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特殊スキル《錬装》に目覚めた俺は無敵の装備を作り、全てのダンジョンを制覇したい  作者: 紙風船
草原都市ヴィスタニア篇

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第十五話 『二色』との遭遇

 重厚な音を立てて金属扉が締まり、暗闇が訪れる。俺はすぐさまアカシックリングから魔道具のランタンを取り出した。少し魔力を流すとランタンの中心に置かれた魔石が青白い光を灯した。


「流石、《適材適所(パーティーヘルパー)》。手厚いサポートだね」

「馬鹿にしてません?」

「してないしてない」


 じろりと睨むもどこ吹く風か、涼し気に流したチトセさんは先頭を歩き始める。置いて行かれないようにその後ろを小走りでついていく。


 内部は今まで歩いてきた崖下と地続きといった感じで洞窟のような質感だ。だが奇妙な感覚がある。何だろう、この違和感は。


 その違和感は進むにつれて判明していった。洞窟なのだが、どうにも人工的だったのだ。


 等間隔で現れる縦に長いでっぱり。これは柱だ。剥き出しの岩のようではあるが手が加えられている。削られている。


 丸みを帯びていた洞窟は徐々に角が削られて四角くなり、徐々に洞窟は通路となっていく。


「完全に通路になったな……」


 そっと触れる壁にはもはや岩肌感は一切ない。真っ平に削られた壁に高度な技術的なものを感じる。削られ、磨かれた壁は白を基準に様々な色を混ぜたような色になり、とても美しかった。


 更に進むと拓けた場所に出た。高い天井からは荘厳なシャンデリアがぶら下がり、左右に長椅子が並ぶ。一番奥には誰かをモデルにした大きな女性の像が静かに佇んでいた。


「教会って、そういうことですか?」

「そういうこと。あれが誰かは、誰も知らない。けれど此処は教会なんだってさ」


 聞けばこういったアウターダンジョンに限らず、ダンジョンという場所はギルドの鑑定部署が調査に来るらしい。そしてダンジョンの名を調べるのだとか。


「てっきり見た目で誰かしらが付けてるもんだと思ってました」

「ちゃんとしたって言ったら変だけど、ちゃんと名前あるんだよね。それが『断崖教会ハルベー・モーベラル』ってわけ」


 そういう仕組みというのなら、そういう仕組みなのだろう。それに関して疑問を持つことはなかった。俺が持った疑問というのは、『何故、此処に教会を作ったのか』だ。


 教会とは宗教施設だ。信者が集まり、祈りを捧げる場所。そういう認識だ。聖堂とか礼拝堂とかとも呼ぶだろう。神を信じる者たちが集まる場所……それが何故、誰も訪れないような谷底にあるのだろう。


「その辺の疑問については答えは出てないね」

「俺と同じ疑問を持った人が居たんですか?」

「当然、居るよ。なんでこんな場所に教会なんて、って。でもそれってそもそも疑問ですらない。意味がないんだよ」

「意味?」


 チトセさんの言葉に首を傾げる。確かに何事にも必ずしも意味があるとは限らないが。


「だって、じゃあ、何故路地裏の地下に崖があるのかな?」

「あぁ……なるほど、そういう」


 ダンジョンは時と場所を選ばない、ということか。時も場所も存在理由も関係なく生成される。それがダンジョンなのだと。つまるところチトセさんはそういうことを言っているのだろう。


「考えるだけ無駄ってこと」

「わかりました」


 ダンジョンを探索し、物資を見つけ、収入に繋げる。それが冒険者だ。俺の仕事なのだ。それでいい。


 教会を進む。足元には赤い絨毯が敷かれ、踏み心地は良い。響く音はなく、それが教会であれば普通の清廉な空気感なのだが、此処はダンジョンだ。であればモンスターがいなければ、現状は異常ということになる。


「此処からモンスターが溢れてたって話ですけど、全然いませんね」

「うーん……」


 近くの壁に扉があったのでそっと開いてみたが、やはり中はもぬけの殻だった。モンスターは勿論、人の姿もない。


「ん?」


 だが1つの痕跡を見つけた。


「チトセさん!」

「どうしたの?」

「これ、解除されたトラップです」


 俺が見つけたのは床に置かれた鋼線と矢だ。扉が開かれるのと同時に矢が射出されるトラップだ。それを警戒してそっと開けたという訳だ。自宅のように開けていたら膝に矢を受けて冒険者を引退しているところだっただろう。


