第三十二話 魔剣の特性
諸君は2ヶ月を伸ばす方法を知っているだろうか。
決められた期間というのは厄介だ。伸ばしても引っ張っても、変わることはない。時間は一定方向にしか進まない。止まることも、ましてや戻ることもない。
そんなことは子供でも分かっている話だ。太陽は昇れば沈むし、朝の後には夜がある。木の葉は散るし再び生える。
当たり前の現象だ。当たり前の仕組み。
だが、その仕組みを覆せる場所がある。
「よーし、始めるか……」
此処は花屋敷3階の一室。この屋敷の主が居たと思われる大部屋である。
そう、この花の都がある虚空空間には時間と言う概念がほぼない。ほぼというのはあるのかないのかまだはっきり分からんけど恐らくなさそう寄りの状態なので、ほぼだ。2ヶ月後にヴィスタニアを出立することが決まっている中、この虚空空間で2ヶ月間作業をしたら外の世界はどうなってるのかなという実験も兼ねている。
2ヶ月居て、外も2ヶ月後なら時間の流れは同じという事になる。4ヶ月なら半分の速度。8ヶ月なら半分の半分だ。16ヶ月なら半分の半分の半分……ってどれくらいなんだ?
とにかく、此処なら時間を気にすることなく作業が出来ると踏んでやってきたという訳だ。宝箱の出入口だが、開けっ放しだ。俺の家の中に置いてあるので安全性は保たれている。そしてロープと小さな鐘を買ってきて、俺がロープを引っ張ると宝箱の外に置いた鐘が鳴るようになっている。家に誰か居る場合はその音を聞いて駆けつけてくれるという算段だ。ヴィンセントが居ないと脱出は難しいが、素晴らしい作業環境と言えるだろう。
「宝箱の中に続いているロープと宝箱の外のロープが時間経過でどんな風に劣化するか気になるが、俺は学者じゃないからな。錬装術師は錬装するのみさ」
1人きりだと静かすぎるからか自然と独り言が漏れ出てしまう。誰が聞いてる訳でもないし恥ずかしくもなかった。
まずは、俺という1人の錬装術師をコテンパンに叩きのめしてくれたガチ魔剣、『プリマヴィスタ』を指輪から出す。それを用意しておいた剣立てに立て掛け、ジッと見つめる。
「お前は俺の目標だ」
どんな時もこの剣を見て諦めずに作業を続けるという誓いのような、そんな小さな儀式だった。
そうそう、此奴の鑑定結果をミランダから教えてもらっていたんだっけ。紙に書いてもらったのを確か、指輪の中に入れていたんだが。
「あったあった。えーと……」
小さな紙にはプリマヴィスタの特性が書き連ねてあった。
「『浸食再生』『亜空斬』『天貫通』『自重変化』『深緑属性』『天装錬化』……はっはっは! なんだこれ、わかんねーよなにも!」
投げ捨てたくなった紙、振りかぶった姿勢のまま堪えた。これが魔剣か。これが概念特性か。
紙に八つ当たりしたところで何も解決しない。振り上げた手を下ろし、腰を据えて解読を始める。こういう時、順番に見ても躓くだけだし効果は薄い。何となくでもいいから分かりそうな問題から解くのがコツだ。
「わかんねーよと吠えはしたが『自重変化』は分かりやすい部類ではあるな」
言葉の通り、重さを変えられるということだろう。剣の柄を握り、その特性が発動するようイメージしてみる。すると徐々にプリマヴィスタの重さが変化していくのが分かる。切り下ろしの際に重さを乗せたり、振り上げる時に軽くしたりと重さに変化をつければ立ち回りが素早くなるかもしれない。素早い重さの変化と、それについていく体捌きが大変そうだが。
「『自重変化』はもういいか。次は……属性を調べてみるか」
深緑属性という言葉は初めて目にした。属性というからには魔法の類なのだとは理解出来る。聞いたことがないから通常の属性とは違う亜流の属性だろう。そして魔剣というからには上位の属性の可能性が大きい。
基本的に属性系は魔力を流せば発現する。まぁ危険はないだろうと早速魔力を流してみる。
だが何も起きない。
「魔力が足りないのか? うーん……魔法使いじゃないからそんなに多くないんだが……」
