第三十話 花屋敷捜索隊
下半分しかない扉を見ながらどうしたものかと腕を組んでいた。これは引くのか押すのか。取っ手もないので判断がつかない。
「面倒臭い」
最初は出来る限り壊したり汚したりしたくないと思っていたが、もう8部屋目ともなればそんな気遣いよりも疲労の方が上回っていた。考える事をやめた俺は蹴り倒して部屋の中へとお邪魔した。
これまで調べてきた部屋を総合すると、やはりというか予想通りというか、使用人の部屋か物置という部屋が多かった。こじんまりとした部屋には質の悪い生活用品が所狭しと置かれ、その中でも少々の個人的な趣味の品や、個性が見れて俺としては面白かったが、目的がそれではないことが頭にあったので楽しめはしなかった。
年代から見て予想出来る程博識ではないし、興味もないが俺達が住むヴィスタニアの生活レベルよりも低い水準なのは何となく分かった。俺は1階しか見てないからその程度の認識だったが、2階3階の部屋を見ると実はそうでもないのかもしれないな。
「さてと……此処は物置か」
狭い部屋にぎゅうぎゅうに詰め込まれた木箱や樽。その上に乱雑に置かれた小箱。これを一つ一つ検分していかなければならないのが非常に辛い作業だ。小さい箱なんて見てもしょうがないと思うが、もしかしたら宝箱かもしれない。宝箱の中にあるダンジョンなのだから何が起きても不思議じゃない。勿論、罠の可能性もあったがその可能性は薄いと個人的には思ってる。何故なら此処は貴族(らしき者)の屋敷だからだ。ダンジョンとはいえ、これだけ生活感を出している場所だ。本当に生活していたかもしれない場所の物置の箱にいちいち罠を仕掛けるとは思えなかった。
そう思うとあの黒牢街は此処よりも広い町だったが生活感は一切なかった。人間……シャドウが徘徊していたというのに、だ。結局あれはモンスターだから生活してないと言えばそれまでではあるが。
ヴィンセントを見張る為に上ったあの梯子。屋根の修繕の為に置かれた梯子らしいが、それには生活感というより、そういう設定という印象の方が強かった。此処と違って無機物ばかりだからそう感じたのだろうか。だとすれば有機物……草花の印象操作力というのは侮れないな。
「おっ」
単純作業に飽きて物思いに耽りながら開けた箱には貴金属が詰まっていた。どういう意図があって此処に置いたのかは分からないが指輪やネックレス等は魔道具の可能性が大きい。無いなら無いで俺が魔道具にしてしまえばいいし、資金繰りに困れば売ればいい。ということで問答無用で回収だ。虚空の指輪内が散らかっても嫌なので木箱ごと収納し、次の木箱に取り掛かる。
暫くして全ての箱類の検分が終わった。アカシックリングから取り出した水筒で水分を補給しつつ小休止しているとヴィンセントが下りてきた。
「あれ、もう終わったのか?」
「あぁ。そっちはどうだ?」
「……」
うんざりした俺の顔から察したのか、ハハハと声に出してヴィンセントが笑う。
「だろうなと思ってこっちに来た。チトセは大丈夫だろう」
「助かるよ。チトセさんは大丈夫だろう」
根拠はないが、今は俺の方が大変なのでどうしてもヴィンセントの手が必要だった。心の中でチトセさんに謝りながら、俺はヴィンセントと連れ立って次の部屋へと向かう。
□ □ □ □
ヴィンセントに手伝ってもらい、ついに1階の全部屋の探索を終えることに成功した。終わる頃にはチトセさんも下りてきて3人で探索し、結果的に魔剣の類は出てこなかった。だが出てこなかったからと言って、ない訳ではないと思えた。何故なら、俺達は1つのヒントを得ることが出来たからだ。
最初にこの屋敷に入って印象が強かったあの不思議な構造の階段。その踊り場。それがずっと引っ掛かっていたが、その答えに近い物を改めて探索し直すことで発見出来た。
「これは分からないわ……」
踊り場に隣接する1階の部屋は両方とも物置なのだが、踊り場側の壁を壁がよく見ると他と材質が違ったのだ。不審に思い、其処をエッジアッパーで切ると何もない空間が現れた。チトセさんも溜息混じりにぼやく程の隠しっぷりだった。
踊り場の下に隠されていた空間に物はなく、代わりに中央の床に金属製の扉が埋め込まれていた。絶対此処だと思った俺はエッジアッパーで切り開こうとするが、その手をヴィンセントが止めた。
「やめておいた方がいい」
「罠でもあるのか?」
「よく見てみろ」
ヴィンセントが『月光』で照らし出してくれた床の扉は金属製だが、全部が全部、金属製という訳ではなかった。扉の枠は黒いガラスのような材質で、明かりに照らされたことで半透明の枠の中の構造を見ることが出来た。