 矢先に血は付いていない。扉を開いた人間は無事に解除できたのだろう。


「この矢じり、毒ですか」

「だね。危ないから持っていかなかったんだろう」


 放置したとしても自分のパーティーが気を付けていれば問題ないと判断したのだろう。これをモンスターが再利用するかもしれないのに。捨てるなら捨てるで最低限、矢は折るべきだし、出来ることなら矢じりだけでも安全に回収した方がいい。


「若いパーティーかもしれないね」

「ふむぅ……無事だといいんですけれど」


 矢を掴み、虚空の指輪(アカシックリング)に収納する。ついでに鋼線も頂いていこう。


 部屋を後にした俺たちは探索を続けた。暫く歩いてみたが、やはりモンスターは現れない。しかし人が居るのは確かだ。いや、居たと言うべきか。このアウターダンジョン、『断崖教会ハルベー・モーベラル』のトラップやモンスターがどれだけの時間経過で再出現するのか俺は知らないのではっきりと断定はできない。


 ただ、奥へ進むだけだ。


「このダンジョンはあたしも何度か来たことがあってね」

「へぇ……どういう場所なんですか?」

「亜人種が多いダンジョンだよ。物音を立てたら必ずモンスターが現れるような場所だった。だからこれだけの静寂は……」

「怪しい、と?」

「うん。これだけモンスターがいないのだから他のパーティーが居るのは確定してる。けれど、モンスター全てを殲滅していくって、どういうこと?」


 わざと音を立ててモンスターを呼び寄せ、殺しているのだろうか。いくら何でもそれは……。冒険者だって人間だ。体力には限界があるし、集中力だって切れる。怪我もするし、装備も消耗もする。それでも殲滅する理由は?


 不自然さに思考が持っていかれそうになったその時、教会内に鐘の音が鳴り響いた。


 重く響くそれは、しかしとても澄んでいて、神々しかった。


「鐘……?」

「これは……誰かがダンジョンボスを倒したんだよ!」


 鐘の音を聞いたチトセさんが走り出す。鐘に気を取られていた俺は出遅れてしまい、チトセさんの少し後ろを慌てて追った。


「ダンジョンボスって、なんですか?」

「読んで字の如く、ダンジョンに居るボスだよ。そいつを倒すとダンジョンは報酬を吐き出すんだ!」


 報酬とは宝箱の中身のようなものだろうか。ちくしょう、先を越された。とは思わない。元々このダンジョンの難易度は俺の実力ではクリアできないと分かっていた。それをクリアしたのだから相当の手練れなのだろう。


 このダンジョンに来たことがあるチトセさんは迷いなく通路を走る。右に左に、扉を越えて。


 そうして見えてきたのは教会らしくあり、教会らしくもない荘厳な装飾が施された赤い大きな二枚扉だった。


「あの赤は教会には似つかわしくないな……まるで悪魔の住む城みたいだ……」

「ウォルターの感想はある意味正解に近いよ。あの扉の向こうにダンジョンボスが居る」


 走りながら扉を見上げる。赤い扉に金の装飾は見事と言えば見事だ。その扉一枚向こうに強敵が居ると思わなければ心穏やかに眺めることができただろう。まぁ今は倒されてボスはいないのだが。


 しかしだからと言ってゆっくり眺めている暇もない。この扉の先にボスはいないが、ボスは疎か、ダンジョン内全てのモンスターを殲滅した狂気ともいえる行動を取ったパーティーが居るのだ。一体どんな奴か、興味がある。


 チトセさんは扉に手を掛け、力を込めて押し開く。俺は後ろからそれを、呼吸を整えながら眺めているのだった。


 ゆっくりと開いた扉の向こう。


 其処は真っ白な空間だった。白い壁、白い天井、白い床。だからこそ、撒き散らされた血の赤がよく目立つ。


 白いからこそ、部屋の中心に転がっていたダンジョンボスのものらしき大きな魂石が目を引いた。濃い紫の大きな、俺の腰くらいまである岩みたいな魂石だった。あれくらいのモンスター、相当強かったろうに。


 そして魂石の周りには人が数人転がっていた。しかもその殆どが子供だった。死んでいるのかと思い、駈け寄りそうになったが大きく胸が上下している。どうやら生きているらしい。疲労困憊といった様子だ。


