《童話》月うさぎとすみれちゃん
あるところに、すみれちゃんという 5さいの 女の子がいました。すみれちゃんは 心のやさしい子で、たくさんの ぬいぐるみに かこまれてくらしていました。
ある夜、いつものように ぬいぐるみにかこまれて ベッドでねていると、まどの外が さわがしくなっているのに気がつきました。
コンコン、とガラスがノックされます。
すみれちゃんはふしぎにおもって、そうっとベッドからぬけだしました。カーテンのすき間から 外をのぞくと、小さくてまっ白なうさぎたちが こっそりとのぞいておりました。
「こんばんは!」
すみれちゃんは話しかけました。
うさぎたちの体はフワフワで、まんまるで、まるでぬいぐるみのように かわいかったのです。
「こんばんは、わたし、すみれっていうの」
すみれちゃんはもう一度言いました。
「うさぎさんたちは、こんな夜中にどうしたの?」
まいごかな、そうたずねると、うさぎさんたちはつやつやのお目々をきたいでかがやかせ、目をパチパチまたたかせながらこたえました。
「こんばんは、すみれちゃん。僕たち、あそんでくれるお友達を探しているの」
すみれちゃんはびっくりしました。
だって、夜はねるものだと お母さんに教わったからです。
うさぎたちは顔を見合わせて、目くばせし合うと、ニコニコと答えました。
「うん!だって、きょうはまん月なんだよ。こんなに夜が明るいんだよ。あそばなきゃ、もったいないよ」
うさぎさんたちは手を合わせ、目をかがやかせながら言いました。そうして やわらかな お手々をクルクルっと回しながら言いました。
「さあ、おいで! 月のお船」
「すみれちゃんをはこぶ、かわいいお船」
「今すぐ月から、やっておいでぇ!」
みんなの手からキラキラのお粉が まったと おもうと、お部屋の中全体がにじ色に かがやきました。
かべにペンでかくように、光のすじがのびていきます。
それはかべを 四角くきりとって、やがてドアのように開きました。
「わぁ…………!」
とびらの向こうには真っ暗なせかいが広がっていて、そこにやっぱりにじ色の川が流れています。
その上にガラスでできたようなお船が、プッカリうかんで、まっていました。
「さあ、すみれちゃん。のって! のって!」
うさぎさんたちにせなかをおされ、すみれちゃんはお船にのりました。
みんながのると、お船は空へむかってさあっと動きだしました。
川の底や川辺には、色んな星座がキラキラとまたたいています。
「きれい!」
すみれちゃんが体を乗り出してよろこぶと、うさぎさんたちはうれしそうに 笑いました。
水に指先をひたすと、水しぶきからにじがうまれます。
すみれちゃんはうれしくなって、むちゅうで水をはねさせました。
やがで、船は月にとうちゃくしました。
たくさんのうさぎたちが 出むかえてくれます。
すみれちゃんはうさぎさんたちと、お餅つきをしたり、できたお餅を食べたり、貝合わせをしたり、石けりをしたり、たくさんたくさん遊びました。
「お母さんにも、見せたかったなぁ」
すみれちゃんがそうつぶやくと、うさぎさんたちがいっせいにふり向きました。
「お母さん?」
「お母さんに、会いたいの?」
すみれちゃんはふと、心細くなってきました。
「うん、会いたいの。すみれ、そろそろお家に帰ろうかな」
するとうさぎさんたちは、ピン、と耳を立てて固まりました。
「えっ」
「……どうしよう」
「……どうしよう」
うさぎさんたちが固まったまま、小さな声でつぶやくので、すみれちゃんはどんどん不安になってきました。
「どうしたの? すみれ、もう帰る。お船どこ?」
すると、うさぎさんたちは、耳をぺたんと下げて、もうしわけなさそうにいいました。
「あのぅ、月から帰る船はないんだよ」
「来るだけなの」
すみれちゃんはびっくりして、ポロポロと涙があふれました。
「だいじょうぶ、ぼくたちがいるよ」
「ずっとずっと、遊べるよ」
「だいじょうぶ、ずっと楽しいよ」
「ずっとずっと、ぼくたちといようよ」
そう言われるたび、すみれちゃんはどんどん涙が流れてきました。
涙をふこうと手をみると、手がフワフワの毛むくじゃらです。まっ白なぬいぐるみみたいな手をグー、パー、しても、やっぱり自分の手です。あわてて頭に手をやると、モフモフの頭の中に、耳が二本、ぴょこんと生えているのもわかります。つまり、すみれちゃんはもう、みんなと同じうさぎになっていたのです。
すみれちゃんはワンワン泣きました。
ほかのうさぎさんたちはオロオロとあわてました。
「お母さん、お母さん」
ボロボロと涙を流すと、それがだんだん川になり始めました。にじのように光り始め、そらから地上へおりていきます。
うさぎさんたちは、急いでさっきの船をもってきました。
「川ができたぞ!」
「これなら行けるかも」
「すみれちゃん、のってのって!」
すみれちゃんが船にのると、みんながおうえんしてくれました。
「がんばれぇ」
「すみれちゃん、がんばれぇ」
お母さんを思う涙がどんどんあふれてきて、船はどんどんおりていきます。
ですが、びゅう、と風がふき、船がぐらぐらとゆれました。
「あっ、すみれちゃん!」
うさぎさんたちはさけびます。
すみれちゃんのふねが、行き先を見失ってしまいました。
と、その時、地上の方から、優しい声がしました。
「すみれちゃぁん、すみれちゃぁん」
お母さんの声です。
すみれちゃんはぱっと顔をあげると、下をのぞきこみました。赤いお屋根のおうちから、お母さんが手をふっていました。大事なぬいぐるみのポコや、オカピ、ハリネズミたちもいっしょです。
「お母さぁん、ポコぉ」
すみれちゃんが叫び返すと、お母さんたちがこちらに気がつきました。するとにじの橋が家から伸びてきて、すみれちゃんの川とつながりました。
川はお家の方へどんどんと流れます。
「お母さん!」
すみれちゃんはジャンプをすると、お母さんの腕の中に飛び込みました。お母さんはぎゅうっと抱きしめてくれました。うさぎの体がくるんっと元の女の子のすがたに変わりました。
「もう、すみれちゃんたら………。お母さん、心配したんだから……」
「ごめんなさい」
「じゃあ、今日はもうちゃんとねようね」
「うん!」
すみれちゃんはお母さんにギュウギュウ抱きつきます。
ポコやオカピ、ハリネズミもしっかりしがみついてきました。その日はポコたちだけではなく、お母さんも一緒に寝ました。お母さんの腕の中はフワフワで柔らかくて、とっても安心しました。
「お母さん、みんな、おやすみなさい────」
fin