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第三十一話 絶華ノ剣 プリマヴィスタ

「数字は1、3、4、4。これで床下収納に入れるよ」


 天井を覆う木を焼き尽くして得たヒントを持ち帰ったチトセさんは腰に手を当てて堂々と胸を張っていた。


「お疲れさまでした。じゃあ行きましょうか」

「ワクワクしてきた」

「ちょっと、もっと褒めなよ」


 チトセさんのご機嫌を伺いつつ俺達は踊り場下へと向かう。心なしか歩みも早くなっていく。ヴィンセントと同じように、俺達全員がワクワクしていた。これが冒険者だ。学者にはならないぞ。


 『月光』で照らしてもらいながら床下へ入る為の鍵を解除する。4つ並んだボタンの左端から一つ目を押し、飛んで3つ目を押し、4つ目を2回押す。すると鍵穴を塞いでいた板か何かがストンと下に落ちた。これで鍵が差し込める。


 差し込んだ鍵も鍵穴も年代物だが、違和感なく動く。カチャリという音と共に床下収納の鉄扉がバネのように跳ね上がった。


「罠は……作動していないな。成功だな」

「よっし……!」

「さぁ、行ってみようよ!」


 チトセさんに背中を押されながら鉄扉の中を覗き込む。中はやはりヴィンセントの予想通り、壁一面が魔宝石と液体の入った黒いガラスで構成されていた。罠を解除されたのは良いが、この中でも粗相をすれば一瞬で丸焦げになるだろう。


 備え付けの梯子を下り、そっと床に足を下ろす。うん、俺の体重くらいなら壊れそうにない。鉄扉が付いていたから丈夫だろうとは思ってはいたが安心した。それに人が入った途端に仕掛けが作動するということもなさそうだ。


 中は床下収納というよりは地下室だった。薄暗い中で赤い魔宝石が少し粘度のある液体の中で煌めく様は幻想的だ。


「物は無さそうだな」


 下りてきたヴィンセントが『月光』で照らしながら確認しているが、入口があれだし、中もあんまり安全とも言い難い。何せ罠に囲まれているようなものだからな。いやものっていうかそのものか。


「なんというか、あっさりし過ぎてあんまり見ないふりをしていたのだけれど、あれだよな……」

「あれだろうね」

「あれだな」


 部屋の奥に細長い剣立てが1つ。其処に1本の剣が立て掛けられていた。実は此処に入って目の前に置かれていたものだから、逆に嘘かと思って見ないふりをしていたのだがそれ以外に見るものがなくて誤魔化し切れなくなってきた。


 剣は鞘に収まった状態だ。少し長い柄の部分は丁寧に赤い革紐が編み込まれており、それだけで芸術品のようだ。鍔は絡み合う蔦と花の意匠が施され、優美で可憐な印象ではあるが、金属製だからか武骨な力強さのようなものも感じられる。そんな鍔から伸びた数本の蔦は、お互いに絡み合いながら鞘の方へと伸びている。その鞘に収まる刃は、鞘から計算しても非常に長かった。形状からして片手か両手で扱える剣なのだが、刃だけ見れば馬すらも寸断できそうな長さだ。だが、強面の冒険者が振り回すような大剣程の刃圧や刃幅はない。あくまでも、長大な片手剣という形をしていた。


「抜いてみよう」


 無言で頷く2人を背に、柄に手を伸ばす。編み込まれた革紐のお陰で握りやすい。鞘に手を添えながら持ち上げるが、ずっしりとした重みは感じない。特殊な金属か、特性が施されているのだろう。見た目よりも軽かった。


