第十九話 白い影
「なんだ……?」
一瞬だったが暗いからこそ、その白い何かがよく見えた。俺は虚空の指輪から1つの指輪を取り出し、指に嵌める。
それは『解毒』の効果を錬装した指輪だ。この解毒効果を使えば酒の酔いはすぐに解消される。
指輪に魔力を通すと、淡い緑色の光を放った。その光が全身を覆い、すぐに酔いは覚めた。
「チトセさん、この指輪に魔力を流して」
「ん……」
外した指輪をチトセさんの付けてあげる。まだふわふわした様子だったが、すぐに先程と同じ緑の光がチトセさんを覆った。
「……えっ、と……何処?」
「チトセさん、さっき変なものを見たんです」
戸惑うチトセさんを降ろしながら先程見た白い何かの説明をする。今思えばあれは人のような形をしていたが……モンスターだろうか。
説明を終え、チトセさんの顔を見る。チトセさんは眉間に皺を寄せて路地の入口を睨んでいた。
「ウォルター」
「はい」
「君が見た白い影のようなものは、まさしく言葉通り、『白い影』だよ」
「え……」
影は言わずもがな、黒だ。光も通さない黒である。白い影? そんな自然の摂理に真向から歯向かうような事象があってたまるかって話だ。
「君はもう知ってるはずだよ。影と名のつくイカレた事象を」
「影……影……あ、いや、まさか……」
脳裏を過ったのは、影を具現化するそのスキル名だった。
「”月影”……?」
「そう。君が見たのは《月影》のヴィンセント、その影だよ」
瞬間、背筋を嫌な汗が流れた。首筋に添えられた純白の刃を思い出し、総毛立った。
「ヴィンセントは自身の影から、影で出来た無機物を想像するという強力なスキルを持ってる。けれど、自分の影は真っ白なんだよ」
そうか、だからあのダンジョンボスのフロアではその特徴が分からなかったのか。あの純白の空間では例え影が出来たとしても同じ白だから見分けがつかない。その場で特徴を知れていたらあの影を見た時に何かしらの判断材料になっただろう。
「どうします?」
「追うにしても今更だ。そもそも追う気もないけれどね。あの先はダンジョンだ」
「そうか……『逆さの塔』がある旧噴水広場はあっちの方向でしたね」
かつてはこのヴィスタニアの憩いの中心だったという噴水広場はある日突然、誰の許可もなくいつの間にか取り壊され、代わりに円柱の建物と大きな扉が出来上がっていた。
その中にあったのは地下へと長く続く螺旋階段だった。細く狭い階段は段々と幅を広げ、いつしか段差はなくなり、回廊となっていく。壁に備え付けられた窓の向こうは空。顔を出せば上へ下へと塔が伸びていた。
それがヴィスタニア内部にある中級ダンジョン『逆さの塔』である。
「君が過集中状態だった時にちょっと調べたことがある」
「というと?」
「あの時、シュナイダーが連れていた子供達を覚えてる?」
忘れる訳がなかった。年端も行かない子供達が血塗れになりながらダンジョンボスと戦っていたのだ。実際にはその場を目撃した訳ではないが、あの血溜まりと子供達の状態を見れば嫌でも想像がつく。
「忘れる訳ないですよ」
「だろうね……あの子供達、あれはドレッドヴィルの路地裏で暮らしていた孤児だった」
「孤児?」
「そう。それを血縛の魔道具で奴隷にしているらしい」
「!?」
血縛の魔道具とは簡単に言えば違法魔道具だ。自分の血を登録出来る魔道具で、自分の血を飲ませた相手に効力を発揮する。魔道具の効果で所持者から一定範囲以上離れることが出来ないのだ。おまけに相手の動きを操ることも出来る。こんな魔道具が合法な訳がないし、出回っているとなればギルドは回収するはずだ。だからこそ、奴が持っているというのはある意味納得出来た。
「子供達を使って戦わせているんだよ。奴はお尋ね者だからギルドで冒険者登録なんて出来ないし、危険人物だからパーティーも組めない。まぁ、奴1人で十分な戦力はあるけれどね」
