ミッドナイトラジオ&ロック
――さて、続いては東京都にお住まいの匿名希望、”ホラー大嫌い”さんからのお便りだよ。
裏野マタロウさんこんにちは。いつも『マタロウのミッドナイトラジオ&ロック』を欠かさず聴いてます。いつも最高にイカしたロックが聴けるのでこの番組は大好きです。
――ありがとう。感謝するぜ。
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ぼくはフリーターですが、最近、秋葉原の電子工作ショップで販売員のバイトを始めました。
秋葉原駅から中央通りを渡り、路地裏に入ってすぐ見つかる小さな店舗です。小さいながらも24時間営業で、ぼくは夜勤シフトです。
もともと電子工作マニア向けの半導体や自作PCマニア向けのマザーボードなどを取り扱っている店ですが、家電製品もいくらか置いてます。
ある日のことです。
時刻は夜12時を過ぎたくらいでしょうか。その日は小雨が降っていました。
店内は有線ラジオ放送がやや大きめのボリュームで流れています。連続ラジオドラマのようです。
〈...そいつは獰猛な殺人鬼だった。雨の中、そいつはひたすら歩き続けた。そいつは血に飢えていた。獲物となる人間がいないか、そいつは涎を垂らしながら周囲を物色していた〉
ナレーターの声はどこか緊張感があり、不気味さをあおります。
店内はぼく一人です。もともとホラー系のドラマは苦手な上、今は深夜です。
よほどラジオのチャンネルを替えようかと思いました。少なくともボリュームは下げようかと思いました。しかしながらジュークボックス関連の機器には触れるなと店長に言われています。それにバイトしてから日が浅いぼくは機器の操作方法がわかりません。
〈...殺人鬼はゆっくり吐息を漏らす。突然、稲光が暗闇を照らす〉
すると一瞬、窓の外の世界が光り、次の瞬間、雷鳴のゴロゴロ音が響き渡りました。
ぼくはびっくりしました。ラジオドラマと同じことが現実の世界でも起きたからです。
ポーの「アッシャー家の崩壊」という小説を思い出しました。登場人物が小説の文章を読むと現実の世界でも同時に同じことが起きるというホラー小説です。
〈...殺人鬼はとうとう獲物を見つけた。それは若い女性だった。殺人鬼は女性に襲いかかる。するとそれに気づいた女性は大声を上げる〉
気のせいか「キャー」という女性の悲鳴が店外から聞こえたような気がしました。
そんなことあるわけない。ぼくは自分にそう言い聞かせましたが、心臓は早鐘のように打っています。
〈...殺人鬼は真夜中なのに開業している一軒の電気店を見つける。殺人鬼はおもむろに店に入っていく〉
ふとチャイムが鳴ります。店の自動ドアが開くとこの音がします。
ぼくは思わず叫びそうになりました。殺人鬼が店に入ってくる......。
ところがドアに現れた客の姿を見てほっと胸をなで下ろしました。
二十歳前後の小柄な女性でした。おかっぱで白いワンピースを着ています。
アイドルによくいそうな萌え系のかわいらしい美少女です。
「これ、昔、この店で買ったんだけど」
美少女はスタンガンをレジに置きました。
「電池がなくなったみたいなの。これに合う電池あるかしら」
「少々お待ちください」
ぼくはスタンガンを調べました。ボタン型リチウム電池の型式を確認し、新品を店の棚から持ってきました。
「こちらの電池で大丈夫です」
美少女は会計を済ませると、ポシェットからベージュのハンカチを取り出し、額を拭きました。汗をかいているようです。
店内の有線ラジオ放送はいつのまにか明るいポップミュージックを流しています。ホラードラマは終わったのでしょう。
美少女はスタンガンを手に取ってぼくの目の前に見せつけるようにすると、
「どうしてあたしがこんなもの持ってるか、驚いたでしょう」
「......」
「あたし満員電車に乗ってると痴漢によく触られるの。だからこれ必需品なの」
あなたほどの美人なら痴漢はほっときませんよ、と言おうしかけて咄嗟に飲み込みました。お客様と私語は慎めと店長から言われたことを思い出したからです。
美少女が店を去ると、再び店内はぼく一人になりました。
それから30分ぐらいたった後でしょうか。店内の大型テレビがなんとなく気になりました。臨時ニュースをやっているようなのです。
ぼくはレジを離れ、店奥の大型テレビ画面の前まで歩きました。
昨日未明、秋葉原の万世橋付近で女性の惨殺死体を通行人が発見し、警察に通報したとのこと。警察の調べでは被害者の女性は「無職、神宮寺綾香さん、二十一歳」とのこと。
被害者の顔がテレビ画面にアップすると、ぼくは思わず息を飲みました。
先ほどスタンガンのボタン型電池を買いに来た美少女だったからです。
ぼくは頭が混乱しました。彼女はすでに死んでいるはず。だとしたらさっきぼくが接客したのは幽霊?
「すいません」
声がしたので振り向くと......あの美少女が立っているのです。死んだはずの彼女です。
「さっき、ハンカチ落としたみたいなの。知らない?」
ぼくは全身が震え出し、何もしゃべることができませんでした。
「あんた、なにおびえてるのよ」
美少女は微笑みながらスタンガンをポシェットから取り出し、いきなりぼくの喉元につきつけました。
閃光が視界を占拠します。
「うわっ」
経験したことのない、強烈なしびれを感じ、ぼくは声を上げてうずくまりました。そのまま気を失っていたようです。
意識を取り戻したのはそれから5分後ぐらいです。店内はぼく一人でもうあの美少女はいませんでした。
ぼくは最初にレジに走りました。お金が盗まれてないか確認しました。特に問題はないようでした。
それから二時間後ぐらいでしょうか。早朝シフトのバイトの先輩がやってきました。
先輩に事情を話しましたが、「寝ぼけてたんだろう」と言われて一向に信じてもらえません。
ぼく自身もあの日のことは、ひょっとしたら自分が見た幻覚だったのではないかと思うようになりました。
ところが一週間ほど前、店内をモップで掃除していたとき床にベージュのハンカチを見つけました。これはあの美少女が店内に置き忘れたものに違いありません。ということはあの日起きたことは幻覚ではなく現実だったのです。
もしかしたらテレビニュースでうつった殺人事件の被害者と、店に来た美少女は別人だったのかもしれません。そう考えるとすべては辻褄が合います。
でも客が来店するときは必ず自動ドアのチャイムが鳴るはずです。あのとき彼女はテレビ売場にいたぼくの側に佇んでいました。チャイムを鳴らさず、彼女は店に入ったのです。
それになぜ彼女はスタンガンでぼくを攻撃したのでしょう。泥棒目的ならわかります。でも後で調べた結果、万引きされた商品はありませんでしたし、レジのお金も盗まれていませんでした。
こうしたことから彼女は普通の人間ではなく、幽霊の一種だったのではないかと思うのですが...。
でも一番不思議なのはあのラジオドラマです。ネットで自分が調べた結果、あの時間、どの放送局もあのようなラジオドラマは放送してないようです。ぼくが聴いたラジオドラマは一体何だったのでしょう。
ぼくたちが住んでいる世界とは別の異世界。そこから発信されたメッセージのような気がしてなりません。
以上、裏野マタロウさんはぼくの話を信じていただけるでしょうか。
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――信じるよ。君の話はおれ全部信じるよ。ところでそんな”ホラー大嫌い”さんのリクエストは......ずいぶん古い曲だねえ。
ピンクフロイドで「エコーズ」
(了)