 ゆっくりと鞘を引き抜……けない。これはちょっと長すぎて抜き切れない。決して俺の腕が短い訳ではないことを強調したい。


 絡み合う蔦の意匠の間から伸びたプリマヴィスタの刃は緑銀色と言えばいいのか、不思議な色だ。緑色の鉱石を使った刃なのかな。俺は見た事のない金属だ。


「うわ、凄いね……多分、これ翠王銀(ジェイドミスリル)だよ」

「翠王銀? ですか?」

「うん。滅多にお目に掛かれない魔鉱石だね。だいぶ深い所を掘らないと見つからないし、生成されるのも珍しいよ」

「はぇ~……」


 翠王銀に顔を近付け、目を凝らす。傷一つ無い刃だ。


「しかもある特性の所為で付加価値がとんでもないことになってるんだよ」

「ある特性、というと?」

「元々、この魔鉱石は成長速度が異常でね。どんどん広がっていくんだよ」

「? じゃあ量的には豊富ってことですか?」


 なら容易く見つかるだろうし、珍しいものでもない気がするが。


 しかしチトセさんは首を横に振る。


「この翠王銀はね、”成長”してるんじゃなくて、”浸食”していることが判明したんだ」

「浸食……?」

「そう。この金属は魔力を与えると他の鉱石や鉱物を浸食して翠王銀に変えてしまう特性があったんだ」


 パッと聞いただけだとよく分からなかったが、この魔鉱石に人間が魔力を込めることで周囲の岩や鉱物をどんどん翠王銀に変えていってしまうらしい。それじゃあやっぱり見つけさえすれば無限に増やせるってことだ。ならば価値は下がりそうな気もするが。


「昔はその増殖の為に多くの奴隷が魔力を無理矢理抽出されて犠牲になっていったって話だよ。だからこの魔鉱石を採掘するのは多くの危険や、利権が絡んでいたんだ」

「人の犠牲の上に広まる利益なんてクソですね」

「なるほどな……この剣を作るのにどれだけの人間が犠牲になったのだろうな」


 元奴隷だったヴィンセントも何か思うところがあるのだろう。プリマヴィスタの刃をジッと見つめる。


「もしお前が嫌なら、俺はこの剣を躊躇なく此処に捨てて行くぞ」

「何も嫌じゃないさ。気遣わなくていい」

「そうか?」

「あぁ。ありがとう、ウォルター」


 ヴィンセントがそう言うなら、持ち帰るとしよう。


 手を切らないように気を付けながら頑張って鞘に納めた俺は、虚空の指輪(アカシックリング)に仕舞う寸前で気付いた。鞘と剣を別に仕舞えば、取り出した時に苦労する必要がないじゃないか。


 もう一度、鞘から抜いたプリマヴィスタを、別々に仕舞った俺は周囲に何か取り残しがないか確認する。


「……うん、忘れ物はなさそうだ」

「じゃあ帰りますかー。あぁ、超疲れた」

「楽しい探索だったな」

「お前だけな」


 何はともあれ、こうして俺達は多少の苦労を対価にヴィスタニアの隠されていた魔剣、『絶華ノ剣 プリマヴィスタ』を手に入れることが出来たのだった。



  □   □   □   □



 花の都を後にした俺達はヴィンセントの階段と梯子を経由して無事に宝箱から脱出することが出来た。


「しかしあれだな……運が良かったと言うしかないな」

「ほんとそれ。普通宝箱なんて見つからないし、見つけた宝箱の中にアウターダンジョンがあるなんて誰も思わないよ」


 とりあえずという具合に椅子に腰掛けたヴィンセントとチトセさんが一連の出来事の感想会を開いていた。俺も空いていた椅子を一脚引き摺り、その輪の中に交ぜてもらう。


「誰もが予想出来ない場所に何かがあるってのはダンジョンの鉄則なんですかね」

「鉄則って言っても予想出来ない時点で法則もクソもないけどねぇ。まぁでも、そういうことはこれからもあるだろうね」

「これからも楽しみだな」


 さて、こうして魔剣を手に入れたことで錬装術師としての展望も色々と見えてきた。


 俺は今まで、”特性”と”属性”を重ね合わせることで魔剣(仮)を造ろうと躍起になっていた。だがこうして実際に本物の魔剣を手にして理解した。素材、意匠、使い勝手、見た目、能力。そういったもの、全てが一線を画した別物だった。


 ただ切れ味が良かったりなんてのは、魔剣にとっては当たり前の能力だった。俺はこのプリマヴィスタという剣を一目見て足元がぐらついた。短期間ではあるが、これまで培ってきた自分を支える自信と言う名の一本の糸がぷつんと切れたような感覚に陥ってしまった。


