第二十四話 ヴィンセント・シュナイダーの話
ヴィンセント・シュナイダーは奴隷である。
いや、奴隷だった、が正しい。彼はラビュリアの外の国から連れてこられた奴隷だった。両親共に奴隷だった為に彼は生まれながらにして奴隷として生きていた。
彼の主は冒険者だった。生まれながらにして持っていたスキル《月影》を理由に奴隷商に高値で売られていたヴィンセントを買った冒険者は、反抗を許さない為にある道具を使った。
それは『血縛の魔道具』。たった1つの悪辣で便利な魔道具によって一切の抵抗が出来ないように縛り上げられ、更に使い勝手が良くなった道具……それが彼だった。
「道具として連れてこられ……俺は戦うことしか知らなかった」
ヴィンセントは物心つく前から戦い続けていた。自分が何処に居るのかも分からないまま、言われるがままに。
そうして戦い続ける内にやってきたのが此処、ラビュリアだ。冒険者達は様々なダンジョンに挑む中、偶々見つけたアウターダンジョン内で強敵に襲われ、呆気なく死んでしまった。
そして1人残されたヴィンセントは初めて束縛のない、身軽な状態での戦闘で見事にダンジョンボスを撃破した。
しかし困ったことに、何をどうしたら良いのかが分からなかった。それも当然だ。今までやっていたのは言われた通り、武器を生成して戦うことだけだった。それ以外のことなんて何一つ分かっていなかった。長く束縛されていたことによって、何かをしようという気すら、考えすら浮かばなくなっていた。
それでも彼は生きる為に、冒険者だった者達の遺品を手にダンジョンを脱出した。その品々の中には当然、『血縛の魔道具』もあった。
ダンジョンを出た後はとりあえず生きる為に周りの人間の真似をしたらしい。此処はラビュリア。迷宮都市。周りに居るのは冒険者。当然、やることと言えばダンジョン探索だった。ダンジョンを探索し、日銭を稼ぎ、その日食う物を漁る。
そんな生活を繰り返していた時、とある団体に目を付けられた。彼の戦いを見た闇ギルドの人間だ。これは俺の想像だが、きっと奴隷にしたかったのだろう。たった1人で戦う彼を捕まえて奴隷にすれば稼げるぞ、と。
だが事実として彼は闇ギルドの人間から襲われた。
「理由はわからなかった。けれど、ダンジョン探索を邪魔するので、抵抗した」
ヴィンセントは抵抗した。降りかかる火の粉を払った。だが払う手が少々強過ぎた。払った手が他の闇ギルドの人間に当たってしまった。火の粉を被った闇ギルドも黙っちゃいない。対立は対立を呼び、小競り合いは小競り合いを呼び、火の粉程度だった規模はどんどん大きくなり、大火となった。
ヴィンセントの抵抗はついに対立する全ての闇ギルドを滅ぼすに至った。これがドレッドヴィルで起きた『平和事件』の真相だった。
「闇ギルドを壊したその跡には、子供達が居た」
路上で暮らしていた子や、ギルドで奴隷扱いを受けていた子供達。そんな子供達がヴィンセントの後を追い始めた。悪い人を退治してくれる人。そんなヴィンセントについていけば身を守れると考えた子供達をヴィンセントは、最初は無視していたそうだ。そうしていると子供達は追い払われないのを良い事に、ダンジョンにまでついてきたらしい。そしてヴィンセントが拾うに値しないと判断した魂石を集め、小銭に変えて食い繋いでいた。
「俺にはどうしたら良いか、分からなかった。……そんなある日、ラビュリアのダンジョンを全て攻略しようとしていた人間が居ると聞いた」
新進気鋭の『二色』。極東出身の女剣士チトセ・ココノエ。その人の噂だった。彼が知った時は既に攻略を諦めた後だったが、目的もなくダンジョンを探索していたヴィンセントはふと、同じことをしてみようという気持ちになった。
今までやるべき理由もなく探索していた。そうしたら自分を捕まえようとする人間に遭遇した。であれば、目的があれば、1人じゃなければ、パーティーを組めば、ややこしいこともなくなるかもしれない。
ヴィンセントの目的が『探索』から『攻略』へと変わった。
攻略する為には、パーティーが必要になった。
