きっと、誰かが
夏休み明け。
大人の誰もがこのままずっと休みであればいいのにと世界を呪い、絶望とともに仕方なく出勤する、この不幸な夏のひととき。
ニャーロッパ出版は休み明け初日に企画会議が行われる事が決まっていた。
議題はもちろん、来年の創業5周年(笑)記念短編集出版についてである。
なぜ5周年なんていう微妙な記念を祝うのか。
それはもちろん、誰もこの会社が5年も続くとは思ってもいなかったからである。
そもそもが、うなるほど金のある岡田が学生時代、酔った勢いで知人の作品を出版すると言い出したからだった。
それがなんとなく楽しかったのと思いのほか利益が出たので、そのままなんとなくで続いている。
これで利益が出るとはさすが最強の金運を持つ男、と誰もが驚いたが、さすがにこれはダメだろう、というのが今回の短編集だった。
当初は4、5冊のシリーズで話していたものが、最終的になぜか毎月1冊で12冊にまで話が膨らんだ。
1冊2冊ならまだしも、毎月出して12冊。
ぜってえ売れねえ。
誰もがそう思い、これがこの出版社の最後の仕事になるだろうと感じていた。
「みんな、よく集まってくれた。夏休みは充実していただろうか。こうしてみんなの元気で無事な顔を見る事ができて嬉しい」
今日もムダにカッコつけた岡田の言葉で会議が始まった。
岡田の秘書が資料を配る。
受け取った社員たちはみな同じことを考えていた。
『誰かとめるだろ、きっと』
「前回の会議で出た内容は手元の資料にまとめてある。さて、候補の作品は夏休みの間に考えてきてくれるということで前回は終了したが、誰か何かあるだろうか」
「テーマカラーとタイトルも12種類決まりましたし、それぞれに相応しいと思う作品リストを作ってみました」
「俺も用意しましたよ、リスト。ロリの短編集がないのが残念ですが、ロリ要素のある作品を入れるのはありなんですよね?」
「本がそれ一色にならなければ問題はないという方向です」
「話を蒸し返すようですが、ロリと百合とBLは嫌がる読者も多いでしょうし、本当に混ぜてしまっていいんですか?」
「それを言ったらハーレムも俺tueeeもおんなじだろう。だからこそ、それだけの本は作らない事にしたんじゃないか」
「それはそうなんですが、でもそうすると本自体が売れない気が……」
『いや、そもそも売れねえよ。企画自体がアウトだよ。ていうかなんでみんな真面目に話してんの? 誰もとめないの? バカなの?』
人としてどれだけダメでも、彼らはみな空気の読める日本人である。スキル『空気読み』は学生たちの必須スキルであり、使用するしないに関わらずたいていほとんど一応は所持している。レベル1だったり壊れていたりはするものの。
そして今回、夏休みで日頃の疲れやストレスが解消されていた彼らの、普段は死にスキルとなっているそれはめちゃくちゃ大活躍した。
真面目に仕事してますポーズを誰もが取る中、低レベルの『空気読み』はその空気を読んで反対意見を出さない方向に舵を切ったのだ。
「12ヶ月連続刊行、難しいですし大変でしょうけど頑張りますよ」
『おい! 誰かダメだって言えよ!』
「俺も、営業担当として予約が1つでも多く入るよう何か考えます」
『ていうか予約以外でこんなん買うヤツおらんからな! ていうか予約するヤツの気が知れんわ!』
「作品数は限られますが、きっと選ばれた作家さん達は喜んでくれるでしょうから気合が入りますね!」
『つうかこれ掲載作家とその関係者以外誰が買うっつーのよ』
そんな張り切る社員たちを見ながら、社長の岡田は予定よりも金額がかかりそうだが、面白いイベントになりそうだと他人事のように考えていた。
彼がこの会社を立ち上げたのは酔ったはずみ。
金はいくらでもあるし無くなればまた入ってくるから稼げばいい。なら人生を楽しくするために使えばいいじゃないか、そんなふうに。
モテる人間が『恋人がいないなら探せばいい』『別れたら新しい恋人を作る』『異性と話すのに緊張? しないしない! むしろ話しかけたら相手も喜んでくれるから!』とか言っているのと似たようなものである。
ちなみに作者はリア充やモテる人間に恨みがあるわけではないし、特に何か思うところがあるわけではない。ないったらない。頼むからそこは信じて欲しい。
あと金持ちにも恨みはない。クソが、なんて思ってない。いやほんとに。