 そんな中、1人だけ立っている人物が居た。痩身で黒い長髪の人物だ。服装も髪と同じ黒いロングコートだから、此処からじゃ男か女か分からない。ただ、異様な雰囲気を醸し出すその人物からは危険な香りがした。


「シュナイダー!」

「!?」


 チトセさんが声を張り上げる。その声に反応したのか、シュナイダーと呼ばれた人物がこちらを向く。どうやら顔つきからして男のようだ。その顔を見てゾッとした。これだけの人が倒れているというのに、その顔には表情がなかった。


 そして男の髪は半分が黒髪で、半分が白髪だった。……『二色(にしき)』だ。


「お前、此処で何をしている……! 此処はお前が来るような場所ではないだろう!?」


 幻陽に手を掛けながらチトセさんが問い詰める。それだけ危険な相手なのかもしれない。俺はいつでも戦えるように、気持ちだけは準備を済ませる。


「……あぁ、ココノエか。お前こそ……こんなところで、何を……している?」

「質問に質問で返すな!」

「そう……吠えることもないだろう。俺は……人を、育てている」

「人を……?」


 シュナイダーの答えに周囲を見やる。転がっている人物は誰もがまだ子供だった。こんな子供が、ボスを倒したっていうのか?


「何を考えている?」

「お前が……成せなかった、ことだ」

「あたしが?」

「ラビュリア、全制覇……?」


 思わず口を挟んでしまった。シュナイダーの冷たい視線が俺を射貫く。その瞬間、立てなくなるかと思うくらいに膝が震えた。背中が嫌な汗で濡れる。


「お前は……?」

「……う、ウォルター・エンドエリクシルだ」

「エンドエリクシル……か。覚えておこう……」


 正直に申し上げて覚えてもらってほしくなかったが、言わないとどうなるか分からなかった。俺は弱い。


「そうだ……俺は、ラビュリアのダンジョンを……全て、攻略する」

「攻略してどうするつもりだ?」

「特に……意味は、ない」


 シュナイダーはそう言ってのけた。ラビュリアに挑む全冒険者が目指す頂点を、チトセさんが目指し、俺が目指した目標を、意味がないと、言ってのけたのだ。


「その先の……景色を、俺は知らない」

「それだけの為に、その子供たちを過酷な環境に置くなんて……」

「許せない、か?」

「当たり前だ!」

「許せなくても……お前には、関係ない。俺の、パーティーだ。攻略を諦めた、お前には……関係ない」


 チトセさんは諦めていない。やり方を変えたいだけだ。それを俺は知っている。知っていたからこそ、その言葉をただ聞き流すことができなかった。


「チトセさんは諦めてなんかいない……」

「駄目だ、ウォルター!」

「チトセさんは必ずラビュリアを全制覇する! 俺と一緒……に……」


 気付けばシュナイダーは右手に何か棒状の物を握っていた。


 それはまっすぐ俺へと伸びて、首の横を通り抜けた。


 それは弧を描き、刃先が棒とは逆の視界の端に映った。


 それは、純白の大鎌だった。


「お前に、興味はない」

「……ッ」

「だが……邪魔をするのであれば、殺す」


 ただ少し、シュナイダーが鎌を引けば俺の首は切断されるだろう。黙っていれば良かったのに。黙っていれば死なずに済んだのに。


 でも、それでも黙っていることなんてできなかった。


「やめておけよ、シュナイダー……此処で死ぬまで戦うか?」

「……それは、遠慮しておこう」


 いつの間にか幻陽を抜いていたチトセさんが柄を強く握り締めただけで”赫炎(かくえん)”が鍔から噴き出した。圧倒的な熱気が場を支配する。床に転がった子供たちはその熱気から逃れるように這いつくばりながらチトセさんとは逆方向へ這いずっていく。

 その様子を見ていたシュナイダーは大鎌を握る腕を真っ直ぐ上へと伸ばす。俺の首を撫でようとしていた刃は、血を浴びることなく俺から離れた。


「この場は……退こう。……さらばだ」

「……」


 別れの言葉に返す言葉は俺たちにはなく、シュナイダーは奥へと向かって歩き出す。それを見た子供たちは引き攣った顔でその後を必死で追い掛けていった。今まで這いずっていたのに、熱気から逃げるのもやっとだったのに。まるで置いて行かれたら、死んでしまうかのような必死さで、彼の後を追って消えていった。