「幸いにも、パーティーを組む為の魔道具も持っていた。そして、パーティーを組む人間は、ずっと俺の後をついてきていた」
ヴィンセントは子供達に『血縛の魔道具』を使用した。ダンジョンを攻略するにはパーティーでなければいけなかった。かつて自分がそうだったように。
子供達を引き連れてのダンジョン攻略は想像以上に大変だった。なにせ、子供達は戦えない。”月影”で生成した武器を渡し、戦わせてみたが全く役に立たなかった。おまけに少しでも怪我を負うと動けなくなってしまった。
これでは攻略ができない。ヴィンセントは子供達に戦わせるのをやめた。最低限、身を守る為の武器は渡したが、1人で戦うしかなくなった。子供達を守りながら戦わなければならなかった。それでも、攻略はパーティーでしなければいけないと思っていたヴィンセントは子供達を連れてダンジョンを攻略して周った。
「だからそんなに傷だらけなんだな」
「俺のスキルで子供達を守っていたが、それでも限界はあったから……」
何度か攻略をしていると子供達が守りの姿勢から、徐々に自主的に戦う意思を見せ始めた。最初は弱いモンスターから戦わせていたヴィンセントだったが、それでも危険な場面は多かった。そういう時は影で壁を造ったりしていたそうだが、それでも間に合わない時は身を挺して子供達を守っていた。
それが余計に子供達が離れない原因にもなった。例え血縛の魔道具で縛られていても、一定距離で苦痛を負うことになっても、抵抗するようなことは一切なかった。
何故ならば、彼は寒い路地裏で暮らさせなかったし、食事をさせないこともなかったし、暴力も振るわなかった。生きる為の方法を教えてくれたのは彼が初めてだった。
そうして今日まで攻略を続けていた。ドレッドヴィルの攻略を終え、ヴィスタニアへやってきた。数々の苦難を乗り越え、そして今日、俺達に阻まれることになった。
「……」
黙って話を聞いていたチトセさんは眉間に皺を寄せたままだ。それでも一応の納得は出来たのか、文句らしい文句は言わなかった。
俺は俺で違和感の正体も理解出来た。
「俺達は互いに思い込みでずっと行動していたんだ。それに、知らないことも多かった」
「この魔道具はパーティーを組む為の魔道具ではなかったんだな……」
「あぁ、それは使ってはいけない物なんだ。それの所為で苦しむ人達が多く居た。その中には、あんたも居たはずだ」
「……」
ヴィンセントが懐から取り出した『血縛の魔道具』をジッと見る。見た目は四角くて薄い金属の板のような魔道具だ。何の変哲もない見た目の所為で危機感が薄れる。
それをギュッと握り締め、子供達の方を振り返った。
「すまなかった。知らなかったとはいえ、俺はお前達に酷いことをしていた」
俯いていた子供達だが、その中でも一番背の高い男の子が顔を上げた。
「……そんなことない。おじさんは、僕達をいっぱい助けてくれた」
その言葉に同調するように、子供達は口々に『悪くない』『ありがとう』と何度もヴィンセントに言う。それはとても温かい光景だった。ヴィンセント・シュナイダーという人間の心のあり方が見えた気がした。
「チトセさん、俺は、これが……この光景が全部を物語ってると思うよ」
「そうだね……あぁ、そうだね」
心の折り合いがついたチトセさんの眉間から皺が消えた。大きく深呼吸したチトセさんはヴィンセントに歩み寄り、体を折るように頭を下げた。
「申し訳なかった! あたしの思い込みで、とても酷い事をした。これまでも、邪見な態度をとっていたことも含めて全てあたしに非がある。本当にすまなかった!」
「いや……俺も、言葉を紡ぐのが苦手だから、勘違いさせてしまった。非なら、俺にもある」
これで、解決した……のかな。仲違いは解消されたといっても良いだろう。
あと解決しなければいけないのは、血縛の魔道具だ。それをどうにかしないことには話が進まない。
「解除の仕方とか分かるか?」
「壊してしまえば、いいんじゃないか?」
「は? いや、何か悪影響があるかも……あっ!」
