷台……俺達が乗っていた場所で寝泊りをしていたようで、夜はずっと出てこなかった。見張りは俺達に任せるのも料金が安くなるから引き受けたのだが、まぁ不用心ではあるなと思う。客が善人とは限らないだろうに。


「モンスターに襲われたりはしないんですか?」


 気になって仕方ないので聞いてみた。御者は自慢げに笑いながら荷台へと振り返った。


「これがまた結構丈夫なんですわ。そりゃワイバーン相手ならきついですけど、その辺のゴブリン程度なら壊せませんな。それに加えて特殊な魔道具を使ってまして」

「と言いますと?」

「モンスター避けの魔道具ってのがありましてな。それを起動しておくとある程度のモンスターは近寄れんのですわ」

「へぇ、なるほど。……ん? てことは俺達が夜通し見張りをしてたのは……」

「はははは、ワイバーンとか来られたら一溜まりもないんで、助かりましたわ!」


 此奴、最初から対ワイバーン相手の見張り目当てに俺達に依頼したな……。良い根性してやがるぜ。


 俺達の会話の声に反応したのか、ヴィンセントとチトセさんもテントから這い出てきたので、御者も交えて朝食にすることにした。俺の家にあった3人の器しかなかったが、御者も料理はするのか、自身の荷物袋から大きな器を取り出して持ってきた。嬉しそうに食べてくれていたのは、嬉しかったな。

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