 ボスエリアに残ったのは俺とチトセさんだけだった。あとは魂石だ。


 緊張の糸が切れた俺はその場に膝をついてしまった。今更、呼吸を止めていたことを思い出して何度も何度も呼吸を繰り返した。


「なっ……何なんですか、彼奴は……っ」

「ヴィンセント・シュナイダー。『二色』の1人で、”月影(げつえい)”という特殊スキルを持つ男だよ」

「月影……? まさか、《月影》のヴィンセント!?」


 シュナイダーと呼んでいたから分からなかった。だがヴィンセントという名前には覚えがある。それに《月影》という二つ名まで付けばもう確定だ。


 《月影》のヴィンセント。そいつは1人で犯罪歓楽都市の闇ギルドを潰した男だ。


 あらゆる犯罪が黙認されるというドレッドヴィル。無法ではあるが無秩序ではないあの町には一度だけ犯罪の起きない平和な時期があった。ヴィンセントが全ての犯罪者ギルド……所謂、『闇ギルド』を潰して回ったからだ。犯罪者のいなくなった町は一瞬だけ平和が訪れた。


 ただしそれは流れる川の底に一瞬にして大きな穴を作ったのと同じだ。水は弾け、流れが止まり、抉れた川底が地表に露出する。だが川の水は尽きない。抉れた穴にも水は流れ込み、そして歪み、淀んだ流れが出来上がる。


 混沌の坩堝にドレッドヴィルは飲み込まれたのだ。もしかしてヴィンセント・シュナイダーは良い奴なのかも……なんて思った人間は全員、手の平を返してヴィンセントを罵った。奴のお陰でドレッドヴィルは闇ギルド同士が睨み合うことで唯一残っていた秩序も破壊され、以前よりも更に悪辣な都市として生まれ変わってしまったのだから。


 ヴィンセントはヴィンセントで町を支配するでもなく、壊したら壊したまま、どこかへ消え去ってしまった。一説によると、ドレッドヴィルのダンジョンを攻略する流れで闇ギルドを潰したっていう話もあったが……ラビュリア全制覇を目指しているのであればなるほど、それもあながち嘘ではないのかもしれない。


 この一連の流れは一括りに《平和事件》と呼ばれている。ヴィンセントという人物を印象付ける大事件だった。


「奴がヴィスタニアに居たとはね……」

「どうするんです?」

「どうって? どうもしないよ。奴がどれだけ悪辣なことをしていても関係ない。あたしたちは正義の味方じゃない。ただ、降りかかる火の粉は払うけれどね」


 そうだな……手に負えるような奴ではないのは肌で感じた。実感した。あれは、化物の類だ。あれに太刀打ち出来るのは同じ『二色』だけだろう。


 いつかヴィンセントとぶつかることがあるとすれば、それはチトセさんが戦うということだ。そしてその場にはきっと俺も居るだろう。足手まといにならないように訓練しなきゃな……。


「さて、帰ろうか」

「これどうします?」

「ん?」


 実はずっと気になっていたのだ。ダンジョンボスの魂石。そうやらヴィンセントたちは魂石には興味がなかったようで、回収せずに奥へと行ってしまった。


「ていうか奥行っても行き止まりじゃないですか? 帰ってくるならこれ貰えないか……」

「いや、奥には転送用の魔法陣があるから帰ったんだと思うよ。この様子なら報酬品も放置してるんじゃないかな」

「貰ったら怒られますかね……?」


 自分でも意地汚いとは思っている。思っているから何も言わないでくれ。


「どうせ放置してても時間経過で消えるんだけど、もし返せって言ってきたらちょっと面倒臭いよね」

「相手が相手ですしね……実力で取りに来るかぁ」


 目の前の魂石に触れるだけでアカシックリングに収納出来るのだが、トラブルの元になってしまうのも確かだ。しかも相手は二色。邪魔臭いことになっても嫌なので俺たちは来た道を引き返すことにした。


 こうして俺たちは初のアウターダンジョン、『断崖教会ハルベー・モーベラル』の探索を終えた。チトセさん以外の二色との遭遇は予想外だったが……今後どうなることやら。不安しかないが、今は頭の片隅にだけ置いておくことにしよう。

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よろしくお願いいたします₍₍(ง˘ω˘)ว⁾⁾

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