第十話 とある祝賀会
タチアナの店でたんまりと買い物をした後は、店の位置を記憶しながら歩いていると見慣れた通りに出てきた。どうやら数本の路地を経由してあの場所に行っていたようだ。チトセさんの家に行くよりも複雑な経路で、どうやってあの場所に辿り着いたのか、思い返して俺は頭を抱えた。
日はすっかり暮れ、周囲はかがり火やランタンの灯りで、逆に昼間よりも輝いているように見えた。並ぶ酒場から漏れ出る豪快な笑い声や、食器のぶつかる音。それらが通りを木霊して心地良い空間が生み出されていた。
混ざり合う香りも芳醇で、どうにも胃を刺激してやまない。気を許せばふらりとその辺の店に入ってしまいそうな、そんな気分になる。いや別に気を許しても構わないのだが。
「……あー、駄目だ! お腹空いた!」
堪え切れなかった。何故なら俺は朝食以降、何も食べていないのだ。腹が減って減ってしょうがなかった。
耐え切れず俺は一番近くの店に転がり込むように入った。木製の扉を開くとより一層、スパイシーな香りが鼻孔を刺激する。
「いらっしゃい! 空いてる席に座って!」
服から零れ落ちそうな胸を詰め込んだような服を来た元気の良い女性が両手にジョッキを持ちながら俺に声を掛ける。頷いた俺は空いてる席を探すが、テーブル席は満席だ。皆楽しくやっているようだ。仕方なく俺は椅子と椅子の間を縫うように進み、カウンター席に着席した。
カウンターの向こうには今も火を吹くかまどの上で料理をする男が忙しなく動いている。俺の視線に気付いたのか、顔を上げて振り向いた男が俺を見る。
「注文は?」
「えーっと」
初めて来た店だ。どんなメニューがあるのか分からない。だが男がこちらに振り向いたお陰で、フライパンの上で焼かれる肉が見えた。あれはスペアリブか。振りかけられた香草の香りがとても旨そうだ。あれがいいな。
「今焼いてるそれ、それと同じ奴を。あと……そうだな、エールを」
「わかった。少し待っててくれ」
入ってきた時に見えたジョッキが忘れられなかった俺は、あの時以来禁止していた酒を注文してしまった。この店の香りがそうさせてしまったのだ。それに今日はチトセさんもいない。間違いは起きないはずだ。
しかし……今日は波乱の一日だった。アカシックリングを作って、初めての鑑定をしてもらって、錬装に失敗して、タチアナに出会って……。これが今日一日の出来事だと思うと俺はもう何度目かも忘れてしまった溜息を吐いてしまう。
「兄ちゃん、嫌なことでもあったのか?」
すると料理人の男……長いな。多分店主だし店主と呼ぼう。店主がこちらに背中を向けたまま声を掛けてくれた。
「いや、そんなことは。ただ、大変だったなって」
「そうか。まぁそういう日もある。俺も今日は大変だ。普段よりもお客さんが多くてな。悪い事ではないんだが」
「はは、嬉しい悲鳴って奴ですかね」
「かもな。店を開いてからこういう日はたまにある。こういう時はいつも何かあった日だ」
やはり店主だったか。俺の推理も中々だな。改めて周囲を見てみるが客層は冒険者らしい風体の人間が多い。誰もが嬉しそうに笑い、酒を酌み交わしている。
「ダンジョンで何か出たんですかね?」
「聞こえてくる周りのお客さんの声を聞いてるとそんな感じだな。この間もあったらしいな」
『階下の断崖』で高純度で巨大な魔石が出たからそれのことだろう。
ちなみにこうして産出される『魔石』と俺が宝箱から入手した『魔宝石』にあまり違いはない。出どころは殆ど一緒だが、用途が違う。見た目の大きな違いとしては結晶化した魔力の塊が魔宝石。魔力が浸透した鉱物が魔石と言ったところだ。そしてこれとは別にモンスターが死んで落とす『魂石』もある。これについては以前説明した通りだ。
冒険者は『魔石』『魔宝石』『魂石』の3種類を使い分けて生活をしているのだ。
さて、そんな冒険者たちがこうして盛り上がっているのであれば何かしらの産出があったに違いない。
俺はすぐ後ろを歩いていた給仕の女性に声を掛ける。
「すみません、其処のテーブル席の人たちに一杯ずつエールを」
「? わかりました~!」
注文したエールはすぐに届けられ、女性が俺を指差す。俺に気付いた3人の冒険者たちは酔いも回っていることもあり、嬉しそうに手を振った。俺はそれに振り返し、料理の完成がまだなのを確認してから自分のエールを手にその席へと向かった。
「おぅ! なんかわりぃな! 知らねぇ兄ちゃん!」
「祝い事だろ。そういうのは無しにして飲もうぜ」
「はっはっは! そうだそうだ、めでてぇな!」
「あぁ、あんな魔宝石が出てくるとは、マジで一生に一度だぜ!?」