冒険者の中にも魔法を専門として扱う人間が居る。そういった人間はそもそも魔力の保有量が多いから魔法を専門としているのだが、俺みたいなその他の人間はそんなに保有量は多くない。かといって全く無い訳でもないから多少の魔法は扱えたりもするが、それでも技術は必要なので、多くの人間は武器の属性をメインに使っていた。例に漏れず、俺もだ。
ただ、その中でもこういう上位属性は扱ったことがないから使用に足る最低限の量というのが分からない。剣を握り締めた俺は徐々に量を増やしていく。
「ぬ、ぐぐ…………う、おぉ! 光った!」
増やしていった量は俺の限界近くの量で、漸く変化が起きた。翠王銀の刃が淡く輝き始める。その状態を維持しながら何度か振ってみる。が、何かが飛び出したりということはない。
「そもそも、深緑属性ってなんだ……風か……? なら振れば何かしらあるよな……」
ぶつぶつとぼやきながら何度か振ってみるが、やはり微風も発生しない。深緑属性とは何なのか、考えながら腕を下ろす。
その時、剣先が床に触れた。木製の床なのでコン、と乾いた音がする。しかしその直後、木の床の形がうねり、渦巻きながら吸い上げられるように天井に向かって伸び始めた。
「うわぁ!」
驚いた俺は慌ててその場を離れる。ぐるぐるとねじれながら伸びた床は、更に枝分かれするように伸び、その先に深い緑の葉をつけた。もうこれは床ではなく、木だ。
「深緑属性……ってのは、木属性の上位属性だったのか」
結局伸びた木は天井に触れる直前で止まり、其処にもやはり葉を茂らせた。その木を見上げながら、この花屋敷を大きな木が突き破って生えていたことを思い出す。もしかしたらあの木もこうした深緑属性の影響で伸びて成長したのかもしれない。
これで二つの特性……いや、特性と属性が判明した。剣の重量を自由に変化出来る上位木属性の剣。
「さて、次は『亜空斬』かな」
虚空と亜空の違いは分からないが、一先ず亜空斬を使うことを意識しながら剣を振ってみる。またしても何も起きない。そもそもの話、亜空斬が何か分からないのにそれを意識して振るなんて不可能だ。
「分からん。この分じゃあ『天貫通』とやらも理解出来てないから難しそうだな」
ふんわりとした理解度で考えると貫通特性が概念化した特性だと思う。亜空斬も斬撃系の何かしらの概念特性だろう。この辺りは使って理解しなければいけないが、今はそれをしている場合ではない。
「残るは『浸食再生』と『天装錬化』か……」
浸食再生は翠王銀の固有能力を特性化させたものだろう。これに関しては再生させる為に剣にダメージを与えなければいけないので確認は不可能だ。使っていくうちに使う場面はあるだろう。
そうなると残るのは『天装錬化』だ。これに関しては全く分からない。攻撃特性なのか、防御特性なのか、補助特性なのか……。
「ただ、気になるのは錬装という文字が入ったることなんだよな。順番が変わっているが」
俺はこれまで特性の中に錬装に関連したものを見た事はなかった。鑑定特性のある道具を持っていないので所持している武器の特性は全部書き出し、武器に紐づけて保存してあるがその中には錬装関連のものはない。これが初めてだ。
「……調べてみるか」
調べるにしても手段も何もない。だが本能がこれを調べろと叫んでいるような気がした。錬装術師としての感覚が、この特性を待ち侘びていたような、そんな感覚がある。
だが何かをプリマヴィスタに錬装するのは忍びない。完成された料理に塩をぶち込むかの如き邪悪だ。それでも錬装関連の特性を発動する為には錬装を発動させなければならない。
俺は両手でプリマヴィスタを握り、錬装を発動させる。これなら何処にも錬装されないはずだ。
「……ッ!?」
その瞬間、俺は地面に倒れ込んでいた。気付いたら床が寄り添ってくれていた。
「なん……ッ、づぁぁ……!!」
立ち上がろうとしたら割れるような頭痛で立てない。何かが、一気に頭の中に流れ込んでくる……ッ!
「う、ぁ……」
どうにか立ち上がろうとしたが、手足は痺れたように動かない。その間もかち割られるような耐え切れない痛みに俺はいつの間にか意識を手放していた。