それは拙いと止めようとしたが、言う前にヴィンセントが月影で作ったナイフで魔道具を真っ二つに切ってしまった。ていうか薄い金属板なら簡単に切れるのか……恐ろしいな。
「いや、そんなことより子供達は!?」
「……なんともない、ようだな」
慌てて子供達の様子を確認するが、皆きょとんと首を傾げていた。痛みも何もないようでホッと胸を撫で下ろした。流石に焦った……。
「しかし、そうか……俺は攻略出来ていなかったのだな」
「パーティーを組んでいなかったから……か?」
「あぁ」
「なら、俺達と組まないか?」
俺はこうして対話したことでヴィンセントが悪人でないことを知った。行き場もないようだし、戦力としても心強い。子供達のことも気になる。当然の提案だった。
だがチトセさんはそうもいかなかった。
「ちょっとウォルター、こっち来て」
有無も言わさず俺の腕を掴んだチトセさんが路地へと引っ張っていく。
「ねぇ、どういうこと?」
「どうもこうも何も、客観的に見て優秀な人材だなって」
「2人で組んだパーティーだよ!?」
「それは……そうですけど」
元々パーティーを組んだ経緯はお互いの相性を確かめる為だった。2人で活動して、対話も進めた。相性問題は解決したと言っても良い。
「だから誘ったんですけど……駄目ですか?」
「だって、それは……いや、彼奴は良い奴だよ。世間知らずなだけで、実際は悪いことなんてしてなかったし、ちょっとまだあたしの居心地が悪いってだけで反対しているところも、あるにはあるけど……」
「あるんですね……」
「あるけど! あるけど……もう、2人っきりじゃなくなっちゃうんだよ?」
「……」
ジッと、上目遣いで見つめてくるチトセさんはとてつもない可愛さが溢れ出ていた。そうか……そう言われるとそうだ。その辺のことは、最近は当たり前のようになっていた所為で考えがなかった。
「それはそうですけど……」
「……や、これはあたしの我儘だね。客観的に見ればヴィンセントはとても優秀な人間だよ。ウォルターの”錬装術師”としての力も合わされば何かとんでもない結果も出そうだし」
”月影”と”錬装”か……影の固定化に成功すれば、俺の『ぴかぴか君』みたいなせこい邪魔が入っても弱点がなくなるだろう。
「その辺はまた今後相談していくってことで……一旦賛成ってことでいいですか?」
「ん……賛成で」
「わかりました。じゃあ戻りましょうか」
広場に戻るとヴィンセントが子供達と何か話をしていた。ヴィンセントはいつも通り無表情というか、落ち着いた様子だったが、子供達は不安そうな顔をしていた。
「……ということになると思う」
「分かりました……僕達も頑張ります」
「遅くなってすまない。そっちも何か相談中か?」
顔を上げたヴィンセントはふるふると首を横に振る。揺れる黒髪と白髪。整った顔立ち。揺れるだけで絵になるなぁ。
「もし俺がパーティーに入ったら……という話をしていた」
「あぁ、それならこっちもチトセさんと相談していた。ヴィンセントさんがよければパーティーに加わってほしい」
「俺も、願ったり叶ったりだ。……そうなった場合の子供達の今後の相談をしていたんだ」
なるほど、もう血縛の魔道具もない。子供達は自由の身だ。となれば、今後どう生活するかは今すぐ考えなければいけない問題だ。
ヴィンセントが相談した話は、子供達は今後は子供達だけで冒険者として生活していくという話だった。だが所属はギルドでなく、ヴィスタニアにある孤児院だ。ヴィスタニアはドレッドヴィルと違ってそういった施設が少なからずある。ダンジョンで命を落としてしまった冒険者の子供達が世話になったりは日常茶飯事だからな……。
「色々考えてはいたんだな」
「まぁな……俺もいつ死ぬか分からないし、そうなった時、此奴等がどうなるか……考えれば考える程、不安は増えていった。それでも俺は、俺を止められなかった……。俺は、お前達に出会えて良かったよ」
そう言ってヴィンセントが初めて見せた笑顔は、とても静かで純粋なものだった。
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