なるほど、今回は魔宝石か。
「噂には聞いてるけど、どれくらいのが出たんだ?」
「そりゃあおめぇ、とんでもねぇってもんじゃねぇぞ! 大の男3人でも持ち上がるかってでかさのやべぇ奴だ!」
「それが”お宝岩”から出たんだ。やっぱ彼処はガチだぜ」
昨日行った場所だった。聞けばあの日の夕暮れ時にこの冒険者たちが所属する採掘特化大型パーティー、《お宝採掘団》が掘り当てたらしい。ちょうど俺たちが崖下にいた頃だ。だから帰ってきた時にギルドが盛り上がっていたのか。
で、昨日鑑定してもらった結果、それが雷属性高純度魔宝石、《トール・トパーズ》だったらしい。そしてパーティーの皆で此処を使って宴会を開いていたようだ。其処に俺が入ってしまったことになる。
「それはもう盛り上がったぜ。大騒ぎだ! ピッケルで突いちまった奴が感電してよ! あはは!」
「まぁ雷属性はレアだもんな。俺もちょうど昨日の昼間かな。あの場に居たんだよ」
「おぉ、そういえば端っこで女と飯食ってる奴が居たな。あれおめぇか!」
「男の職場に女連れでチャラチャラとよぉ」
「いいのか、そんなこと言って。あの人は《赫炎》のチトセさんだぞ?」
「げぇっ、聞かなかったことにしてくれぇ!」
正に虎の威を借るなんとやら、だ。だが想像力豊かな冒険者たちはそれがチトセさんに伝わるとどうなるか予想がついたらしく、自身を抱き締めながら身震いし、以降は何も言わなかった。
「皆楽しそうに盛り上がってる理由が知れてよかったよ。本当におめでとう」
「あぁ、ありがとよ! 前回はライバルの《大地は資源》に先越されちまってどうなることかと思ったけど、今回は俺たちの圧勝よ!」
「はははは! 『階下の断崖』で一番の採掘家は俺たちよ!」
「我等が《お宝採掘団》に乾杯!」
もはや冒険者なのか採掘家なのか分からないが、ジョッキを振りかざした男の声に店内が乾杯の声に染まる。耳が割れんばかりの声に頭がくらくらしてきた。
盛り上がりが一段落したところで俺は席を立つ。
「そろそろ俺の料理も出来上がることだから戻るよ」
「おぅ、酒、ありがとな!」
「おめぇさん、名は?」
「ウォルターだ。また縁があったらよろしくな」
「そん時はよろしく頼むぜー!」
酔っ払いのテンションで握手を交わし合い、自分のエールを手に俺はカウンターに戻った。それと同時に香ばしい香りを放つスペアリブが置かれる。
「お待ちどうさん」
「おぉ! これは旨そうだ……!」
店主に礼を言い、熱々の肉を齧る。骨スレスレの部分までしっかり火が通った肉は脂身と共に噛み千切られ、肉汁が滴り落ちる。その肉を噛めば口の中いっぱいに肉の油が溢れ出した。それを堪能しつつも素早く飲み込み、べたついた口内をエールで洗い流してふぅ、と一息。危うく陸で溺れるところだった。
「旨い!」
「そいつは嬉しいね」
「これはまだあと……2皿は食べられる!」
「じゃあ追加で用意しよう」
「ありがたい!」
店の雰囲気と酒の所為で俺も気分が盛り上がってきた。旨い肉と旨い酒があれば世はことも無し。この世の娯楽は全て此処に詰まっていた。
その後、俺はたらふく飲み食いして再び冒険者たちと盛り上がり、前後不覚に陥る寸前で店を後にした。代金はポケットに忍ばせたアカシックリングから直接取り出してそのまま支払った。妙に賢いのはタチアナの件が身に染みていたからかもしれない。店主にはポケットに直で金貨は不用心と注意されたが。
外はすっかり夜の帳が落ち、盛り上がっているのは先程の店だけだった。酔い覚ましの夜風に吹かれながら歩く街並みはとても美しい。
静かな町はとても落ち着く。勿論、昼間の活気ある風景も好きだが、こういうのもまた違った良さがあった。ゆっくりと覚醒してくる頭の中は、先程タチアナの店で買い漁った武器の錬装で埋め尽くされる。
昼間の錬装は失敗してしまったが、結果的に得られた物は多かった気がする。こうして旨い飯も食えたし。
「先制で4点取られてから後半で7点取った感じかな……はっ、何言ってんだ、俺」
人がいないと独り言が増えてしょうがないな。そのうち恥ずかしい思いをしそうだ。
そんな気分のまま俺は自宅へとゆっくり歩いて帰った。家に着く頃には酔いも落ち着き、そのままゆっくりと眠ることができた。
止まらない錬装の空想は眠る寸前まで続いた。その所為か、俺は夢の中で魔剣(仮)を振るい、誰よりも強く立派な冒険者になっていた。一時の夢ではあるが、俺はそれを叶える為に頑張るのだ。その気持ちが強くなる夢だった。きっと俺は夢を叶えて、皆に追いつける。
その為には諦めずに前に進むしかないのだ。