「これは……火属性の魔宝石と、何だ……液体?」
「火と液体。良い予感はしないよね」
火を操るチトセさんの言葉だ。俺も良い予感はまったくしなかった。
「恐らく、無理矢理開けるとこの魔宝石が起動して液体に引火……という罠だろうな。見た限り、枠というよりこれは壁の一部のようだ。薄い枠なら底が見えるはずだからな」
多少の振動で揺れる液体だが、底面は見えない。見えているのは浅い水溜まりではなく、深い湖の湖面なのかもしれない。この下にあるであろう地下室と地続きの枠だとしたら、液体の量はとんでもないことになる。
「まるで水槽だね。どうやって開ける?」
「ふむ……これじゃないか?」
部屋を見回したヴィンセントが何かを見つける。それは数字の書かれた4つのボタンと鍵穴だった。
「これを解けば開くんだろうな。こういう場合」
「数字の順にボタンを押して、鍵を回すのか。鍵なんてあった? 数字も見てないんだけど」
「まだ探索してない場所があっただろう」
ヴィンセントの言葉に思い出したくない記憶が蘇る。面倒だしと後回しにしていた彼処だ。
「二つの塔、かぁ……」
「其処にあるとしか思えないね……」
「よし、探しに行くぞ」
「……」
「……」
此奴……一緒に探していた時も見ていたが探索の殆どを”月影”で行っていた。だから俺達に比べて体力を消耗していないし、足取りも軽い。何なら声も心なしか明るいのだ。狡いという感情しか湧かなかった。
「どうした、早くしないと日が暮れるぞ」
「……行きますか」
「うん……」
重い足取りで踊り場下から這い出た俺は塔に続く廊下を見て、やはり出るのは溜息だった。
正面から見て右側の塔へとやってきた。やはりというか、なんというか。屋敷のような立派な造りの階段など無く、あるのは木造のスロープだ。しかも御多分に漏れず草花に浸食され、その大部分が崩落していた。これを上らないといけないと考えるとうんざりしてきた。
俺はとりあえず上る前に目的地である天辺を見る為に虚空の指輪から単眼鏡を取り出す。これは花の都の宝箱から出てきた物で、魔道具らしい効果はないが優秀な道具だった。
「あー……あります。鍵が木にめり込んでる」
「じゃあ反対側は数字のヒントってことだね。それが分かるだけやる気は失わないよ」
「出はしないのか……」
「あんたみたいに便利な能力者じゃないのよ。ほら、元気なんだから取ってきてよ」
「了解だ」
事前に渡してあった指輪に魔力を込め、『身体力上昇』の力で一気にスロープを駆け上がっていった。まるで壁を走るかの如く駆け上がる様は見ていて気持ちがいい。あれをやれと言われると間髪入れずに嫌だと答えるが、見る分には胸が踊る光景だった。
天辺まで駆け上がったヴィンセントは”月影”で生成した短剣を木に捻じ込み、ぶら下がることで鍵の前に辿り着いた。空いた手でめり込んでいた鍵を取り出し、無事なスロープを伝ってジャンプしながら下りてきた。
「ほら」
「ありがとう」
受け取った鍵は思ったよりも小さかった。手の平に収まる大きさだ。それを無くさないように大事にアカシックリングに収納した。
次に向かうのは左の塔だ。此方はスロープがなく、あるのは壊れた梯子だ。先程のように単眼鏡で天辺を見るが、右の塔以上に木に覆われていてヒントらしきものは見えなかった。
「俺が梯子を作るから誰か上ってくれ」
梯子の維持をしなければならないので、ヴィンセントが造りながら上るのは少々危険だ。となると俺かチトセさんになるが……チラ、とチトセさんを見ると突然お腹を押さえてしゃがみ始めた。
「いたたたた……ちょっとお腹が……」
「……」
「あーいたい……これはちょっと梯子上るの難しいかもなー……」
「……」
これで俺より年上で、ヴィスタニア最強の冒険者というのだから驚きだ。
「俺は大人なので文句も言わずに上りますよ。大人なので」
「あたしの方が年上なんだけど」
「精神的には俺の方が大人ですね。じゃあ行ってきます」
「ちょっと待って。聞き捨てならない。年齢的にも精神的にもあたしの方が大人だよ」
プライドを傷付けられたのか、憤慨したチトセさんが月影の梯子に足を掛けた。
「ちょっと待ってなよ。あんな邪魔な木、一瞬で消し炭にしてくるから」
「花屋敷が全焼にならない程度にお願いしますね」
「馬鹿にして……!」
ぷりぷりと怒るチトセさんが『身体力上昇』の指輪を光らせながら凄い勢いで梯子を上っていった。短いスカートの中も気にせず、良い上りっぷりである。
「やるな、ウォルター」
「任せろって」
俺とヴィンセントは互いに親指を立て、チトセさんの帰りを待つのだった。