「何が目的なんだ……いや、ラビュリア全制覇というのはヴィンセントが言ってましたけれど、それだけなら子供達を使う必要、ないですよね?」
「こればっかりは分からない」
奴に聞くしかないだろう。魔道具を破棄させ、子供達を解放しなければ。
「子供達を解放しなきゃ……とか思ってる?」
「そ、そりゃあ、あんな酷い事させられないですよ!」
俺の言葉に、チトセさんがスッと目を細めた。がらりと変わる雰囲気に俺は気圧され、一気に口の中が干上がった。
「仮に解放出来たとして……その後はどうするつもり? あの子達は孤児だ。親も居ない。家もない。君の家で暮らさせる? それとも孤児院にでも入れて、それであの子達が院を出るまで援助するの?」
「そ、それは」
「そんな余裕、ないよね。時間もない。義理もない。言ってしまえば、意味もない」
「……」
俺は何も言い返せなかった。先の事を考えれば、当然、そういった問題にも出会うだろう。少し考えれば分かる。浅く考えれば何とかなると思える。けれどちゃんと真剣に考えれば、それは到底実現不可能な理想論だと理解出来る。
「理想論も理想論。空想も空想。物語の主人公ならその青臭い理想を叶える為に奮闘するだろうね。けれど此処はラビュリア。迷宮都市だ。あたし達は冒険者で、常に死と隣り合わせの生活をしてる。死んだら終わり。誰も助けてくれはしないんだよ」
「……それでも、俺は助けたいって思ってしまいます」
「しょうがないよ。人間だもん」
そう言ったチトセさんの顔はとても優しい微笑みを浮かべていた。そうか……チトセさんも助けたいとは、思っていてくれていたのか。でも理想と現実は違うとちゃんと判断して、さっきの言葉を俺に伝えてくれたのか……。
「どうしたら良いと思いますか?」
「うーん……彼等には路上に戻ってもらうしかないね」
「そんな!」
「勘違いしないで。ドレッドヴィルじゃなく、このヴィスタニアの路上に住んでもらう」
いや、確かに勘違いはしていたが結果的には同じことだ。家がなければ生活は出来ない。それは場所なんて関係なく、誰もが同じことだ。
「いやいや、ウォルター、君だって最初は家がなかったじゃない」
「えっ? ……あっ! そうか、冒険者として、宿暮らしってことですね!?」
「ん、そういうこと」
そうだった。俺も村を飛び出してきたから家がなかった。最初は日銭を稼ぎながらの安宿暮らしだった。冒険者として長く生活すればギルドから信用が得られる。そうすれば仕事を斡旋してもらえるし、貯蓄も出来る。努力次第で家にも住めるようになる。
「まぁでも、あんな過酷な戦いをさせられたら普通は嫌がるかもしれない。冒険者稼業が嫌だと言うのなら、業腹だけど彼奴と同じ『二色』として、多少の援助はあたしからするつもり」
「それなら俺だって、今は同じ『二色』ですよ」
そう言うとチトセさんはクスリと笑った。
「そうだったね。じゃあ最初だけは多少の支援はしてあげるとしよう。でもあの子達が生きていくのは己の力で、だ。今までと同じように、違った形でね」
「これなら実現出来るかもしれませんね」
変に肩入れして援助し続けるよりはあの子達にとっても健全な関係のはずだ。
「じゃあ早速!」
「待って、何の準備もしてないよ。対策もしなきゃならない」
「確かにそうですね……じゃあ、今後は対ヴィンセントを想定した錬装をします」
「分かった。でも最後に1つだけ聞いて」
真剣なチトセさんの表情に、俺は一呼吸置いて綺麗なその目を見つめ返す。
「あたし達は正義の味方じゃない。それだけは念頭に置いて」
「分かりました。……じゃあ、これはどういう行いなんです?」
チトセさんはおどけたように肩を竦めながら、当たり前のようにこう言ったのだった。
「子供を苛める馬鹿から助ける為の、人としての当然の行動だよ」
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