「暫く錬装期間を作ります」

「お、またかい?」


 チトセさんに頷き返し、虚空の指輪からプリマヴィスタを取り出す。凛とした翡翠色の刃をランタンの火が照らす。


「此奴を見て、俺は自分の作る剣が情けなくなってしまったんです。能力としてはその辺の店売りの剣よりも優秀かもしれない。けれど、剣として、魔剣としては此奴には足元にも及ばないとはっきり理解しました」

「君の作った幻陽は、こんなにも優秀なのに?」

「それは、結局のところチトセさんの持つ能力が優秀だったんです。作られた刀が、名刀だったんです」


 渡り歩くうちに銘を失くしただけの、名刀だったのだろう。これまでのダンジョンでの活躍を見てそう思わざるを得なかった。あれだけの戦いを切り抜けて、幻陽は折れず、欠けず、此処までやってきた。チトセさんの”赫炎”もそうだ。元々優秀な能力だった。それを組み込んだのだから、優秀なはずだ。


「暫くは2人でダンジョン攻略をしてください。勿論、手が足りない時は俺も行きますし、それ以外でも支援は欠かさず行います」

「だがウォルター、俺はお前ともダンジョンに行きたい。パーティーでなければ攻略しても意味はないんだ」


 ヴィンセントの言葉は素直に嬉しい。自然と零れる笑みを隠さず、俺はヴィンセントに向き直る。


「ありがとう。だけど、俺の目的はダンジョンの全制覇じゃない。魔剣を作ることだ。パーティーは2人でもパーティーだし、俺が居ないからといって攻略にならないなんてことにはならないよ」

「分かっている。分かった上で俺は、お前とも連れ立ってダンジョンに行きたいと言ってるんだ。分かるか?」

「分かるよ。分かるけど、俺は俺の目的の為、これは必要なことなんだよ。分かってくれ」


 暫く俯いていたヴィンセントだが、静かに頷いてくれた。


「俺はこの《錬装術師》という職業に、もっと深奥があると思ってる。最近、錬装しててそれを感じるんだ。生まれ持った能力を誰よりも遅く理解した今だから、子供の時に発現するよりも頭で理解出来るんだ」

「二重特性の錬装よりも、更に上が……?」

「あると俺は思ってます」


 こればっかりは感覚で理解しているから上手く説明は出来ない。でも、更なる高みが、もう少し手を伸ばせば、爪先で立てば、届きそうな場所にあると思えた。


「此奴を含めた宝箱内のアイテムの鑑定、お願いしてもいいですか?」

「うん、預かるよ」

「それとこの宝箱なんですが」


 鉄テーブルの上に置かれた百花平原産の宝箱、花の都を見る。


「これはこれで使おうと思います。というか、アウターダンジョンが中にある状態で錬装して虚空の指輪(アカシックリング)にするのはちょっと怖いです」

「いざとなれば花屋敷という逃げ場もある訳だし、あたしは賛成」

「この武器庫以上に備蓄出来る場所があるというのは便利かもしれんな。俺もそれで良い」


 ということで花の都は、花の都として残ることになった。いざという時の逃げ場としても、倉庫としても優秀だ。例えば野宿する際は場所を選ぶ必要もないし、見張りをたてる必要もない。箱さえ見つかりにくい場所に置けば何処でも安心して寝られるのだ。まだベッドはないが。


「それじゃあ早速明日から始めましょう。とりあえず2ヶ月を目途に考えてるので、その間にチトセさんとヴィンセントはヴィスタニアのダンジョンを全て攻略してくださいね」

「なかなかハードスケジュールだなぁ……」

「なに、『二色(にしき)』が2人居れば余裕だろう」

「お、言うねぇ。じゃあまぁ、やってやりますか」


 こうして俺は、俺自身を超える為の錬装期間に入った。2ヶ月という短い期間ではあるが、俺には考えがある。この期間で俺は必ず新たな錬装術を見つけ出すと心に誓い、俺達は武器庫を後にした。

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